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失態と後悔
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(……早まった!!)
薄暗い廊下を歩きながらフィルは己の失態を噛みしめていた。あのタイミングで言うべきではなかったと断言できる。それなのに想いを告げてしまったのは、これ以上トーカにザイフリートのことを考えて欲しくなかったからという子供じみた嫉妬からだ。
「さて、これで遠慮なく話が出来るな」
トーカが退室するなりそう嘯くザイフリートだが、これまでも遠慮しているとは到底思えない態度だった。挑発に乗ってはならない、とフィルはその言葉を聞き流して本題に切り込んだ。
「誘拐は貴国でも重犯罪に該当すると記憶しておりますが、いかがでしょうか?」
いくら害意がなくても、そして高位の魔術師であろうとも、断りもなく御子を連れ出すなど許容できることではない。
ましてや第二王子を昏倒させたばかりか、発覚を遅らせるように温室にまで運びこんでいる。
自主的に姿を現したのは罪を軽くするためとは思えず、フィルはザイフリートの目的を問うために厳しい表情を向けたが、返ってきたのは予想していた答えではなかった。
「ははっ、ただの誘拐ならそうだろうな。今回は御子の安全を確保するための緊急措置だ」
愉快そうに笑いながらも、獲物を狩る前の獣のような冷酷な眼差しで観察されているのを感じる。
「……御子を害そうとする動きがあったということでしょうか?」
こちらが掴んでいない情報をザイフリートに訊ねるのは忸怩たるものがあったが、トーカの安全が最優先だ。そんなフィルを嘲笑うようにザイフリートは声音を変えた。
「我が国が何も把握していないとでも思っているのか?実際にあったから来たんだろう」
低い声と威圧するような雰囲気から伝わってきたのは怒りの感情で、フィルはザイフリートの言葉を正しく理解し、納得した。
メリル・ネイワース侯爵夫人がトーカにした仕打ちを決して忘れてはいない。
「……その件は私の責任です。申し開きのしようもございません」
「御子の力を失いかけたというのに、一人で放置するとか馬鹿なのか?姫さんが拒否しても連れて帰ろうかと思ったぐらいだ」
ザイフリートの言葉が重くのしかかるのは、彼は事実しか口にしていないからだ。
(御子の護衛を任せた騎士はトーカよりもエリックを優先した……)
化粧室の近くで待機していたところ、第二王子の失踪を知り自らの意思で捜索に加わったのだ。子爵令嬢が傍にいたからなど、護衛の役割を理解していないとしか思えない言い訳にフィルは怒りを抑えきれなかった。
もしも護衛がいれば、不審者にしか見えないザイフリートに近づかせなかったはずで、トーカが連れ去られることもなかっただろう。何かあってからでは遅いのだと言外に責められていることが分かって、フィルは無言で頭を下げ続けた。
側を離れた自分も同罪なのだ。
「第二王子を昏倒させたのも、有事の際の状況を把握するためですか?」
もしも、を積み重ねた結果を狙ったのだとしたら、その手腕には舌を巻くしかない。
「あれは偶々だ。だから謝罪はしただろう。……はあ、やっぱり今からでも姫さんを説得して連れて帰りてえ」
ザイフリートならば、トーカを護りながら御子として育てることも可能だろう。人見知りなトーカが短時間で心を開き、かつ優秀な魔術師であるザイフリートが適任であることは頭では分かっていても感情がそれを拒否する。
それでも側にいたいのだという資格はフィルにはないだろう。
トーカのためにと断腸の思いで理性を優先させようとしたとき、フィルの頭上から思いがけない言葉が落ちてきた。
「だが、姫さんはハウゼンヒルト神聖国にいることを望んだ。今回だけは姫さんの意思を尊重するが、次はない。肝に銘じておけ」
「――承知、いたしました……」
首の皮一枚繋がったといったところだろうか。トーカの残留が決まったというのに、心から喜べないのは本当にそれが正解なのだろうかという不安と、トーカが本心ではザイフリートとともにいることを望んでいるのではないかという懸念が拭えなかったからだ。
ジェラルド帝国へ行きたいか、そんな質問を口にすることさえ苦痛だったが、淡々と告げることが出来たのは王族教育の賜物だ。それでもトーカの顔を見ることは出来なかった。
床に落ちたトーカの涙の理由を知る前に、フィルの口からこぼれたのは懇願の言葉だ。トーカの望むとおりにしようと決めたのに、諦めきれずに縋った自分はみっともないの一言だったが、それでも言わずにはいられなかった。
懇願し、想いを告げて、ようやく我に返って部屋を出たが、既に色々とやらかしてしまった後だった。
(トーカを煩わせてしまっただろうか。それとも気の迷いだと判断されたか……)
引き留めるための言動だと思われていたら、立ち直れないかもしれない。
フィルは深々と溜息を吐き、気持ちを切り替えた。
護衛役に選任した騎士は、身分は高くないものの優秀な人物だったはずだ。それなのに何故このような事態になったのか、改めて問い質す必要がある。今後このようなことを起こさないためにも、御子についての再認識を国全体に促すべきだろう。
そう考えていたフィルだったがその直後に聞かされた話の内容に、過去の一件が解決していなかったことを思い知らされることになった。
薄暗い廊下を歩きながらフィルは己の失態を噛みしめていた。あのタイミングで言うべきではなかったと断言できる。それなのに想いを告げてしまったのは、これ以上トーカにザイフリートのことを考えて欲しくなかったからという子供じみた嫉妬からだ。
「さて、これで遠慮なく話が出来るな」
トーカが退室するなりそう嘯くザイフリートだが、これまでも遠慮しているとは到底思えない態度だった。挑発に乗ってはならない、とフィルはその言葉を聞き流して本題に切り込んだ。
「誘拐は貴国でも重犯罪に該当すると記憶しておりますが、いかがでしょうか?」
いくら害意がなくても、そして高位の魔術師であろうとも、断りもなく御子を連れ出すなど許容できることではない。
ましてや第二王子を昏倒させたばかりか、発覚を遅らせるように温室にまで運びこんでいる。
自主的に姿を現したのは罪を軽くするためとは思えず、フィルはザイフリートの目的を問うために厳しい表情を向けたが、返ってきたのは予想していた答えではなかった。
「ははっ、ただの誘拐ならそうだろうな。今回は御子の安全を確保するための緊急措置だ」
愉快そうに笑いながらも、獲物を狩る前の獣のような冷酷な眼差しで観察されているのを感じる。
「……御子を害そうとする動きがあったということでしょうか?」
こちらが掴んでいない情報をザイフリートに訊ねるのは忸怩たるものがあったが、トーカの安全が最優先だ。そんなフィルを嘲笑うようにザイフリートは声音を変えた。
「我が国が何も把握していないとでも思っているのか?実際にあったから来たんだろう」
低い声と威圧するような雰囲気から伝わってきたのは怒りの感情で、フィルはザイフリートの言葉を正しく理解し、納得した。
メリル・ネイワース侯爵夫人がトーカにした仕打ちを決して忘れてはいない。
「……その件は私の責任です。申し開きのしようもございません」
「御子の力を失いかけたというのに、一人で放置するとか馬鹿なのか?姫さんが拒否しても連れて帰ろうかと思ったぐらいだ」
ザイフリートの言葉が重くのしかかるのは、彼は事実しか口にしていないからだ。
(御子の護衛を任せた騎士はトーカよりもエリックを優先した……)
化粧室の近くで待機していたところ、第二王子の失踪を知り自らの意思で捜索に加わったのだ。子爵令嬢が傍にいたからなど、護衛の役割を理解していないとしか思えない言い訳にフィルは怒りを抑えきれなかった。
もしも護衛がいれば、不審者にしか見えないザイフリートに近づかせなかったはずで、トーカが連れ去られることもなかっただろう。何かあってからでは遅いのだと言外に責められていることが分かって、フィルは無言で頭を下げ続けた。
側を離れた自分も同罪なのだ。
「第二王子を昏倒させたのも、有事の際の状況を把握するためですか?」
もしも、を積み重ねた結果を狙ったのだとしたら、その手腕には舌を巻くしかない。
「あれは偶々だ。だから謝罪はしただろう。……はあ、やっぱり今からでも姫さんを説得して連れて帰りてえ」
ザイフリートならば、トーカを護りながら御子として育てることも可能だろう。人見知りなトーカが短時間で心を開き、かつ優秀な魔術師であるザイフリートが適任であることは頭では分かっていても感情がそれを拒否する。
それでも側にいたいのだという資格はフィルにはないだろう。
トーカのためにと断腸の思いで理性を優先させようとしたとき、フィルの頭上から思いがけない言葉が落ちてきた。
「だが、姫さんはハウゼンヒルト神聖国にいることを望んだ。今回だけは姫さんの意思を尊重するが、次はない。肝に銘じておけ」
「――承知、いたしました……」
首の皮一枚繋がったといったところだろうか。トーカの残留が決まったというのに、心から喜べないのは本当にそれが正解なのだろうかという不安と、トーカが本心ではザイフリートとともにいることを望んでいるのではないかという懸念が拭えなかったからだ。
ジェラルド帝国へ行きたいか、そんな質問を口にすることさえ苦痛だったが、淡々と告げることが出来たのは王族教育の賜物だ。それでもトーカの顔を見ることは出来なかった。
床に落ちたトーカの涙の理由を知る前に、フィルの口からこぼれたのは懇願の言葉だ。トーカの望むとおりにしようと決めたのに、諦めきれずに縋った自分はみっともないの一言だったが、それでも言わずにはいられなかった。
懇願し、想いを告げて、ようやく我に返って部屋を出たが、既に色々とやらかしてしまった後だった。
(トーカを煩わせてしまっただろうか。それとも気の迷いだと判断されたか……)
引き留めるための言動だと思われていたら、立ち直れないかもしれない。
フィルは深々と溜息を吐き、気持ちを切り替えた。
護衛役に選任した騎士は、身分は高くないものの優秀な人物だったはずだ。それなのに何故このような事態になったのか、改めて問い質す必要がある。今後このようなことを起こさないためにも、御子についての再認識を国全体に促すべきだろう。
そう考えていたフィルだったがその直後に聞かされた話の内容に、過去の一件が解決していなかったことを思い知らされることになった。
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