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第3章
決意の理由
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「ユナ、ありがとうございます」
話し終えてぼんやりとしていた佑那が我に返ると、ウィルが深々と頭を下げている。
「え、何で?お礼を言うのは私のほうだよ」
気を失った自分を介抱し、食事を与え、話まで聞いてくれているのだ。何から何まですっかり世話になってしまって申し訳ない気分で一杯だった。
「ユナが魔物の侵入を止めてくれたから、非力な民が命を落とすことがなくなりました。それは貴女のお陰です」
「でも、それは…」
正しい選択ではなかったのかもしれない。一部だけしか見えていなかった佑那の行動は違う視点から見れば不平等や不満を生むきっかけとなった。それなのに感謝されるのは非常に居心地が悪い。
「それでも俺が出来なかったことをしてくれたユナには感謝しています。ユナの行動は貴女が思っている以上に大きな影響を与えてくれたのですから」
「え…?」
少しだけ困ったような表情を浮かべて、ウィルは口を開いた。
「俺が魔術士の地位を辞職しようと思ったのは、力不足を痛感したこともありますが、姫の婚約者と相性が悪いようで、頭を冷やすための休暇みたいなものです」
軽い口調で告げながらも、ウィルは当時のことを思い出していた。
傷の痛みよりも焦燥感と己への無力感に苛まれて一晩を過ごした翌日、俺は陛下に呼ばれた。ユナを救出するための話だと疑っていなかった俺に告げられたのは、救世主物語の真実だ。
救世主とは魔王へ捧げられるために召喚された生贄だった。
救世主として祭り上げられた物語の裏側にそんな非道な行為が行われたのだとは信じられなかったが、他ならぬ陛下からの言葉は疑いようがない。
顔色を変えた俺を気遣うように陛下は言った。
「私も聞いた時には信じられないと思ったよ。だから二度と救世主を召喚しないと決めたのに彼女はこの世界に現れた。……ユナ殿には申し訳ないが、これもまた運命だったのかもしれない」
その言葉から陛下がユナの救出に動くつもりがないことを悟った。
兵を動かせば多くの犠牲者が出ることは免れない。一国の王としての判断は正しいと分かっていても、感情は納得できるものではなかった。陛下もそれが分かっていたのだろう。
まだ真実を知らないグレイス姫への口止めはされたが、それ以外にウィルの行動を制止しようとはしなかった。
それからウィルが執務を放棄してひたすら魔術の訓練に勤しむ時間が増えた。自責の念は薄れるどころか日増しに強くなる。突然知らない世界に放り出されたのに、前向きな姿勢で明るい笑顔を見せるユナだったが、時折寂しげな表情を浮かべていた。
普段のしっかりした姿とは逆の儚げな表情を見た時から彼女に惹かれていたのかもしれない。礼儀正しく努力家なところも、無邪気な笑顔も好ましく思っていたのに、目の前で奪われてしまったことで心に芽生えた想いを自覚してしまった。
やるせない気持ちを振り払うように力を求め修行を積むウィルをフェリクスが案じているのは分かっていたが、それを気遣う余裕もない。弟のように思っている彼には真実を告げることなど出来なかった。
最初は伝えてくれなかった師匠を恨む気持ちもあったが、師匠の気持ちが今は痛いほどに分かる。無邪気に物語を信じていた子供に告げるには残酷な真実と救世主に頼らないと豪語していた本当の意味。
(どうすればユナを救うことができるのだろうか)
鬱屈した日々に変化が生じたのはエルシア国第三王子とグレイス姫の婚約が確定してからだった。
魔力持ちのマティス様は各国からの誘いも多かったそうだが、グレイス姫の絵姿を見て一目惚れをしたそうだ。優秀で正義感も強く悪い方ではないが、少々無神経なところがある。
「救世主などに頼らずとも私が姫をお守りします」
我が国の伝承を知って口にしたのだと思い、慌ててウィルは小声で説明した。
当代の救世主は姫の目の前で魔王に攫われたのだと。
「ええ、ですから私がいれば姫に手出しはさせませんよ」
「……私のせいでユナが攫われてしまったのです」
グレイス姫が悲しげに告げれば、流石にまずいと思ったのか必死に弁解していた。
他国の王族にとっては爵位も持たない異世界の娘に心を砕く対象ではないのだと実感する。
そしてグレイスを慮ったマティス王子が口にした無謀とも言える提案が国全体に波及すら大きな事態へと発展することになった。
それを阻止すべく一時的にウィルは王城を離れることを決意したのだが、そのことをユナに告げるのは早計だろう。
「色々と考えたいこともありましたからね。ユナが良ければここで少しゆっくりと過ごしてみませんか?」
身一つで生きる術を持たないユナは恐らく拒否しないだろう。彼女が出ていくといっても心配だからと同行を申し出れば最終的には承諾してくれるはずだ。
ユナは行動力も場の空気を読む聡明さもあるが、どこか臆病で自己評価が低いところがある。他者の言動も必要以上に気にしてしまうところは優しさだけでなく、一種の自己防衛なのだろう。
そんなユナの性格を理解した上で、断れないような言い回しをする自分の姑息さにあきれながらも、首を縦に振った彼女にウィルは安堵の吐息を漏らしたのだった。
話し終えてぼんやりとしていた佑那が我に返ると、ウィルが深々と頭を下げている。
「え、何で?お礼を言うのは私のほうだよ」
気を失った自分を介抱し、食事を与え、話まで聞いてくれているのだ。何から何まですっかり世話になってしまって申し訳ない気分で一杯だった。
「ユナが魔物の侵入を止めてくれたから、非力な民が命を落とすことがなくなりました。それは貴女のお陰です」
「でも、それは…」
正しい選択ではなかったのかもしれない。一部だけしか見えていなかった佑那の行動は違う視点から見れば不平等や不満を生むきっかけとなった。それなのに感謝されるのは非常に居心地が悪い。
「それでも俺が出来なかったことをしてくれたユナには感謝しています。ユナの行動は貴女が思っている以上に大きな影響を与えてくれたのですから」
「え…?」
少しだけ困ったような表情を浮かべて、ウィルは口を開いた。
「俺が魔術士の地位を辞職しようと思ったのは、力不足を痛感したこともありますが、姫の婚約者と相性が悪いようで、頭を冷やすための休暇みたいなものです」
軽い口調で告げながらも、ウィルは当時のことを思い出していた。
傷の痛みよりも焦燥感と己への無力感に苛まれて一晩を過ごした翌日、俺は陛下に呼ばれた。ユナを救出するための話だと疑っていなかった俺に告げられたのは、救世主物語の真実だ。
救世主とは魔王へ捧げられるために召喚された生贄だった。
救世主として祭り上げられた物語の裏側にそんな非道な行為が行われたのだとは信じられなかったが、他ならぬ陛下からの言葉は疑いようがない。
顔色を変えた俺を気遣うように陛下は言った。
「私も聞いた時には信じられないと思ったよ。だから二度と救世主を召喚しないと決めたのに彼女はこの世界に現れた。……ユナ殿には申し訳ないが、これもまた運命だったのかもしれない」
その言葉から陛下がユナの救出に動くつもりがないことを悟った。
兵を動かせば多くの犠牲者が出ることは免れない。一国の王としての判断は正しいと分かっていても、感情は納得できるものではなかった。陛下もそれが分かっていたのだろう。
まだ真実を知らないグレイス姫への口止めはされたが、それ以外にウィルの行動を制止しようとはしなかった。
それからウィルが執務を放棄してひたすら魔術の訓練に勤しむ時間が増えた。自責の念は薄れるどころか日増しに強くなる。突然知らない世界に放り出されたのに、前向きな姿勢で明るい笑顔を見せるユナだったが、時折寂しげな表情を浮かべていた。
普段のしっかりした姿とは逆の儚げな表情を見た時から彼女に惹かれていたのかもしれない。礼儀正しく努力家なところも、無邪気な笑顔も好ましく思っていたのに、目の前で奪われてしまったことで心に芽生えた想いを自覚してしまった。
やるせない気持ちを振り払うように力を求め修行を積むウィルをフェリクスが案じているのは分かっていたが、それを気遣う余裕もない。弟のように思っている彼には真実を告げることなど出来なかった。
最初は伝えてくれなかった師匠を恨む気持ちもあったが、師匠の気持ちが今は痛いほどに分かる。無邪気に物語を信じていた子供に告げるには残酷な真実と救世主に頼らないと豪語していた本当の意味。
(どうすればユナを救うことができるのだろうか)
鬱屈した日々に変化が生じたのはエルシア国第三王子とグレイス姫の婚約が確定してからだった。
魔力持ちのマティス様は各国からの誘いも多かったそうだが、グレイス姫の絵姿を見て一目惚れをしたそうだ。優秀で正義感も強く悪い方ではないが、少々無神経なところがある。
「救世主などに頼らずとも私が姫をお守りします」
我が国の伝承を知って口にしたのだと思い、慌ててウィルは小声で説明した。
当代の救世主は姫の目の前で魔王に攫われたのだと。
「ええ、ですから私がいれば姫に手出しはさせませんよ」
「……私のせいでユナが攫われてしまったのです」
グレイス姫が悲しげに告げれば、流石にまずいと思ったのか必死に弁解していた。
他国の王族にとっては爵位も持たない異世界の娘に心を砕く対象ではないのだと実感する。
そしてグレイスを慮ったマティス王子が口にした無謀とも言える提案が国全体に波及すら大きな事態へと発展することになった。
それを阻止すべく一時的にウィルは王城を離れることを決意したのだが、そのことをユナに告げるのは早計だろう。
「色々と考えたいこともありましたからね。ユナが良ければここで少しゆっくりと過ごしてみませんか?」
身一つで生きる術を持たないユナは恐らく拒否しないだろう。彼女が出ていくといっても心配だからと同行を申し出れば最終的には承諾してくれるはずだ。
ユナは行動力も場の空気を読む聡明さもあるが、どこか臆病で自己評価が低いところがある。他者の言動も必要以上に気にしてしまうところは優しさだけでなく、一種の自己防衛なのだろう。
そんなユナの性格を理解した上で、断れないような言い回しをする自分の姑息さにあきれながらも、首を縦に振った彼女にウィルは安堵の吐息を漏らしたのだった。
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