短気な聖女はヤンデレ魔王のお気に入り

浅海 景

文字の大きさ
11 / 42

他者への嫉妬

侍女であるステラがノアベルトに余計な話をすることは、これまでなかった。だが意を決したような表情で告げられたのは、リアの外出許可だった。

「駄目だ」

もちろん即座に却下した。小鳥を野に離せば戻ってこないのは自明の理だ。一度外の世界を知ってしまったら、自由になることを望むだろう。

「リア様は豪奢な衣装や宝石などに興味を示しませんが、陛下と外出できればさぞお喜びになるかと存じます」

最近のリアは元気がなく、溜息をつくことが増えていた。リア自身は恐らく気づいていないだろう。気づいていれば弱みを見せまいと気丈な振りをする、そういう娘だ。

「気分転換にもなりますし、その、陛下とも打ち解けられるのではないかと。――いえ出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

眉を顰めると慌ててステラが頭を下げる。
当てこすりでないと分かっていたが、あまり触れられたいことではない。

リアを甘やかそうと物を贈っても喜ばれない。好物の菓子も食事も近頃ではあまり進んで食べようとせず、欲しい物を尋ねても断られる。リアの無邪気な笑顔を見たのは最初に食事を与えた時ぐらいだ。
空腹のなか思いがけず得た食事に素直に喜びを示したのだろう。とはいえ二度と飢えさせるつもりはない。

リアにとって働かずただ過ごすことは罪悪感を覚えるらしく、何かを与えても困ったような笑みを浮かべる。一方でステラには懐いているらしく、気安く話しかけ自然な態度で接しているのを見ては腹立たしい気分になる。
人間であるリアに敵意を持たず、敬意と親愛も持って仕えているからこそ侍女を任せているのだが、あまり懐くようなら考えなければならない。

その日の午後、いつものようにリアの髪を撫でていると小さな溜息が聞こえた。ページを開いているものの、その目はぼんやりとどこか遠くを見ているかのようだった。
ここではない何処か、自分の知らないリアの生まれた世界に想いを馳せている。こちらに引き戻したいという思いが、無意識にステラとの会話を思い起こさせたのだろう。

「城下に行きたいか?」
外に出すつもりなどなかったのに、気づけばそう尋ねていた。

リアの目が期待に輝くが、すぐに感情を抑えるように無表情になった。視線を彷徨わせ、恐る恐るという風に望みを口にしたリアは不安そうにこちらを窺っている。尋ねておきながら禁じてしまえば、リアは自分の言葉を信用しなくなるだろう。
己の浅はかさを悔やんだが、もう遅い。

了承すると、リアは予想以上に喜んだ。いつもの困ったような笑みではない、心から嬉しそうな笑顔で礼を言うリアに愛おしさとともに暗い感情が浮かぶ。

私にはその笑顔を向けてくれないのに。外に出たがるのはここから逃げるためではないだろうか。

そんな自分の感情を宥めながら、今回だけだと言い聞かせる。
せめて今回だけは好きなようにさせてやろう。

だが不安は消えず何度も繰り返し約束を求めた。内心鬱陶しく思っているだろうが、いつもより活き活きした様子のリアが愛おしくて苦しい。
本当はこんなところにいたくないのだと言われているかのようだった。

「はい、陛下」

何度目かの返答はいつもと同じだったのに、無性に嫌だと思った。敬称で呼ばれることで、線を引かれているようだったし、ステラと同じように会話をして欲しい。
敬称も敬語も不要だと告げると、リアはあっさり了承した。

「ねえノア、まだ出発しないの?」

名前を呼ぶように告げたのは自分なのに、実際にリアの口から名を呼ばれると不安など吹き飛んでしまった。リアから呼ばれる名前は心地よく響き、気安い言葉遣いは今まで感じていた壁がなくなったかのようだった。

初めてみる魔馬にリアは興味津々だった。小柄なリアからすれば、威圧感があり怖がるかもしれないと危惧していたが、問題ないどころか動物の類が好きなのだろう。

最初は微笑ましく見ていたものの、首にぎゅっと身体を寄せたところで不快感が勝った。自分にもそんな風に甘えたことがないのに、魔獣ごときに先を越されたことが面白くなく、その痕跡を消し去るようにリアの身体を念入りに拭いた。
幸いリアは魔馬への接し方が悪かったのだろうと納得したようなので、不満に思う様子はない。

楽しみにしていた外出を前に嫌な思いをさせずに済んだことにほっとする。
馬車の中では不慣れだと言うことを理由にリアを腕の中に閉じ込めると、最初は抜け出そうと足掻いていたようだが、途中からまた遠くを見て考え事に耽っている。

リアは自分自身をどこか雑に扱っているような節がある。直情的なようで冷静ではあるし、場の雰囲気や他人の感情を察することには長けている。そのくせ自分に向けられる悪意や、危険に対してはどこか投げやりで諦念すら感じさせるのだ。

気になるものの聞いても答えないだろうし、確実に嫌がられるだろうと様子を見るに留めているが、こういう時は踏み込むべきか否か心が揺らぐ。
遠い眼差しで窓の外を見つめるリアの注意を引き寄せたい気持ちをこらえて、その姿をじっと見つめていた。


街に着いてからリアは気分を切り替えたようで、興味深そうに周囲を見渡し落ち着かない様子を見せる。それを微笑ましく思っていたが、ステラが同行するのだと分かると顔をぱっと輝かせたことに不満を覚えてしまった。
自分と二人きりになるのがそんなに嫌なのかと勘繰ってしまう。

すぐさま不機嫌な様子に気づいたリアが、どんどん顔を曇らせていく。悲しそうに俯く姿を見て、ようやく狭量な態度を見せたことを反省した。

取り繕うように繋いだ手はすぐさま振りほどかれるだろうと思っていたが、意外にリアはあっさりと受け入れた。小さく柔らかい手から伝わる温もりに、何よりも大切にして守ってやりたい気持ちになる一方、閉じ込めて自分だけを見て欲しいという独占欲が強くなる。

きらきらと目を輝かせ、楽しそうなリアの弾んだ声は確かに切望したものなのに、どんどん自分が欲深くなっていく。

……やはり侍女などいらなかったかもしれない。
リアが無邪気に自分ではなくステラに提案した時、本気でそう思った。

リアの世話ならいくらでもしてやりたかったが、同性でなければ不快なこともあろうと考えてしまったのだ。
今のノアベルトにとってステラは邪魔な存在でしかない。

傍にいても存在を気にかけてくれないのなら、周りにいる者たちを全て消してしまったらリアは私だけを見てくれるだろうか。

そんなことを考えながら、リアに菓子を与える。甘いものが嫌いだと思ったというリアの正しい指摘と謝罪に少し居心地が悪い。
自分の分も与えようとすれば、いつもなら仕方ないと言いたげな表情を浮かべつつも口にするのに、今日はあっさりと断られて、面白くない気分で代わりに顔を近づけてリアが持つ菓子をかじった。

「気に入ったなら、もっと食べる?」

その言葉は一瞬幻聴かと思うほど、予想外のものだった。リアが自分の嗜好を気に掛けてくれた、ただそれだけのことなのにじわりと心が温かく心地よい。

気づけば口の端が自然に上がっていて、ノアベルトは満ち足りた気分でリアを見つめていた。
感想 5

あなたにおすすめの小説

一妻多夫の獣人世界でマッチングアプリします♡

具なっしー
恋愛
前世の記憶を持つソフィアは、綿菓子のような虹色の髪を持つオコジョ獣人の令嬢。 この世界では男女比が極端に偏っており、女性が複数の夫を持つ「一妻多夫制」が当たり前。でも、前世日本人だったソフィアには、一人の人を愛する感覚しかなくて……。 そんな私に、20人の父様たちは「施設(強制繁殖システム)送り」を避けるため、マッチングアプリを始めさせた。 最初は戸惑いながらも、出会った男性たちはみんな魅力的で、優しくて、一途で――。 ■ 大人の余裕とちょっと意地悪な研究者 ■ 不器用だけど一途な騎士 ■ ぶっきらぼうだけど優しい元義賊 ■ 完璧主義だけど私にだけ甘えん坊な商人 ■ 超ピュアなジムインストラクター ■ コミュ力高めで超甘々なパティシエ ■ 私に一生懸命な天才年下魔法学者 気づけば7人全員と婚約していた!? 「私達はきっと良い家族になれます!」 これは、一人の少女と七人(…)の婚約者たちが、愛と絆を育んでいく、ちょっと甘くて笑える逆ハーレム・ラブコメディ。 という異世界×獣人×一妻多夫×マッチングアプリの、設定盛りだくさんな話。超ご都合主義なので苦手な人は注意! ※表紙はAIです

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

初恋を諦めてお見合いに行ったら、私を振ったはずの人に連れ去られました

こじまき
恋愛
【全2話】 孤児のリアナは、自分を育ててくれた牧師のルカの恋をしている。けれど孤児からの告白が受け入れられるはずもなく、リアナはあっさり失恋してしまった。十八歳になったとき、ついに想いに区切りをつけようとお見合いに臨むことを決めたリアナ。けれどそれを聞いたルカは、お見合い会場までリアナを追ってきて… 「本当は、最初から逃がす気なんてなかったのかもね」 ※小説家になろうにも投稿しています

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿