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魔石と魔法

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瑛莉にとって魔石は石炭のような物だという認識だった。
主に灯りや調理道具、温度調節などのエネルギー源として使われる魔石は、利用方法はさておき役割としては石炭とあまり変わらない。
そのままだと有害な成分を含んでいるため、浄化してクリーンなエネルギーとして利用するというだけのこと。

異世界だと言っても不思議や魔法に満ちたファンタジーの世界ではなく、自分が持つ聖女の力と魔王の存在を除けば、元の世界とそう大差はない。
生活自体も産業革命が起こった十九世紀辺りの水準と言えるだろう。

だがエーヴァルトが使った夢へ干渉する力や転移は、まぎれもなく魔法だった。そして魔王の魂により膨大な魔力を持っているが、エーヴァルトは人間なのだ。
魔石は魔力が凝ったもの。魔力があれば魔法を使える。普通の魔石では単純にエネルギーが足りていないだけで、魔力の高い魔石なら可能ではないだろうか。

もしも魔法が使えるのならファンタジー系ラノベ知識をフル活用すれば人質ぐらい奪還できるだろう。異世界チート万歳!

「だからエーヴァルトには高濃度の魔石を量産してもらいたいんだ。それに――」

過分な魔力を内包するエーヴァルトにしか頼めない。さらに魔石の有用性を語ろうとする瑛莉を冷ややかな声が遮った。

「……黙って聞いていればよくもそんな身勝手なことを言えたものだな」
「ベンノ、最後まで話を聞こう」

エーヴァルトの取り成しに瑛莉は内心胸を撫で下ろした。ベンノの忠心を考えれば気持ちは分からなくはない。一方でエーヴァルトが気を遣うことなく今後も浄化を行うためにも、お互い助け合う状態がベストだと思っている。

「魔石の精製はエーヴァルトの魔力制御にも有効だと思う」

暴走を防ぐためにエーヴァルトは一定の魔力を放出する必要があるが、多すぎても少なすぎても身体に負担が掛かると言う。不要だからと自然に手放せるものでもなく、魔法を使うことで魔力を消費させる方法は量の調整が難しいらしい。

魔石作りであれば込める魔力量を操作するだけだし、それこそ微調整がしやすく制御を身につけるための練習にもなる。

瑛莉の場合は浄化のためだったが、ベクトルは違えど基礎を覚えるのに最適なやり方だったと思うのだ。力を誤魔化すために試行錯誤した経験から実感できることだった。
作業の間そばにいればバランスを崩した際にすぐ対応できるし、無理のない範囲で続けられるだろう。

「エーヴァルトは魔力が制御できるようになったら、何をしたい?」

その質問はエーヴァルトの意表を突いたようで、無言で目を瞠っている。

(考えたこともなかったのか、ずっと昔に諦めてしまっていたんだろうな……)

戸惑いや不安が入り混じった瞳がそれを物語っており、胸の奥が切なさに揺れる。過去の自分と重なる姿に手を伸ばしたい気持ちを抑えて瑛莉はエーヴァルトの言葉を待った。
大切なのはエーヴァルトがどうしたいかだ。目標は自分で決めなければ意味がなく、エーヴァルトは自分と似ているだけで同じではない。

「……僕はここで穏やかに過ごしたい。ベンノや他の魔物たちが安心して暮らせる場所を作りたい」
「我が君……」

呆然としたように呟くベンノにエーヴァルトはふわりと微笑んだ。

「言葉が伝わらなくてもみんなが僕に好意的なのはちゃんと分かっているから。積極的に人を傷付けるつもりはないけど、僕は大切な君たちを守りたいし一緒にいたいと思っているんだよ」

感極まったのか口元を押さえて俯くベンノをエーヴァルトは優しい眼差しで見つめている。そんな二人の邪魔にならないよう瑛莉はディルクに小声で話しかけた。

「あのさ、シクサール王国以外にプラクトスに面している国ってどこかある?」

質問の意図が分からないという顔をしながらも、ディルクはきちんと答えてくれた。

「エカトス連合国と、海が間に入るがルシルピアがそうだな」

続いて国の状況や治安などの情報を教えてもらっていると、話し合いを終えたエーヴァルトが身体の向きをこちらに戻した。

「上手く出来るか分からないけど、魔石を作ってみることにするよ」

穏やかに告げるエーヴァルトだが、その瞳にはしっかりと決意が宿っているようだった。

「思ったんだけど、エーヴァルトは人間と敵対したいわけではないんだよね。だったら魔王のイメージを払拭するために、他の国と交易したらいいんじゃないかな?普通の魔石を作って私がそれを浄化すれば聖石になるし、優先的に販売することを条件に不可侵条約とか結べたりしない?」

エカトスもルシルピアも国として安定しているものの、シクサールのように聖石が庶民にまで手が出せるほどの供給はないらしい。
元手が掛からず周辺国と友好関係が築ければ、シクサール王国への牽制にもなる。

「お前は……時折発想が大胆というか、思い切りが良すぎるな」
「ふふ、でも何だかエリーが言うと実現できそうな気がするね」
「……エーヴァルト、お前はエリーに対する評価が甘すぎだろう」

僅かに残っていた緊張した空気が緩み、エーヴァルトとディルクが雑談を交わしている。

(これは、今がちょうど良いタイミングかな)

婉曲な表現でお手洗いに行く旨を告げて、瑛莉は一人で部屋を後にした。



「随分と余裕だな」
「別に。言いたいことがあるんだろうと思っただけだ」

エーヴァルトの手前ということで感情を抑えていたのだろうが、あんなに苛烈な視線を向けられて無視できるものではない。一人になれば何かしら行動を起こすとは思っていた。

「どういう理由をつけようとお前も我が君を利用しようとしていることに変わりはない。味方のように振舞って陛下を唆し裏切ったあの聖女とそっくりだ。あの方を傷付けたその瞬間に、俺はお前を殺すからな」

一方的に告げたベンノはそのまま振り返らずに瑛莉の前から立ち去った。姿が見えなくなると同時に、その場にしゃがみこんでしまったのは激しい憎悪に当てられてしまったせいだ。日常生活で経験することのない重い感情を向けられて、早くなった鼓動を宥める。

(……少し甘く見過ぎた)

聖女である自分を嫌っていることは理解していたし、エーヴァルトへの提案で嫌味の一つや二つ覚悟していたが、これほどとは思っていなかった。
ベンノが自分を殺さない理由はエーヴァルトが望まないからだが、僅かでもエーヴァルトに危険が及べば彼は容赦なく自分を始末するのだと理屈ではなく本能的に理解させられた。

(陛下って最初の魔王のことだよな?何だか随分根が深いというか、初代聖女もやらかしてくれたもんだな……)

思考を逸らして深呼吸をした瑛莉は意識的に口角を上げる。勘の良いディルクに気づかれてしまっては元も子もない。
鏡で表情を確認した瑛莉は気持ちを切り替えて足早に二人の元へと向かったのだった。
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