召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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人質

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殺風景な部屋の一室でエルヴィーラは黙々と針を動かしていた。王都から離れてもうすぐ二週間が経つ。

(そしてエリー様が最後に目撃されたのが六日前……)

最後に聖女を目撃したのは神殿の関係者だ。森で迷っていた聖女を案内しようとしたところ、突然怪しげな男が現れたと同時に攻撃を受け意識を失ってしまったと言う。

禍々しい血のような瞳から魔王ではないかとの声も上がっており、聖女の生存も危ぶまれている状況だ。聖女発見の知らせに一度は上がった捜索隊の士気も時間とともに低下し、今ではぎすぎすした空気が漂い始めている。

廊下から聞こえてくる靴音にエルヴィーラは眉をひそめ、重い溜息を吐いた。
ノックとも言えないほどおざなりにドアを叩かれたと同時に現れたのは、険悪な雰囲気の原因となっているオスカーだ。
オスカーは一瞬だけエルヴィーラの手元に視線を落とすが、すぐに不快さを隠そうとしないまま口を開いた。

「明日までに聖女が見つからない場合は、お前も森へ連れて行く。役に立たなければどうなるか分かっているな?」

言いたいことだけ早口で告げてオスカーは来た時と同様、こちらの返事を待たずに出て行った。オスカーが焦っているのは決してエリーの安否を気遣っているわけではない。

今回オスカーは聖女の逃亡幇助の嫌疑を掛けられているのだ。本人がいくら否定しようともドアの前で護衛をしていたオスカーに気づかれずに城から抜け出すことは難しく、また手助けをしていなかったとしても任務を全うできなかったとして責任が問われることになる。

ヴィクトール王太子からは聖女を無事に連れ戻すことが出来なければ、降格どころか騎士の除名も検討していると言われたそうだ。
そのため気が短くなっているようで、些細なことでも当たり散らし隊の空気を乱していると兵士たちが不平を零しているのを耳にした。人質として部屋に押し込められているエルヴィーラですら知っているということは、かなり追い詰められているに違いない。

(彼はエリー様が森に身を潜めているだけだと考えているのね。私を囮にしたところでエリー様が見つからない可能性は高いのに。魔物に殺されるのは恐ろしいけど逃げる術もないわ)

キャシーの泣きそうな顔が脳裏に浮かぶ。聖女の侍女になって日が浅いと言う理由で免除されたが、実際のところは彼女が貴族令嬢でエルヴィーラが平民だからだろう。

キャシー自身もそれを分かっていたのか、同行を申し出ようとしてくれたのだが、それを止めたのはエルヴィーラだ。人質が増えたところで意味はなく、万が一エリーが王都に戻ることになれば、信頼できる人材を残しておきたかった。

怪我人であるジャンの世話を頼むと、涙を堪えて何度も頷いていたキャシーを思い出すと少しだけ心が軽くなる。彼女が巻き込まれなくて良かったと思えたから。

(魔王は悪しき者と言われていたけれど、本当かしら?)

以前であればそんな疑問を抱くことなどあり得なかったが、エリーと一緒にいるうちにこれまで教えられてきたことや常識が全て当たり前ではないのだと思い知らされた。
もしもエリーが自分の意思で魔王といるのであれば、きっと王宮や神殿よりも信頼できると判断したからなのだろう。

(明日はせめて堂々とした立ち振る舞いを心掛けなくてはね。どんなに恐ろしくともみっともなく助けを乞わずに最期を迎えたいわ)

ロドリーゴは必ず助けると声を掛けてくれたが、エルヴィーラをここに送り込んだのは神官長であるダミアーノだ。神殿の最高権力者に逆らえばロドリーゴの立場が悪くなるのは間違いなく、恩人の負担になるのは本意ではない。

静かな気持ちで残りの裁縫を丁寧に仕上げた。押し付けられた仕事ではあってもすることがない方が落ち着かなかったので有難かった。
全てを終えて手持ち無沙汰になった頃、薄闇に染まった窓の外で松明の明かりが慌ただしく動いていることに気づく。

(何があったのかしら?)

僅かに開く換気用の窓を押し上げれば、兵士たちの会話が微かに聞こえてくる。

「本当に聖女様なのか?」
「いいから早く医者を呼べ!万が一のことがあったら連帯責任になるぞ」

思いがけない情報にエルヴィーラは耳をそばだてるが、窓の傍にいた兵士たちは駆け出すように建物の奥へと消えて行った。

(本当にエリー様が……?ディルク様は一緒ではないの?ご無事なのかしら?)

疑問が次々と浮かぶ中控えめなノックの音が聞こえて、ひゅっと息を吸い込んだエルヴィーラは咄嗟に自分の口を覆った。

「……どうぞ」

動揺を悟られないように何とか言葉を紡ぎだすと、見知らぬ二人の兵士が部屋に入ってきた。聖女の本人確認のためか、それとも何か良からぬ考えがあってのことか。
警戒するエルヴィーラを宥めるように、小柄な兵士が両手を顔の横に上げて困ったように笑った。

「あんまり時間がないし疑われても困るから、一番分かりやすい方法にするよ」

その言葉の意味を理解する前に、小さなナイフを手の平に走らせた。

「痛っ――っく、やっぱり痛い」

ナイフをしまい鮮血が零れる左手を右手で押さえたかと思えば、エルヴィーラに見せるように怪我をした手の平を前に突き出すではないか。

「え……?」

血の跡は残っているもののそれ以上血がにじむことはなく、何よりもナイフで付けたはずの傷がどこにも見当たらない。

「遅くなってごめんね、エルヴィーラ」
「……エリー様」

目の前の兵士はどう変装したとしても聖女には見えなかったが、癒しの力を目の当たりにして思わずつぶやいたエルヴィーラに、兵士の姿をした聖女はにやりと笑ったのだった。


「普通の変装じゃないから簡単に元の姿を戻るわけにはいかないのは分かるが、そういうやり方は二度とするなよ」

隣の赤髪の兵士は口調からしてどうやらディルクであると察しがついた。心配性の母親のようだとエリーは呟くが、自分を傷付けるよう真似はしないで欲しいのはエルヴィーラも同意見だった。

「時間がないから手短に話すね。エルヴィーラには三つの選択肢がある。このままここに留まるか、王都に戻るか、隣国で暮らすか。選択肢が少なくて悪いけど」

気まずそうな表情なのは、この状況が自分のせいだと思っているからなのだろう。そんなことはないのだと声を掛けようとしたエルヴィーラだが、その前にディルクが口を挟んだ。

「もう一つあるぞ。俺たちと一緒に来て、またエリーの侍女として働くかだ」
「それは無理だろう。ベンノが許すはずがない」

呆れたような眼差しを向けるエリーとは対照的に、ディルクは飄々とした口調で続ける。

「お前は自分がエーヴァルトにした提案を思い出せ。人材が足りないんだから優秀な人間を引き入れるのは必須だろ」
「それはそうだけど……エルヴィーラは女性だし危ない目に遭わせたくない」

口を尖らせる仕草は確かにエリーの面影があり、思わずくすりと笑ってしまった。考える必要もないくらい自然にエルヴィーラは自分の望みを口にする。

「エリー様がよろしければお仕えさせていただきます」
「私がどう思うかじゃなくて、もっと考えたほうがいい。ほら、あの副神官長が心配するよ。育ての親みたいな人なんでしょ?もう会えなくなるかもしれないんだよ?」

(そういうところだと分かっていないのでしょうね)

実父から庇ってくれた時もそうだが、一介の侍女でしかないエルヴィーラをわざわざ助けに来てくれる主などエリーぐらいだろう。そして今もエルヴィーラのことを気遣い、その意思を尊重してくれている。だからエルヴィーラはディルクが追加した選択肢を迷うことなく選んだのだ。

「ロドリーゴ様も大切な方ですが、今の私はあの方の負担でしかありません。それに私は自分の意思でエリー様といたいと思っているのですよ」

険しい表情は自分を案じてのことだと分かっているから、エルヴィーラは気にすることなくエリーの返事を待つ。
そんなエリーが決断するまでにそう時間はかからず、仕方ないと言うような表情で差し出された手を見て、エルヴィーラは淡く微笑んだのだった。
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