58 / 74
損得勘定
しおりを挟む
(くそ、やはり王家に預けたのが失敗だったか)
聖女が行方不明になって一ヶ月、ダミアーノの苛立ちは募る一方だった。
召喚に前向きでない現国王の代わりに、王太子を唆して聖女を呼び寄せたまでは良かったが、思えば最初からあの少女はこちらの思い通りの行動を取っていない。
気を失い聖女認定が遅くなったおかげで、召喚失敗の噂が流れ不愉快な視線に晒された。
無事認定されたかと思えば今度は大した力を持たない欠陥聖女として見下され、その結果ダミアーノを軽んじる輩も出てきたほどだ。
嫌がらせを受けて神殿に泣きついてくれば恩を着せて使い倒す予定だったが、いつまで経ってもそんな報告は上がって来ない。
癒しの力が使えるようになり、ようやく利用価値が上がってきたかと思えば練習のためにと平民に治癒を施し貴族を後回しにする。希少性を押し出し高額な寄付を条件に貴族への斡旋を行うが、受けた貴族の多くが大した効果がないと不満を抱くようになり、それを宥める羽目になった。
魔王討伐に成功すれば最早あの聖女は用済みだと考えて、ある程度放置したのがまずかったのだろう。
副神官長が目を掛けていたエルヴィーラや自分に忠実であったはずのジャンすらも、いつの間にかあの聖女に誑かされてしまった。
特に子供の頃に目を掛けてやったジャンの裏切りには腸が煮えくり返るような思いだったが、報復しようにも重傷のため第二騎士団内で療養中だと言う。引き渡しを要求しても重要参考人だという理由で拒否される始末だ。
その言い分を信じたわけではないが、子飼いの一人などどうとでもなる。今は聖女のことが最優先だと後回しにした。
(もしも魔王と聖女が手を組めば、莫大な利益どころか大損失――この国自体が危ういかもしれぬ)
シクサール王国の繁栄は魔王から得られる魔石、そしてそれを浄化する聖女の力があってこそだ。この国で神殿が大きな影響力を得ているのも聖女の恩恵が大きく、無知な国民たちにとっては分かりやすい象徴でもある。
魔王復活の年代に神官長の地位に昇り詰めたのは僥倖であり、さらなる栄華を手に入れるため聖女の存在は必要不可欠だった。だがその聖女も今では危険因子でしかない。
「神官長様、オスカー・ロジュロ侯爵令息様が面会を希望されていますが――」
「聖女様の捜索で多忙だと伝えろ」
不機嫌さを隠さずに伝えれば、従者は怯えたような表情を浮かべ一礼すると慌ただしく出て行った。
「ふん、おおかた自分の失態を取り戻すために協力しろとでも言うのだろう。冗談ではないわ」
侯爵令息で王太子の側近という将来を約束された立場にありながら、小娘である聖女にしてやられるような愚か者の相手などしていられない。さらには聖女をおびき寄せるために人質として同行させていたエルヴィーラを取り逃がすという致命的なミスを犯している。
その報告にはさすがの王太子も渋面を浮かべ、任務を遂行できなかったとして謹慎処分を受けているが、罷免される日もそう遠くないだろう。
貴族としての矜持を優先して平民出身の聖女を侮った結果、その身分以外のすべてを失うことになった。いい気味だと嘲笑したものの、自分も同じ轍を踏むわけにはいかない。
(大人しい素振りで小さな要求を出してくるあたり、少々頭の回る小娘だと思っていたがまさかここまで手が掛かるとは……)
何とか連れ戻したとしてもこちらの意のままに操るには難しいだろう。さらには魔王から良からぬ知恵を付けられていないとも限らない。
損切りを見誤ればより大きな損害を被ってしまう。神官でありながら拝金主義であるダミアーノは損得勘定を何よりも重視していた。
新たに聖女を再召喚できないかとも考えたが、平民出身とは言え片手では足りない神官の命を犠牲にしたことで現国王の不興を買っている。これ以上の犠牲を出せばこちらにも何らかの処罰を受ける可能性も高い。
唯一の利点は王太子は何故かあの聖女を気に入っていることで、日に日に落ち着かない様子を見せている。それを上手く利用してこちらの最大限の利益を確保するためにはどうすれば良いか。
しばらく思案した末、結論を出したダミアーノは王太子への面会許可を得るために使いを出した。
聖女が行方不明になって一ヶ月、ダミアーノの苛立ちは募る一方だった。
召喚に前向きでない現国王の代わりに、王太子を唆して聖女を呼び寄せたまでは良かったが、思えば最初からあの少女はこちらの思い通りの行動を取っていない。
気を失い聖女認定が遅くなったおかげで、召喚失敗の噂が流れ不愉快な視線に晒された。
無事認定されたかと思えば今度は大した力を持たない欠陥聖女として見下され、その結果ダミアーノを軽んじる輩も出てきたほどだ。
嫌がらせを受けて神殿に泣きついてくれば恩を着せて使い倒す予定だったが、いつまで経ってもそんな報告は上がって来ない。
癒しの力が使えるようになり、ようやく利用価値が上がってきたかと思えば練習のためにと平民に治癒を施し貴族を後回しにする。希少性を押し出し高額な寄付を条件に貴族への斡旋を行うが、受けた貴族の多くが大した効果がないと不満を抱くようになり、それを宥める羽目になった。
魔王討伐に成功すれば最早あの聖女は用済みだと考えて、ある程度放置したのがまずかったのだろう。
副神官長が目を掛けていたエルヴィーラや自分に忠実であったはずのジャンすらも、いつの間にかあの聖女に誑かされてしまった。
特に子供の頃に目を掛けてやったジャンの裏切りには腸が煮えくり返るような思いだったが、報復しようにも重傷のため第二騎士団内で療養中だと言う。引き渡しを要求しても重要参考人だという理由で拒否される始末だ。
その言い分を信じたわけではないが、子飼いの一人などどうとでもなる。今は聖女のことが最優先だと後回しにした。
(もしも魔王と聖女が手を組めば、莫大な利益どころか大損失――この国自体が危ういかもしれぬ)
シクサール王国の繁栄は魔王から得られる魔石、そしてそれを浄化する聖女の力があってこそだ。この国で神殿が大きな影響力を得ているのも聖女の恩恵が大きく、無知な国民たちにとっては分かりやすい象徴でもある。
魔王復活の年代に神官長の地位に昇り詰めたのは僥倖であり、さらなる栄華を手に入れるため聖女の存在は必要不可欠だった。だがその聖女も今では危険因子でしかない。
「神官長様、オスカー・ロジュロ侯爵令息様が面会を希望されていますが――」
「聖女様の捜索で多忙だと伝えろ」
不機嫌さを隠さずに伝えれば、従者は怯えたような表情を浮かべ一礼すると慌ただしく出て行った。
「ふん、おおかた自分の失態を取り戻すために協力しろとでも言うのだろう。冗談ではないわ」
侯爵令息で王太子の側近という将来を約束された立場にありながら、小娘である聖女にしてやられるような愚か者の相手などしていられない。さらには聖女をおびき寄せるために人質として同行させていたエルヴィーラを取り逃がすという致命的なミスを犯している。
その報告にはさすがの王太子も渋面を浮かべ、任務を遂行できなかったとして謹慎処分を受けているが、罷免される日もそう遠くないだろう。
貴族としての矜持を優先して平民出身の聖女を侮った結果、その身分以外のすべてを失うことになった。いい気味だと嘲笑したものの、自分も同じ轍を踏むわけにはいかない。
(大人しい素振りで小さな要求を出してくるあたり、少々頭の回る小娘だと思っていたがまさかここまで手が掛かるとは……)
何とか連れ戻したとしてもこちらの意のままに操るには難しいだろう。さらには魔王から良からぬ知恵を付けられていないとも限らない。
損切りを見誤ればより大きな損害を被ってしまう。神官でありながら拝金主義であるダミアーノは損得勘定を何よりも重視していた。
新たに聖女を再召喚できないかとも考えたが、平民出身とは言え片手では足りない神官の命を犠牲にしたことで現国王の不興を買っている。これ以上の犠牲を出せばこちらにも何らかの処罰を受ける可能性も高い。
唯一の利点は王太子は何故かあの聖女を気に入っていることで、日に日に落ち着かない様子を見せている。それを上手く利用してこちらの最大限の利益を確保するためにはどうすれば良いか。
しばらく思案した末、結論を出したダミアーノは王太子への面会許可を得るために使いを出した。
42
あなたにおすすめの小説
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
恋愛は見ているだけで十分です
みん
恋愛
孤児院育ちのナディアは、前世の記憶を持っていた。その為、今世では恋愛なんてしない!自由に生きる!と、自立した女魔道士の路を歩む為に頑張っている。
そんな日々を送っていたが、また、前世と同じような事が繰り返されそうになり……。
色んな意味で、“じゃない方”なお話です。
“恋愛は、見ているだけで十分よ”と思うナディア。“勿論、溺愛なんて要りませんよ?”
今世のナディアは、一体どうなる??
第一章は、ナディアの前世の話で、少しシリアスになります。
❋相変わらずの、ゆるふわ設定です。
❋主人公以外の視点もあります。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字が多いかもしれません。すみません。
❋メンタルも、相変わらず豆腐並みなので、緩い気持ちで読んでいただけると幸いです。
私は、聖女っていう柄じゃない
波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。
いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。
20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる