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義兄の婚約者

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翌日サーシャが教室の扉を開けると、ぴたりと話し声が止んだ。覚えのある嫌な雰囲気に、サーシャは感情を顔に出さないよう心掛けながら席に着いた。
自分の愛想のなさには自覚があるが、1日で嫌がらせをされるような行為をした覚えはない。

(言動が原因でなければ、出自の問題かしら。貴族の中には血筋に重きをおく血統主義の方もいらっしゃると聞くし。でもそれなら聞こえよがしに陰口でも叩かれそうなものだけど)

どうしたものかと考えていると、一人の女子生徒が意を決したようにサーシャの元にやってきた。何か用だろうかと目線で問えば、怯えたようにびくりと肩を震わせる。
これではヒロインではなく悪役令嬢のようだとサーシャは心の中だけで自嘲していると、少女は予想外の言葉を口にした。

「あの、シモン様を利用するのは止めてください!」
「………」
どうしてそこでシモンの名前が出てくるのだろう。そもそもシモンを利用したとはどういう意味なのか。
疑問は浮かぶが、まずは相手の話を聞こうとサーシャはじっと少女を見つめる。

「シモン様はお優しいからサーシャ様のことを気にかけてらっしゃいますが、だからといって殿下とお近づきになるために、シモン様に甘えるのは間違っています!」
シモンの次にはアーサーに言及され、しかも決めつけるような口調に何から突っ込んでいいのか分からない。

「……私はお義兄様に何も頼んでおりません。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
彼女はサーシャのことを知っているようだが、サーシャに貴族の知り合いはいないのだ。その途端、彼女はショックを受けたように目を大きく見開いた。

「……ひどい…っ」
はらはらと涙を流す彼女にサーシャは驚きのあまり、絶句した。名前を訊ねただけで泣かれたのも初めてだし、ひょっとして面識のある相手だったのだろうかと一気に不安な気持ちが高まっていく。

「ミレーヌ様、大丈夫ですか?」
「勇気を奮ってご忠告差し上げたのに、随分な物言いですわね」
近くにいた同級生がミレーヌを庇うように寄り添い、サーシャから引き離していった。
残されたサーシャに級友たちは咎めるような視線を向けている。

(ああ、彼女がお義兄様の婚約者のミレーヌ・ダラス伯爵令嬢なのね。――っていうか、会ったことがないのに分かるわけないでしょうが!!)
サーシャは納得しながらも内心で叫ばずにはいられなかった。

恐らくは昨日寮の前でアーサーに挨拶を交わしたことで、いらぬ憶測を生んでしまったのだろう。普通兄妹が入学したからといってわざわざ寮にやってきたりしないのだろうし、義兄がアーサーと親しくしていることも災いした。
その後は直接的に何かを言われることはなかったが、ミレーヌを泣かせたことでサーシャに話しかけようとする生徒はいなかった。

午前中の授業が終わると昼食の時間だ。
学園内には食堂があり大半の生徒はそこに向かうのだろうが、ミレーヌを含めた同級生たちから自分の噂が広まっている可能性を考えると、席を立つ気になれなかった。

「サーシャ」
聞こえるはずのない声にまさかという思いで振り向けば、教室の扉の向こうにシモンの姿があった。
シモンの元へ行くことに躊躇いを覚えていると、ミレーヌが嬉しそうな表情でシモンに駆け寄っていく。

「シモン様、お久しぶりでございます」
「ミレーヌ嬢、サーシャと同じクラスだったんだね。義妹は大人しい性格だから仲良くしてくれると嬉しいな」
屈託のない笑みで告げられて、ミレーヌの顔が若干引きつる。

「え、ええ。でもサーシャ様は私のことなど覚えていないようですし…」
「うん?ミレーヌ嬢はサーシャと顔を合わせる機会はなかったと思うよ?」
確かにミレーヌがガルシア家に訪問したことはあったが、その時サーシャは所用で出かけていた。在宅していたとしても家にいる時は侍女として振舞っていたので、顔合わせに参加するつもりもなかったが。

「えっ、お会いしたような気がしていたのですが……」
「僕が何度かサーシャのことを伝えていたから勘違いしたのかもしれないね。――良かったら3人で一緒に昼食でもどうかな?」
にこやかな表情を浮かべるとシモンと、嬉しさと困惑が入り混じったようなミレーヌ。この状況で昼食など気まずさしかない。

「――申し訳ございません。本日は先約がございますので」
サーシャは速やかに戦略的撤退を選んだ。ミレーヌとは後で話し合って誤解を解けばいいのだし、それよりもシモンとの関わり合いを減らすほうが精神的に安心だと思ったのだが、その考えはあっさりと覆された。

「サーシャ嬢、まだ教室にいたんだな。一緒に食堂に行こう」
いつの間にか傍にいた攻略対象候補のジョルジュにさらりと昼食に誘われてしまった。

聞こえようによっては待ち合わせをしていたかのような言い方であり、シモンに先約があると言ってしまった手前もあって、サーシャは複雑な気持ちでジョルジュとともに食堂に向かうことにしたのだった。
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