令和百物語 ~妖怪小話~

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捌 老人火

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 雨の降る深夜の山の中。
 二つの影が、火の玉によって照らされる。
 一人は赤ちゃんのように小さな影。
 もう一人は、燃える木の棒を持った老人の影。
 木の棒で揺れる炎は何度も雨に打たれるが、一向に消える気配はない。
 
「最近の若いもんはけしからん!」
 
 赤ちゃんのように小さな影――子泣き爺は、怒気のこもった声で叫ぶ。
 
「どうした爺さんや」
 
 手に炎で燃え盛る木の棒を持った老人の影――老人火は、どこを見ているともわからない虚ろな瞳で答える。
 
「聞いとくれ、爺さんや。昨日、いつも通りベビーカーに乗って、夜道で泣いておったんじゃ」
 
「ふうむ」
 
「すると、スーツを着込んだ若いおなごがわしを見つけてくれての」
 
「ふうむ」
 
「えらいべっぴんさんで、ボインの方もなかなかでの、これは久々の大当たりじゃと思うたよ。あらあらかわいちょうにー、なんて言われて抱きかかえられ、そのボインにパフパフできるところまで想像したんじゃよ」
 
「ふうむ」
 
「それが! あのおなご! 何をしよったと思う! こともあろうに、警察に通報しおったんじゃ!」
 
「ふうむ」
 
「けしからん! こんないたいけな年寄りをいじめおって! 最近の若いもんは! 本当にけしからん! お主もそう思うじゃろ?」
 
「そうじゃなあ……」
 
 老人火はポケットから煙草を取り出して、手に持つ炎で煙草に火をつけ、トロリトロリとした動作で一服ふかした。
 ゆらゆらと煙が空に立ち上っていく。
 
 すぐにでも共感の言葉が返ってくると思っていた子泣き爺は、何も返さないままゆったりとした行動を続ける老人火へ、イライラとした表情を浮かべ始める。
 そして、煙草の灰がひとかけら落ちたところで口を開く。
 
「なんじゃ! お主もおなごが正しかったとでもいう気か! お主も最近の若いもんと同じなのか!」
 
「ふうむ」
 
 老人火は、無言で子泣き爺の背後を指差した。
 
「ん? なんじゃ?」
 
 背後へ振り向いた子泣き爺の目には、複数の警察官が立っていた。
 
「ん??」
 
「通報ありがとうございます。こいつですね。最近、夜道で女性に抱き着いていた変態というのは」
 
 そのまま両手に手錠をかけられ、パトカーの中へと連れ去られていった。
 
「じじいいいいいいいいい!? わしを売りよったなあああああ!?」
 
 断末魔と共に。
 
「捜査へのご協力、感謝します」
 
「ふうむ」
 
 警察官は、老人火へと敬礼をしたのち、パトカーへと戻り、そのまま走り去っていった。
 
「犯罪……駄目……絶対……」
 
 誰もいなくなった山の中。
 老人火は煙草から零れ落ちた灰を綺麗に掃除し、手に持っていた炎も消し、そのままどこへともなく姿をくらませた。
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