令和百物語 ~妖怪小話~

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漆 輪入道

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 上りの線路を朧車が走る。
 ガタンゴトンと走る。
 朧車は前面に顔のついた牛車。
 牛車が線路を走る光景など、なかなか見られるものではない。
 
 そして、隣に並ぶ下りの線路から、もう一台の牛車が走る。
 ガタンゴトンと走る。
 その牛車の前面に顔はついていない。
 代わりに、車輪が炎に包まれて、車輪の中央に男の顔が張り付いている。
 その妖怪の名を、輪入道。
 
 二つの牛車は、交わる瞬間に停車した。
 
「おお、朧くん」
 
「久しぶりだな、輪島くん」
 
 朧車の朧くんと輪入道の輪島くんは、笑顔で話し始める。
 朧くんも輪島くんも、決められたルートを通って日本全国を回っている。
 それゆえに、友人ながら会えるのは年に一回や二回程度だ。
 互いにルートを把握しているわけではなく、会えるのはいつだって運頼り。
 
「最近はどうだい、朧くん?」
 
「駅の掃除はやりがいあるよ。ピカピカになった駅を見て、皆が喜んでくれるからね」
 
「それはいいね」
 
「輪島くんは今何やってんの?」
 
「暗殺」
 
「そうか。輪島くんの姿を見たら、人間は魂を抜かれるんだっけ?」
 
「そうそう。ターゲットを線路沿いに連れてきてもらいさえすれば楽勝よ」
 
「いいね、天職じゃないか」
 
「ただ、たまに無関係な人を巻き込んじゃうんだよね」
 
「ま、そういう時もあるよ」
 
「「ははははは」」
 
 互いの近況をつまみに、話に花を咲かせる。
 深夜の風と、月の灯りと、カメラのフラッシュのライトだけが二人を包む。
 
「……ねえ朧くん、さっきから気になってたんだけど、あの人間の集団は何だい?」
 
「……撮り鉄というやつさ。たぶん、ぼくたちが揃っているのが珍しくて、撮ってるんだろ」
 
「おかしい、魂が抜けていない」
 
「カメラごしに見てるだけで、直接見てないからじゃないかな」
 
 朧くんはそう言うと、舌をぐいっと伸ばし、撮り鉄たちを一人平らげた。
 阿鼻叫喚の悲鳴の後、後には撮影機材だけが残された。
 
「よし、静かになった」
 
「だね。……あ、そろそろ行かないと。次の暗殺に遅れちゃう」
 
「ぼくもだ。あと一時間で掃除の時間だ」
 
「じゃ、またね」
 
「うん、また」
 
 そして二人は走り出す。
 逆方向に向けて。
 
 ガタンゴトン。
 ガタンゴトン。
 
 月の明かりに照らされ、二台の牛車が走る。
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