令和百物語 ~妖怪小話~

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伍拾漆 撫で座頭

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「えー、私は、いっさい把握しておりませんでした。全て、秘書がやりました」
 
 記者会見の場で、政治家の男は頭を下げた。
 百のカメラに見つめられようとも、千のフラッシュを浴びようとも、男の表情は変わらない。
 
「ご自身の団体のお金の話ですよ?」
 
「トップが把握していないなんて、そんなことあるんですか?」
 
「そもそも、秘書だけでお金を動かすことができる体制にも問題があるんじゃないんですか?」
 
「詳しい説明を!」
 
 記者の言葉にも、男の表情は変わらない。
 
「えー、事件の詳細については、ただいま、然るべき機関に調査を依頼して、調査を進めている段階でありますので、えー、現時点で、私の口から話すことは差し控えさせていただきます」
 
「然るべき機関ってどこですか?」
 
「不正経理のあった日、ご自身がどこで何をしていたかも言うことができないんですか?」
 
「全部秘書のせいにして逃げようとしてるだけなんじゃないんですか?」
 
「何か一言!」
 
「えー、時間になりましたので、以上で会見終了させていただきます」
 
 罵声も怒声も、政治家の男の耳には届かない。
 守衛に囲まれながら、政治家の男は退室していった。
 
 
 
 
 
 
「馬鹿野郎! なんでこんなことしたんだ!」
 
「え、あの、昨日、先輩がやれって……」
 
「俺はそんなこと言ってない! どうすんだ! 先方はお怒りだぞ! このままだと会社は大損失だ! お前責任取れんのか!!」
 
「え、う、あ……」
 
「ちっ! この馬鹿が! お前、会社に向いてねえよ!」
 
 中間管理職の男は部下を怒鳴り散らかして、急いで先方へと電話をした。
 
「今回の件、うちの部下が大変申し訳ないことを……。ええ、はい。何分まだ若く……。ええ、はい。もちろんです。今回の件のお詫びとしまして、作業内容に少々色をつけさせていただきますので、今後とも是非、良い関係をと……。ええ、はい。いえ、はい、ありがとうございます! 今後、このようなことがないように、私も目を光らせておきますので。ええ、はい。失礼します」
 
 男の交渉によって、会社は契約打ち切りと言う最悪の事態は免れた。
 電話を切ると、男の近くでは部下が慌てたように立ち尽くしていた。
 
「ちっ」
 
 男は舌打ちだけして、便所へ向かった。
 
「ったく、あの無能め!」
 
 誰もいない便所の中で、男は不満をぶちまける。
 
 確かに、支持を間違えたのは俺だったかもしれない。
 だが部下ならば、その間違いにきちんと気づき、上司に恥をかかせないのが仕事なはずだ。
 まして、その間違いが会社に損失を与えそうなら、率先して部下が泥をかぶるのが仕事なはずだ。
 そうすれば、先方と付き合いの長い俺が、部下の失敗をかばうという美しいストーリーで先方の同情を引きやすくなり、すべてが丸く収まるだろう。
 
「社会のことを、何もわかっちゃいねえ」
 
 男は吐き捨てた。
 
 
 
 
 
 
「ってことがあってな」
 
「そりゃあ、災難だったなー。出来の悪い部下を持つと、お互い苦労するなー」
 
「まったくだぜ」
 
 政治家の男と中間管理職の男は、高級な個室居酒屋で酒を呑みかわす。
 もちろん、経費でだ。
 
「俺んとこも、メディアがうるせえのなんのって。数百万円や数千万円ちょろまかしたくらいで、何をいちいち騒ぎ立てるんだか。こっちは兆を動かしてんだぞ、兆!」
 
「貧乏人の僻みだろ。メディアなんて、年収カッスカスのド貧民じゃねえか」
 
「俺やお前と比べたらな!」
 
「「わーっはっは!」」
 
 似た者の同士の二人は、昔から仲がいい。
 二人とも、自分の責任を他人に擦り付けながら生きてきた。
 他人の実績を奪いながら出世を重ねてきた。
 政治家と会社員、歩む道は違えど、似た者同士で馬が合い、定期的に会うのだ。
 
 類は友を呼ぶ。
 
「面白い話をしとるのー」
 
 だから、撫で座頭が現れたのも、何一つ不思議ではない。
 
「あん?」
 
「なんだこのハゲ?」 
 
 高級な個室居酒屋は、セキュリティも万全。
 それゆえ、関係者以外が入り込む余地など、本来であればない。
 メディアでさえも。
 どこの馬の骨とも知れないハゲが現れたことに、二人は目を丸くする。
 
「わし、今日も人を殺してのう。警察に追われとるんじゃあ」
 
 撫で座頭は、自らの罪を他人に擦り付けることができる。
 
「あげる」
 
「「は?」」
 
 
 
 
 
 
 ニュースが全国を駆け抜ける。
 
「昨晩、殺人の容疑で政治家の男性と会社員の男性が逮捕されました。二人は、道を歩いていた大学生を刃物で刺した容疑が持たれています。調べに対して二人は、何も知らない、俺たちは罪を擦り付けられただけだと、容疑を否認しているようです」
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