令和百物語 ~妖怪小話~

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伍拾陸 肉吸い

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 肉吸い。
 それは、大阪の飲食店で見られる料理。
 単純に言うと、肉うどんのうどん抜きである。
 
 かつて一人の芸人が、二日酔いだが何かを食べたいという事情で、うどん屋の主人に「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから誕生した。
 
 以降、肉吸いは口コミで世間に広まっていった。
 
 一人の芸人の雑談として、他の芸人へ。
 有名な芸人も次々と食べに訪れたことで、肉吸いを食べれば売れるとの噂が立ち、多くの芸人が肉吸いを食べに店を訪れた。
 一人の芸人が「うどん屋なのにうどんを出さないお店」とテレビで紹介したことで、多くの視聴者が肉吸いを食べに店を訪れた。
 
 今では、短時間で食べられる料理として、立ち蕎麦や牛丼と並び、会社員にも好評だ。
 
 肉吸いが売れると知ったうどん屋は、次々と肉吸いを出していく。
 肉吸い専門店まで登場した。
 肉吸いを出す店はどんどん増えて、ただの肉吸いでは売れなくなり、アレンジ版も登場し始めた。
 
「うちの肉吸いは、豚肉だよー!」
 
「うちは他の所より、あぶらかすがいっぱいだよー!」
 
 会社員たちは、まるで宝探しでもするように、いろいろな肉吸いのお店を巡り、食べ比べを楽しんでいた。
 
「お、路地裏に肉吸いの店ができてる!」
 
「入ってみるかー!」
 
 先週まではなかった、路地裏の入り口にある肉吸いの看板を見て、会社員たちは引き寄せられるように入っていく。
 
「いらっしゃいませ」
 
 店の汚い外観からは想像もできないほど、綺麗な女が迎えてくれたことに、思わず会社員たちは心臓を高鳴らす。
 
「あ、えー、肉吸い一つ!」
 
「俺も!」
 
「かしこまりました」
 
 どんな肉吸いが出てくるのかと目を輝かせる会社員たち。
 女は――肉吸いは、そのまま会社員に飛び掛かり、その肉を吸い取った。
 筋肉も脂肪もチュウチュウと吸い取り、皮と骨だけが残った。
 
「御馳走さまでした」
 
 肉吸いはハンカチで口を拭き、床に散らばる皮と骨の掃除を始める。
 
「表札を置いたら、なぜだか餌が勝手に寄ってくるようになりましたねー。不思議ですねー」
 
 そんな独り言をつぶやきながら。
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