令和百物語 ～妖怪小話～

捌拾玖 鈴彦姫

　人間は、五感によって情報を取り込む。
　
　視覚が八割。
　聴覚が一割。
　嗅覚と触覚と味覚をあわせて一割。
　
　だからこそ人間は、造形の異なる外国人を排斥してきた。
　
　肌の色が違う。
　目の色が違う。
　体の大きさが違う。
　顔の堀の深さが違う。
　何かが違う。
　
　自分たちと違うという、視覚から入る情報は、差別を生み出した。
　
　それは、ある意味で正しい能力。
　毒キノコを見ただけで食べるべきでないと判断する、人間を生かす能力。
　
　それは、ある意味で誤った能力。
　同じ人間見て同じ人間と判断できずに敵視する、人間を殺す能力。
　
　しかし人間には、慣れと言う能力がある。
　何故、現代では、造形の異なる外国人の差別を辞めたのか。
　人間が優しくなっただとか、頭がよくなっただとか、そんな話ではない。
　
　慣れ。
　
　ただただ見慣れた。
　かつて鬼だと呼ばれた造形も、慣れてしまえば人間の造形。
　人間は、慣れることで、環境に適用することで、地球の覇者となった。
　人間と言う種を確立してきた。
　
　慣れ。
　
　それは人間相手だけではない。
　妖怪相手も、また同じ。
　
　チリーン。
　
　鈴が鳴る。
　
　鈴彦姫が、ゆっくりと歩く。
　
　チリーン。
　
　頭の代わりに、神楽鈴というクリスマスツリーのような形をした鈴が首から生えている鈴彦姫。
　人間とは異なる造形ゆえ、人間社会に現れたばかりの頃は、怯えられ、差別された。
　
　チリーン。
　
　しかし、今はどうだ。
　妖怪が街に溶け込んだ今は。
　
　道行く人間たちは、誰一人として鈴彦姫の姿を見て、怯えたり差別したりしない。
　
　チリーン。
　
　慣れ。
　
　人間は、妖怪たちに慣れた。
　
　寿命に殺されることに慣れたように。
　病気に殺されることに慣れたように。
　事故に殺されることに慣れたように。
　
　妖怪に殺されることに慣れた。
　
　やむを得ない死の一つとして慣れた。
　
　チリーン。
　
「ほんなら、始めましょうか」
　
　チリーン。
　
　鈴彦姫は、鈴を鳴らす。
　
　鈴彦姫の鈴は、神を引き出す。
　
「もう十分、楽しみはったやろ？」
　
　チリーン。