令和百物語 ～妖怪小話～

捌拾捌 食わず女房

　男は傲慢であった。
　
　優れた容姿に、高給取りというステータス。
　マッチングアプリや婚活パーティでは引く手あまた。
　恋人が途切れることはなく、同時に複数の恋人を持つことも珍しくはなかった。
　男はそんな自分が好きで、それゆえに傲慢でもあった。
　
「もう無理！」
　
　毛婚を考え、同棲をしていた相手に、泣き叫んで出ていかれたことも数知れず。
　
　男にとっては疑問だ。
　家事を完璧にこなせと言うお願いの何が悪いのか。
　小遣い一万円の何が悪いのか。
　自分が休日を趣味と自分磨きに費やすことの何が悪いのか。
　
　完璧な夫になる努力の何が悪いのか。
　
　だが、恋人が途切れないという事実は、男に女が悪いと結論付けさせた。
　完璧な自分についてこれない相手が悪いのだと。
　
　そんな中、一人の女と出会った。
　
　女は、男が見惚れるほどの美しい容姿だけでなく、とにかく男に従順であった。
　家事は完璧。
　男が不満を零せば、次の日には改善される。
　小遣い一万円に文句を言わない。
　どころか、必要なかったと一万円を介してくる始末。
　休日の趣味と自分磨きにも、笑顔で見送る。
　
　男にとって理想の女だった。
　交際から一年。
　男と女は結婚し、子を成した。
　
　男は相変わらずの生活を続けていた。
　家事も育児も女の役目。
　働きっぱなし遊びっぱなしの男が女を見るのは、ベッドの上のみ。
　男は生活に満足していた。
　
　
　
　が、気づいてしまった。
　二日酔いで水を飲もうと、久々に台所へ入ったときに、気づいてしまった。
　
　台所に、男の食器しかないことに。
　
　女の食器はどこだ。
　子の食器はどこだ。
　探せど探せど、見当たらない。
　
　青ざめながら冷蔵庫を開ければ、一人分の食材。
　
「どうかなさいました？」
　
　そんな男の背中に、優しい声がかけられる。
　
　男はごくりと息をのむ。
　この女が食事している姿を見たことがあっただろうか。
　この女が寝ている姿を見たことがあっただろうか。
　この女が。
　この女が。
　
「どうかなさいました？」
　
　自分は何と結婚しているんだ？
　自分の子はなんなんだ？
　
　男は初めて、女を人間として見た。
　そして恐怖した。
　
　が、既に遅い。
　
　この生活は終わりを迎えない。
　迎えられない。
　
　男が死ぬまで。