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第9話 お礼

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「学力は無理。運動能力も無理。……嘘、うちのクラス弱すぎ!?」
 
 学校は休校。
 京平には、朝から晩まで悩む時間がある。
 不安そうに部屋を覗き込んでくる両親には、次のデスゲームで生き残るために色々考えたいと言って一人にしてもらった。
 
 悩んで。
 悩んで。
 悩んで。
 
「駄目だー! なーんにも思いつかない!」
 
 京平はスマホを放り投げて、ベッドに飛び込む。
 布団を抱きかかえてベッドの上をごろごろと転がりながら、心を落ち着かせる。
 
「そもそも俺、全校生徒のこと、把握してないしな」
 
 第一回戦は、京平がクラスメイト全員を敵として想定したうえで、萌音のことを敵よりも知っているという自信があった。
 しかし、第二回戦は敵の能力が未知。
 クラス全体の強みもわからない。
 
 ふと、京平は生徒会長の顔を思い出す。
 全校生徒のプロフィールを把握している生徒会長であれば、あるいはあっさりと萌音を助けるルールを思いついていたのだろうかと考えれば、京平の心が嫉妬で落ち込んだ。
 まるで、生徒会長の方が萌音を助けることができると言われた気分になり、嫌な気分を吹っ切るようにベッドから立ち上がった。
 そして、自身の決心の源である萌音の住む家を見ようと、カーテンをシャッと開けた。
 京平と萌音の家は、隣同士。
 京平と萌音の部屋は、隣同士。
 カーテンを開いた先には、同じくカーテンを開いたままの萌音の部屋が見え、窓越しに着替え中の萌音が見えた。
 白い艶やかな肌に、可愛らしいピンク色の下着は良く映えていた。
 
 シャッ。
 京平は、即座にカーテンを閉め、その場にしゃがみこんだ。
 
「初めて見るブラだった……じゃなくて! あー、もう! いつもいつも! 着替えの時はカーテンを閉めろって何回も!」
 
 萌音の下着姿への興奮と、無防備さへの不安とで、京平は頭を抱えた。
 しばらくしゃがんだままで心を落ち着け、立ち上がる。
 トラブルはあったが、萌音の顔を見たことで、京平は守りたい相手を再認識した。
 大切な幼馴染の存在を。
 
「大丈夫だ。時間は、まだまだある」
 
 京平の頭が整理される。
 冷静さを取り戻す。
 京平が再び机に向かうと、出鼻をくじくように部屋の扉が叩かれ、母親が入ってきた。
 
「何?」
 
「玄関に、京平のお友達が来てるんだけど。女の子の」
 
「女子の?」
 
 母親の言葉に、京平が真っ先に思いついたのは萌音だ。
 もしかしたら、京平の家に遊びに来るために着替えていたのかもしれないと期待をしたが、移動時間を考えれば早すぎた。
 そもそも、もしも萌音が来たのであれば、母親は「萌音ちゃん」と呼ぶ。
 京平は、萌音である期待を捨てた。
 期待を捨てた後には、京平は萌音以外の女子が自分の家に来る想像ができなかった。
 誰かの家との間違いでないかとも疑ったが、京平の友達と名指しされているため、それもない。
 
「わかった。今行く」
 
 会えばわかるだろうと、京平は外着用の服に急いで着替え、玄関へ向かった。
 
「あ、東君こんにちは。突然ごめんなさい」
 
「白石さん? どうしてうちを?」
 
「あ、ごめんね。萌音ちゃんから聞いて」
 
「なるほど」
 
 玄関には、第一回戦で京平が助けた青澄が立っていた。
 
「あの、これ、お礼」
 
 デスゲームで京平に助けられたことに対し、青澄は律儀にお礼の品を持って来ていた。
 
「え、あ、どうも」
 
「つまらないものですが」
 
 青澄から渡された袋を、京平は素直に受け取る。
 袋の中を覗き込んでみると、カステラの箱が入っていた。
 京平が今日のおやつにでも食べようかと考えながら顔を上げれば、青澄もまた玄関に立ったままで、帰る気配を見せない。
 京平が不思議そうに青澄を見ていると、青澄が口を開く。
 
「東君、その、もし時間があれば、少し散歩でもしない?」
 
「え?……わかった。母さーん、ちょっと出てくる」
 
 京平にとっては予想外の言葉で一瞬固まるが、デスゲームの後であれば、誰かに吐き出したいこともあるのだろうと納得した。
 なぜ自分なのかとも思ったが、デスゲームの運営側にいる罪悪感が、京平に承諾を選択させた。
 青澄から受け取った袋を玄関の脇に置き、靴を履いて外へ出る。
 
 家を出た瞬間、京平が気になったのは萌音のことだ。
 青澄と二人で歩いているところなんて見られたら、萌音にデートだと誤解されるのではないかという恐怖から、京平は萌音の家を見る。
 青澄は、すぐに京平の視線と理由に気づいた。
 京平が萌音に好意を寄せているのは、クラスの中では周知の事実。
 知らぬは当人ばかりだ。
 
「大丈夫。萌音ちゃんが誤解したら、私も一緒に誤解を解くから」
 
「あ、ならよかった。……あれ?」
 
 繰り返す。
 知らぬは当人ばかりだ。
 なぜ萌音のことを気にしているのがバレたんだろうと首を傾げる京平と、気持ちの整理にやってきた青澄は、並んで歩き始めた。
 
 そして十分。
 二人とも、一言も話さない。
 話せない。
 京平は、萌音ばかりを見ていて、萌音ばかりと話してきた。
 よって、他の女子と話した経験があまりない。
 青澄は、高嶺の花として、男子から敬遠されてきた。
 よって、他の男子と話した経験があまりない。
 話しの経験不足同士の交流は、容易に沈黙を作り出した。
 
「あ、ええと、ほら、花が咲いてる。綺麗」
 
「あ、そうだね」
 
「子どもが、遊んでるね」
 
「あ、本当だね」
 
 青澄は当初の目的も忘れ、なんとか話題を絞り出す。
 そして京平もなんとか話題を受け取るが、上手く返すことができず、会話をその場で叩き落し続ける。
 
 こういう場合どうすればいいのだろうと、二人は同じことを考えているにもかかわらず、二人の言葉はすれ違い続ける。
 すれ違いから逃げるべく、目的もなく公園を訪れて、目的もなく公園のベンチに座った。
 
 ただただ過ぎる時間の中、京平は、青澄が京平の元へ来た理由を未だ知ることができず、疑問を浮かべていた。
 公園では、世界の状況を知らない子供たちが遊んでいる。
 公園を走り回って、何やら探している。
 
「ありがとね、助けてくれて」
 
「うん」
 
 何度目かの青澄からの感謝の言葉を、京平は胸焼けしながら受け止める。
 
「私、京平君の機転がなかったら、多分死んでた」
 
「うん」
 
「だから、本当に感謝してる。命の恩人だと思ってる」
 
「うん」
 
 京平は、青澄のプロフィールを思い出す。
 
 一.好きな歌手『Ado』
 二.誰にも言えないこだわり『下着はぴょんこつで揃えている』
 三.好きなテレビ番組『日本全国すごろく旅 サイコロ振ってどこ行くの?』
 
 残されたプロフィールの中で、最も個人を識別しにくかった一枚。
 まして、青澄は自分のことをほとんど話さず、好きなアーティストを知っていたのは同じクラスの女子の一人だけだ。
 もしも、男子たちが五分五分の可能性に賭けて名前を書くとしても、決して選ばないプロフィールだろう。
 
「それを、伝えたくて」
 
「うん、ありがと」
 
 表面上で、京平はうなずく。
 が、心の中で、京平はそれだけなのかとずっこける。
 長く長く会話を引き伸ばした結果が、玄関で京平に伝えたことの言葉を変えただけ。
 京平にとって、青澄と歩いた今までの時間が、無駄な時間だったと評価された。
 京平は、無駄な時間によってルールを考える時間を削られたことに不満を感じたが、同時に、家に籠ってばかりだと思考が凝り固まるのでいい気分転換になったか、とも考えた。
 
「じゃあ」
 
「あ」
 
 青澄の用事は終わっただろうと考えた京平は、そろそろ行くよと、ベンチを立ち上がろうとした。
 
「邪魔!」
 
 瞬間、足元から子供の声がした。
 青澄と京平が声のした方を見てみれば、一人の子供がベンチの下に潜り込み、何かを拾ったところだった。
 そして、子供は青澄と京平の足の間をすり抜けてベンチの下からはい出し、他の子供たちが集まっている方へと走っていった。
 
「見て! 全部そろった!」
 
 走っていった子供は、他の子供たちの前で両手を広げ、赤と青と緑の三つのビー玉を見せていた。
 
「なんだあれ?」
 
 子供の行動の意味が解らなかった京平が、率直な感想を口にする。
 
「懐かしい。宝集めゲームだよ。知らない?」
 
 逆に青澄は、子供の行動の意味を知っているようで、弾んだ声で応える。
 
「知らない」
 
「嘘? ローカルの遊びなのかな。公園に宝物を隠して、誰が先に見つけられるか競うゲームだよ。赤青緑のビー玉を用意して、色ごとに得点を決めて集めた得点が高い人が勝ちだったり、赤青緑の三色をそろえた人が勝ちだったり、っていう遊び。子供の頃、よくやったなー」
 
 青澄にとっては、子供の頃の思い出話。
 しかし、京平にとっては、違った。
 
 カチリ。
 京平の中で、公園と学校が重なって、第二回戦のルールが思い浮かんだ。
 
「ありがとう!」
 
「え?」
 
 京平は立ち上がり、青澄の両手をぎゅっと握る。
 ルールが思い浮かんだ嬉しさのあまり、ついつい、先日の萌音の動きにつられてしまった。
 
「あ、ごめん!」
 
「あ、うん。大丈夫」
 
「ごめん! ちょっと俺、急用思い出したから帰るね!」
 
 京平はすぐに青澄の手を離し、一目散に走りだした。
 思い浮かんだルールに、京平しか知り得ないルールを付加して自身の勝利を盤石なものとするため、急いで家に走った。
 
 公園に残されたのは、青澄一人。
 京平の熱が残る自身の両手を見て、ぎゅっと手を握る。
 
「一目惚れ……なのかなぁ……?」
 
 ゲームが終わってから消えないドキドキとした感情。
 それはデスゲームを共に生きた吊り橋効果によるものか、はたまた萌音ばかりを見て自身に興味を示さない稀有な男子への興味によるものか、京平の姿に恋愛対象としての興味を抱いたのか。
 自身の感情を確認するという青澄の目的は、一先ずの答えが出た。
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