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第16話 第三回戦

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 白い床の上で、京平は神と対峙する。
 
「許可する」
 
 第三回戦のルールは、無事に許可された。
 京平が萌音を幸せにするためのルールが。
 
「なあ神様?」
 
「何?」
 
 そしてもう一つ、第三回戦に限っての特例が許可された。
 京平が萌音を幸せにするための特例が。
 
 
 
「いってきます」
 
 両親に見送られ、京平は自宅を出る。
 隣の家から、萌音は出てこない。
 一に会うため、既に学校へ向かっている。
 
 忘れ物をしたような違和感に付きまとわれながら、京平は学校に到着する。
 グラウンドには、既に生徒たちが集まっていた。
 同級生の集まりを見つけた京平は、歩いて近寄る。
 
「おはよう」
 
「おーっす」
 
 当然だが、慧一の姿はない。
 こんな時世で、葬儀場は準備が追い付かないほどの大行列。
 慧一の葬儀は、未だに行われていない。
 
「はいはいはいー! 皆、登校してますねー! ぶんぶん! はろーこうこうせーい!」
 
 グラウンドの地中から、モグラのようにすかい君が現れた。
 すかい君は地中からはい出して、ぼこりと開いた穴の後ろに立つ。
 そして、全身をぶんぶんと振って、体についた土を周囲にまき散らす。
 
「それでは第三回戦の会場へー、お引越し―!」
 
 すかい君が、右脚を上げて、地面をどんと踏みつける。
 瞬間、すかい君の前に開いた穴が、どんどん広がっていく。
 崖が崩れるように、穴を形成していた壁がぼろぼろ剥がれ落ち、さらに広い穴となる。
 
「う、うわああ!?」
 
「きゃあああ!?」
 
 穴は、どんどん広がって、グラウンド全てを穴にした。
 グラウンドに立っていた生徒たちは、皆、穴の中へと真っ逆さま。
 悲鳴と涙と一緒に、下へ下へと落ちていく。
 
 落ちていく。
 落ちていく。
 落ちていく。
 
 そして、どすんと椅子に座る。
 
「痛いっ」
 
 数十秒ばかり落ち続けた距離に対して、ぶつかった衝撃はしりもちをついた程度だった。
 生徒たちは、お尻や背中を手でさすりながら、周囲を確認する。
 
「ここ、区民ホール?」
 
 落ちた場所の正体は、すぐに分かった。
 
「いえーっす。皆を収容できる場所を探して探して、ようやく見つけましたー! 褒めてくださーい!」
 
 京平の住む区に在籍する区民の内、高校生の数は四万五千人。
 第一回戦で半数強が死に、二万二千人。
 第二回戦で六割が死に、八千八百人。
 区民ホールには、生き残った高校生全員が集められている。
 
 区民ホールは、区が持つ最大規模のアリーナを有する施設だ。
 時にアーティストのライブが開催され、時にスポーツの大会が開催される。
 アリーナは、丸いグラウンドを囲む多重円のように椅子が設置され、収容人数は最大二万人。
 集められた高校生全員が座ったところで半分も埋まらない。
 多重円の席は、中心から東、西、南、北、南東、南西、北東、北西の八方向に向かって通路があり、三人並んで通れる程度には広い。
 通路を通り、人々は内側の席と外側の席を行き来する。
 
 高校生たちは、見慣れた場所に少し安心し、次の瞬間に違和感に気づく。
 アリーナの椅子は、本来黒色だ。
 シックな色で高級感を持たせたいという、区民ホール設立時の区長の思想が色濃く反映されている。
 しかし、生徒たちが座る椅子の色は、赤だ。
 不思議に思って周囲を見渡せば、椅子の半分が赤、もう半分が青に塗り替えられている。
 そして、赤い椅子にはマル、青い椅子にはバツの記号が白いペンキで描かれていた。
 
「これって、まさかあれか?」
 
「あれ、だよな?」
 
 整えられた舞台は、集められた高校生たちに、一つのゲームを連想させた。
 
「そのとーり!」
 
 座席によって囲まれた、アリーナのグラウンド中央に、アリーナの天井に頭がぶつかる程大きくなったすかい君が立っていた。
 体の大きさと声の大きさは比例するようで、耳を劈く大声がアリーナ中に響き渡る。
 高校生たちは、思わず耳を塞ぐ。
 
「みんな大好き! 二択クーイズ」
 
 高校生たちが耳から手を離すと、周囲の音が聞こえなくなっていた。
 鑑がないので自分の姿は見えないが、周囲を見ると他の高校生たちの耳にイヤホンが入っていることに気づく。
 自分の耳にも、同じ物が入っているのだろうと容易に想像がついた。
 イヤホンが、外部の音を遮断するのと同時に、すかい君の声だけを拾う。
 
「では第三回戦、二人DE二択クイズのルールを説明します! 皆さんは、すかい君の出す問題を聞いて、十分以内にマルの描かれた椅子かバツの描かれた椅子、どちらかに座ってください! 連続十問正解した人はゲームクリア、一問でも間違えた人はその時点でゲームオーバーとなります! もちろん、十分以内に座れなかったお馬鹿さんもゲームオーバーです!」
 
 想像通りのルールに、高校生たちが息をのむ。
 ルールは単純だ。
 椅子の数は、マルが一万、バツが一万。
 全員が座っても十分に余る数がある。
 であれば、不安なことは二つ。
 すかい君の出す問題の難易度と、現在一万ずつ存在する存在する椅子が、ゲーム終了までずっと存在し続けるのかと言うことだ。
 ゲームの途中で半分になりでもしたら、その瞬間三千人以上の死が確定する。
 
「質問いいですか?」
 
「はいどうぞ!」
 
「椅子の数が、途中で減ったりすることはないですよね?」
 
「はい、いま素晴らしい質問を頂きました! 二人DE二択クイズですが、ゲーム中に椅子の数が減ることはありません! ここにいる八千八百人全員が、マルの席もバツの席も座れる数を用意することを約束します!」
 
 不安があれば、質問が出るのは当然。
 一人の高校生によって、全員の持つ不安の一つは解消された。
 
「そして、このゲームの肝は、『二人DE』! このゲームは、なんと相談ありです! 今から皆さんにペアを作ってもらい、ペアの声がイヤホンから聞こえるようにします! ぜひぜひクイズに強い人とペアになって、ゲームを楽々クリアしちゃってください!」
 
 すかい君の言葉で、高校生たちは周囲を見る。
 自分の座席の周囲には、自分と同じ学校の生徒たちが密集している。
 知っている相手と組みやすい、絶好の位置関係だ。
 問題があるとすれば、高校生全員がイヤホンを強制され、会話が上手くできないことくらいだろう。
 
「では、ペア探し開始!」
 
 合図とともに、高校生たちが一斉に立ち上がり、ペアを作り始める。
 口パクと指の動きで意思を伝え、頷いて承諾する、そんなシュールな光景があちらこちらで繰り返される。
 
「さて、俺の組む相手はっと」
 
 京平は周囲を見渡し、萌音の姿を見つける。
 
 萌音もまたきょろきょろと周囲を見渡し、一と目が合った。
 一は、自身に群がる生徒たちを押しのけて、萌音の元へと辿り着く。
 一にとって、クイズの戦力という意味では、千雪の実力こそ捨てがたい。
 しかし、一は実力以上に愛する相手と一緒に試練を超えることを選んだ。
 
 指し伸ばされた一の手を、萌音は嬉しそうに受け取った。
 瞬間、空中に突然手錠が現れて、一の左手首を萌音の右手首を繋げた。
 チェーンの長さは三センチメートルほどしかなく、一と萌音の手首が触れ合う。
 同時に、一の左手の甲に東京スカイツリー、萌音の右手の甲に東京タワーのマークが浮かび上がった。
 一組目のペアが、誕生した。
 
 
 
 遠くを見つめる京平の元に、数人の生徒が近づいてくる。
 京平は、第一回戦と第二回戦で活躍を見せている。
 その力を求める者がいるのは当然だ。
 
 青澄も、その一人だ。
 もっとも青澄の場合は、京平の機転を目当てというだけでなく、別の感情も含まれてはいる。
 
「あ、東君、良かったら私と」
 
 青澄の声は、京平に届かない。
 イヤホンをしている京平を振り向かせるために必要なのは、声ではない。
 
 京平と組めるのは、一番最初に京平に触れた人間。
 たまたま、京平の後ろの席に座っていた人間。
 京平の肩に、手が置かれる。
 
「私と組まない?」
 
 千雪が、京平に声をかけた。
 京平は、先日に千雪と手を組んだこともあり、頷いた。
 そして、京平の左手首と千雪の右手首が手錠で繋がれる。
 京平の手の甲には東京スカイツリー、千雪の手の甲には東京タワーのマークが浮かび上がる。
 京平はさっきまで座っていた座席を乗り越えて、一つ後ろの、千雪が座っていた座席の隣へと移動した。
 
「あ……あ……」
 
 青澄は、カクンと頭を落として、他のペアを探すことにした。
 
 
 
 ペアを組んだことで、京平と千雪のイヤホンの設定が変更され、声が相互に届くようになった。
 
「期待してるわ、東君?」
 
「俺も、頼りにさせてもらいますよ。あの生徒会長の右腕として立ち続けた、先輩の力を」
 
「ふふ、じゃあお互いの力を合わせましょうか。さて、さっそくだけどこのゲーム、何に気を付ければいいと思う? 今のところ警戒するのは、どんなクイズが出てくるかだけだと思うんだけど」
 
 千雪は、さっそく京平に質問した。
 京平は、少し悩む素振りを見せて答えた。
 
「多分、手錠がポイントだと思います。手錠のチェーンの短さから、ペアは必ず隣同士に座る必要があります。しかし、もしも一席開けて座るペアがいたら」
 
「なるほどね。座席は一万席用意されているけど、一万人が座れるとは限らないってことね。じゃあ、この手の甲に浮かぶマークは何だと思う?」
 
「それは、わかりません。ゲームで使う何かじゃないかと」
 
「そうよね。今の段階では、マークがなんなのかは判断できないわよね」
 
 今わかっているゲームの情報、攻略法を二人で相談していると、イヤホンからすかい君の声が響いてくる。
 
「さあ、全員ペアを組み終えたようなので、ゲームスタートだ! 記念すべき第一問はー!」
 
 高校生たちに、緊張が走る。
 クイズの難易度が、生き残りの難易度に直結する。
 この瞬間が、自身の運命の分かれ道。
 
 
 
 
 
 
「東京スカイツリーと東京タワーの高さを比べた時、高いのは東京タワー! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 すかい君が、パンと手を叩くと、すかい君の全身に制限時間『10:00』が無数に表示され、カウントダウンが始まった。
 
「……は?」
 
 あまりにも簡単すぎるクイズに、高校生たちの緊張は一斉に解けて、ぞろぞろと移動を始めた。
 バツの椅子へと。
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