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第17話 第三回戦・2

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「十分が経ちましたー! 正解はー! バツでーす!」
 
 移動距離を短くするため、マルの椅子とバツの椅子の境界付近に座りたいペア同士で揉める場面はあったが、ゲーム中に発生したトラブルはその程度。
 一と萌音のペアは、一の機転によってマルの椅子とバツの椅子の境界付近を確保することに成功していた。
 一方の京平と千雪のペアは、境界付近の確保に失敗し、境界から離れた椅子を確保した。
 この瞬間、一と萌音のペアの移動時間が短く、京平と千雪のペアの移動時間が長くなることが確定した。
 もっとも、移動時間が長くなったところで、十分もあれば移動できる距離であり、椅子に座るのが間に合わなくなるという心配はない。
 つまり、ゲーム上の不利はない。
 
「すみません、俺が少しもたついたせいです」
 
「大丈夫よ。私が人の波に飲まれないように、気を使ってくれたんでしょう?」
 
 ちなみに、京平が言ったように一席開けて座ろうとしたペアもいたが、一席空けることのデメリットを知っている別のペアが身振り手振りで注意した。
 結果、一席の空きは数えられる程度にしかなく、マルの椅子に座っていた高校生たち全員が、バツの椅子に移動し着席できていた。
 
 第一問、全員正解。
 
「第二問! 日本で一番人口の多い都道府県は、東京都である! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 第二問が始まり、全員またぞろぞろと移動を始める。
 
「十分が経ちましたー! 正解はー! マルでーす!」
 
 第二問、全員正解。

「第三問! 東京都に存在する区の数は、ニ十四である! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 第三問が始まり、全員またぞろぞろと移動を始める。
 移動をしながら、千雪は不思議がっていた。
 
「あまりにも、問題が簡単すぎると思わない?」
 
「ですね。都内在住であれば、解ける問題ばかりです」
 
「今のところ、問題の難易度でゲームオーバーにしようとしてるとは思えないわ」
 
「後半、難易度が上がる可能性はありますよ」
 
「あるけど、私は東君が最初に言ってたことも、可能性としてあると思うわ」
 
「最初に?」
 
「一席空けて座ると、全員が座れなくなるってやつ。さっきから正解がバツマルバツの順だし、あえて大量に移動させることで、混乱を引き起こそうとしてるのかも」
 
「その可能性もありそうですね」
 
 十分経過。
 
「十分が経ちましたー! 正解はー! バツでーす!」
 
 第三問、全員正解。
 徐々に、全体の空気が弛緩していく。
 もしや誰も死なないサービス回なのでは、という気が抜けた雑談をする者もでてくる。
 
 すかい君は、ずっと笑顔のままだ。
 たんたんと、クイズを出し続ける。
 
「第四問! ペアのうち、東京スカイツリーのマークがついてる人は、男だ! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 しかし、第四問にして、クイズの毛色が変わる。
 今までのように、全員が同じ記号の椅子に座るのではなく、ペアによって座るべき椅子が変わるクイズへと。
 片方向に移動する動きの流れから、双方向に移動する動きの流れへと変わった。
 
「ちょ、押すな!」
 
「そこどけ!」
 
 となれば当然、進行方向がぶつかった者同士で衝突も起きる。
 京平と千雪は、幸いマルの椅子とバツの椅子の境界から離れていたので、境界付近の衝突に未だ巻き込まれてはいない。
 
「先輩の言ってたこと、正解かもしれませんね」
 
 京平が呟く。
 高校生たちの間に、小さな混乱が起きていた。
 
 しかし、ここは東京都。
 世界屈指の、満員が起きる都市。
 そして区民ホールに立つ高校生たちは、そんな過酷な都市で十数年を生き延びてきた猛者たち。
 最初の数分こそ小さな混乱が起きたが、マルの椅子からバツの椅子に向かう通路とバツの椅子からマルの椅子に向かう通路が暗黙の内に出来上がり、スムーズな移動に成功していた。
 
 京平は、暗黙の内に出来上がった通路を通って悠々と移動した。
 その際、境界から最も離れた椅子を選択した。
 
「離れ過ぎじゃない?」
 
「境界付近で人の波に飲まれて怪我するより、離れたところから様子を見て移動したほうが安全ですよ」
 
 京平の行動に千雪は疑問を持ったが、理由を聞けば納得した。
 移動時間は、充分にあるのだ。
 どこに座るかは、ゲームの勝敗に影響はない。
 どころか、唐突なクイズの経路の変更で起こるトラブルに巻き込まれにくい可能性さえある。
 
「十分が経ちましたー! 全員、正解でーす!」
 
 第四問、全員正解。
 
「第五問! ペアのうち、東京スカイツリーのマークがついてる人のほうが背が低い! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 第五問、全員正解。
 
「第六問! ペアのうち、東京スカイツリーのマークがついてる人は、ズボンを履いている! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 第六問、全員正解。
 
 第三回戦二人DE二択クイズは、誰一人ゲームオーバーになることなく、六問の問題を終えた。
 全員が喜び、また疑問を抱く。
 こんなに簡単でいいのか、と。
 
 千雪も同様の感情を抱く。
 
「本当に、このまま終わるのかしら」
 
 次は、第七問目。
 六問までの傾向を見る限り、三問刻みでクイズの傾向が変わっている。
 となれば、次の問題に警戒するのは当然だ。
 
「終わらないと思いますよ」
 
 千雪の疑問に、京平が答える。
 
「え?」
 
「まだ、使われていないルールが、一つあります」
 
 そう言って、京平は手錠をじゃらりと上にあげてみせる。
 
 二人DE二択クイズ。
 チェーンの短い手錠は、ペアが横並びに座らなければならないという制約。
 手の甲に浮かぶ東京スカイツリーと東京タワーのマークは、クイズの正解がペアによって変わるための仕組み。
 
「あ、二人ペア!」
 
「そうです。このゲーム、二人の間でしか相談できないと言いつつ、相談が必要なほど難しいクイズは出てきてない。しかも、仮にクイズの答えがわからなくても、全体の動きを見て多い方へ進めば助かる可能性は高い。だから、あえて二人ペアを組ませた理由が、まだ何かあるはずです」
 
 千雪が深呼吸をし、緩んでいた気を引き締め直す。
 第一回戦と第二回戦を思い出し、脳を鋭利に研ぎ澄ませる。
 
「ごめんなさい。ちょっと気が抜けてたわ」
 
 京平の言葉の正しさは、直後に証明される。
 即ち、二人が会話できる、というルールが存在する意味が。
 
「第七問! ペアのうち、東京スカイツリーのマークがついてる人は、東京タワーのマークがついている人に対し、口づけをしたいと思っている! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 会場中がどよめく。
 
「マル!」
 
「バツ!」
 
 ほとんどの友人ペアと、ほとんどの恋人ペアは、即答し、移動を開始した。
 一と萌音も、例外ではない。
 
「……このまま座っていよう」
 
「一!」
 
 東京スカイツリーのマークを持つ一は、マルを選択し、マルの椅子に座り続けた。
 動かないことは、一の意思を萌音に伝えることと同義。
 移動をする周囲の様子が見えなくなった萌音は、一の肩へと寄りかかる。
 
 問題だったのは、恋愛感情あるいは性的感情を隠している友人ペア、そして冷めていることを隠していた恋人ペア。
 
「マルに……移動しよう」
 
「え!?」
 
 唐突に突きつけられた自身に向けられる好意に、向けられた側が戸惑う。
 しかし、移動をしなければ死ぬ。
 ぎくしゃくとしながらも、やむを得ず移動を開始する。
 会話は、なかった。
 
「バツに……移動しよう」
 
「え!?」
 
 唐突に突きつけられた自身に向けられる恋愛の終わりに、向けられた側が戸惑う。
 しかし、移動をしなければ死ぬ。
 ぎくしゃくとしながらも、やむを得ず移動を開始する。
 会話は、なかった。
 
 第七問は、ペアの人間関係を壊していく。
 
 
 
 千雪は、あえて二人ペアを組まされた理由を理解した。
 即ち、さらなる混乱の加速。
 二人DE二択クイズは、今までずっと、周囲と足並みをそろえることが重要だった。
 ここへ来て、最も足並みをそろえないといけない相手との関係性を壊し始めることに、千雪は強い悪意を感じた。
 同時に、京平は果たして何と答えるか、興味もあった。
 萌音に対して強い興味を向ける京平が、周囲の男子の視線をかっさらう美貌を持つ自身に対して、どんな感情を向けるのかと気になった。
 
「マルで。このまま座ってましょう」
 
「……驚いた。私とキス、したいのね」
 
「したくない男子、いるんですか?」
 
 傲慢だと自覚しつつも、京平が萌音以外見えない狂信者ではなく、人並みの男子と同じくらいに性欲を持つ男子であることに、千雪は少しだけ安堵した。
 人並であれば、第二回戦の終わりで見た京平の狂気を、自身の力で抑え込むことは可能だと判断した。
 
 第七問、全員正解。
 
「第八問! ペアのうち、東京タワーのマークがついてる人は、東京スカイツリーのマークがついている人と、セックスがしたいと思っている! 正しいと思う人はマルの椅子、正しくないと思う人はバツの椅子へ座ってください! では、移動開始!」
 
 千雪は立ち上がる。
 
「……ごめんなさい」
 
「大丈夫です」
 
 京平と千雪は、バツの椅子に向って歩き始めた。
 周囲の座席は、ますます混乱を極めている。
 人に向ける愛情とは、時に美しく喜ばしいもので、時に汚く拒絶すべきものだ。
 愛情の意味は、双方の関係性という繊細なバランスによって変化する。
 暴かれた感情は、もう元に戻すことができない。
 
 
 
「ああ……そうか」
 
 マルの椅子からバツの椅子に移動する際、京平の目にはマルの席に座り続ける萌音の姿が見えた。
 手の甲に浮かぶ赤い東京タワーのマークよりも肌を赤くして、うつむいていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――もうすぐ救うよ。萌音。
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