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第28話 代償
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ゴール地点に到達し、最初に葉助を殴りに行こうとしていたのは木野子だ。
木野子は、軽視されることを何より嫌う性格であり、自分が裏切ってもいい人間と思われた事実がどうしようもない苛立ちへと変わっていた。
が、一歩踏み出したところで、京平に止められた。
「……何?」
「今ここで、木野子さんがあいつに殴りかかる理由がない。裏切ったな、なんて殴れば、ゲームで出会ったことのない二人に繋がりがあったと周囲に教えるようなものだよ」
「……じゃあ、我慢しろって?」
「ううん。俺が代わりに殴ってくる」
木野子を止めた京平の手もまた、怒りで震えていた。
理由は明白。
葉助の目の前に、嫌がっている青澄がいるからだ。
「なんで、あんたならいいわけ?」
「俺なら、恋人に手を出そうとする下種を殴ったって言い訳が立つ」
「あ~~~」
木野子は頭を抱え、腕に籠った怒りの行き場を探した。
しばらく唸った後、、顔を上げて京平の背中をパンと叩いた。
怒りは、京平の背に託した。
背を叩かれると同時に、京平は葉助に向って走り出した。
「俺の彼女に何してやがるお前!」
歯が一本折れて倒れる葉助を見下ろし、京平は怒声を浴びせた。
その後すぐに表情を和らげる、青澄の方へと向く。
「青澄! 大丈夫か? こいつに変なことされなかったか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、京平君。……生きててよかった」
「ああ。青澄もな」
青澄が京平の体にしがみつき、京平は青澄の頭を優しく撫でる。
誰がどう見ても、彼女を盗ろうとしていた下種への鉄槌。
一部から刺さる視線は、どろどろの恋愛劇を見る観衆のそれだ。
「くっそ……! 歯が……! てめぇ……! 何しやがる……!」
鼻と口を手で抑えながら立ち上がった葉助が、よろよろと京平に近づいてくる。
自分の計画が狂って京平が生きていることへの不快感と、今まさに狙っていた女が京平の腕の中で恍惚の笑みを浮かべている嫉妬。
葉助の目は、ギラギラと血走っていた。
拳が強く握られ、手の甲に血管が浮き出ている。
「京平ー? 突然走るからビックリしちゃったー。なに、その死にぞこない?」
葉助が京平を殴りに動こうとした瞬間、京平の背後に木野子が到着する。
笑顔の木野子の額には、怒りのあまり青筋が浮かんでいた。
「ふん!」
次いで、馬鬼が到着する。
馬鬼は、指をバキバキと鳴らし、葉助を睨みつける。
「巨大迷路を一緒に攻略した奈々のお友達に、何をしようとしてるのですかー?」
次いで、奈々が到着する。
可愛らしく首を傾げ、冷酷な瞳を葉助に向ける。
「喧嘩なら買いますよ。彼らが」
次いで、城玖が到着する。
眼鏡をくいっとあげて、馬鬼の後ろへと移動する。
「うぐ……」
追いついた四人の視線に、葉助は動きを止める。
京平一人であれば、喧嘩で勝てる自信もあった。
しかし、京平の側に馬鬼がついているとなると話は別だ。
裏切った自覚のある葉助は、自分が恨まれ、殴られる理由を知っている。
沸騰していた脳は急速に冷静になり、葉助への怒りの気持ちを奪い去った。
「は……ははははは。なーんだ、彼氏がいたのか。すまないね、知らなかったんだー。ははははは。じゃ、じゃあ、これで」
結果、葉助は逃げ出した。
京平へのやり返しを諦め、額に汗をにじませながら笑い、そそくさと京平から離れて言った。
「はー、思った以上の小物だったわ」
逃げ出した葉助の背中を見ながら、木野子はぐっと背伸びをした。
自分で殴れなかった不満半分と、殴られた姿を見てスカッとした満足半分。
不完全燃焼な視線は、その原因とも言える京平の方に移る。
木野子の視線に気づいた京平と青澄は振り向き、木野子と目が合った。
「あ、青澄、紹介するよ。彼女たちが、今回一緒にゲームをクリアした仲間」
京平の言葉に反応し、木野子は青澄にひらひらと手を振る。
青澄は軽く頭を下げ京平と一緒に木野子の方へ歩き始める。
瞬間。
「高校生たちよ、よく生き残った」
床に映し出された口が言葉を発した。
「第五回戦は、これにて終了。次回の開催は一週間後。そして、一週間後の第六回戦こそが、決勝戦。第六回戦をゲームクリアした者は、オールクリア。デスゲームは終了し、生存が確定する」
長い長いデスゲームの、終わりを。
「ま、まじか!」
「ようやく終わるのね!」
「助かる……! 助かるぞお……!」
場の雰囲気が、がらりと変わる。
疲労困憊の高校生たちの表情に、僅かながら笑顔が戻る。
見えた終わりを前に、生き残った者同士、次回には敵になってしまう可能性をいったん放棄して健闘を称え合う。
「ではまた、一週間後」
皆が、日常に戻る。
「京平! 本当なの? 次をクリアすれば、ゲームが終わるって!?」
「ああ」
「……そう、良かった」
決勝戦の連絡を京平から受けた母親は、嬉し涙を流しながらへたり込んだ。
その横で、涙をこらえる父親が、京平の両肩をがしりと掴む。
「勝つんだぞ! 絶対、勝つんだぞ!」
「そのつもり」
決勝戦のニュースは、参加者の身内だけにとどまらない。
日本全国の臨時ニュースで駆け抜けて、悪夢の終わりを日本中に伝えた。
果たして何人生き残るのか、誰にもわからない。
既に高校生の数は、デスゲーム開始前の二パーセントを下回っている。
京平は、決勝戦に向けたルールを書きなぐっていく。
決勝戦もまた、第五回戦と同様、選ばれた一名の代表者のルールが全面採用される可能性が高い。
代表者たちもまた、第五回戦でぶつかり、死に、四十人を切っている。
京平の決めたルールが採用される確率は、二.五パーセントと言ったところだろう。
僅かな可能性だが、京平は書き続ける。
自分と青澄が、助かるためのルールを。
決勝戦だろうと、やることは変わらない。
白い床の上。
「六回戦のルールは、お前じゃない」
京平は、選ばれなかった。
「お前と会うのもこれっきりだと思うと、嬉しいよ」
だが、京平は落ち込まない。
どんなルールでも生き残るという、強い意思があった。
「そうか。俺は、寂しいよ。このゲーム、一番楽しませてくれたのはお前だった」
神は、京平を見下すように笑った。
全ての元凶。
しかし、京平が決して報復などできない上位の存在。
京平は、殴れるほど近くにいる神を前にして、結局殴ることもできずに拳を握り締めるだけで終わった。
代わりに、京平の見る先は現在から未来へと移った。
デスゲームが終わった後の、幸せな未来へと。
「なあ、神様」
「ん?」
「代表者だとバレたら死ぬってルール、デスゲームが終わった後でも続くのか?」
京平の言葉に、神は首を傾げる。
神は、ゲームの後のことなど考えていなかった。
ゆえに、どちらでも選べる。
続けることも、続けないこともできる。
「ゲームが終わった後のことは知らん。好きにしろ」
考えた結果、神はルールを放棄することに決めた。
いつまでもルールで縛ってしまえば、神は、常に小指に紐が巻かれている程度のストレスを感じ続けることになり、それを嫌がった。
「そうか」
京平は、安心した表情で小さく笑った。
木野子は、軽視されることを何より嫌う性格であり、自分が裏切ってもいい人間と思われた事実がどうしようもない苛立ちへと変わっていた。
が、一歩踏み出したところで、京平に止められた。
「……何?」
「今ここで、木野子さんがあいつに殴りかかる理由がない。裏切ったな、なんて殴れば、ゲームで出会ったことのない二人に繋がりがあったと周囲に教えるようなものだよ」
「……じゃあ、我慢しろって?」
「ううん。俺が代わりに殴ってくる」
木野子を止めた京平の手もまた、怒りで震えていた。
理由は明白。
葉助の目の前に、嫌がっている青澄がいるからだ。
「なんで、あんたならいいわけ?」
「俺なら、恋人に手を出そうとする下種を殴ったって言い訳が立つ」
「あ~~~」
木野子は頭を抱え、腕に籠った怒りの行き場を探した。
しばらく唸った後、、顔を上げて京平の背中をパンと叩いた。
怒りは、京平の背に託した。
背を叩かれると同時に、京平は葉助に向って走り出した。
「俺の彼女に何してやがるお前!」
歯が一本折れて倒れる葉助を見下ろし、京平は怒声を浴びせた。
その後すぐに表情を和らげる、青澄の方へと向く。
「青澄! 大丈夫か? こいつに変なことされなかったか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、京平君。……生きててよかった」
「ああ。青澄もな」
青澄が京平の体にしがみつき、京平は青澄の頭を優しく撫でる。
誰がどう見ても、彼女を盗ろうとしていた下種への鉄槌。
一部から刺さる視線は、どろどろの恋愛劇を見る観衆のそれだ。
「くっそ……! 歯が……! てめぇ……! 何しやがる……!」
鼻と口を手で抑えながら立ち上がった葉助が、よろよろと京平に近づいてくる。
自分の計画が狂って京平が生きていることへの不快感と、今まさに狙っていた女が京平の腕の中で恍惚の笑みを浮かべている嫉妬。
葉助の目は、ギラギラと血走っていた。
拳が強く握られ、手の甲に血管が浮き出ている。
「京平ー? 突然走るからビックリしちゃったー。なに、その死にぞこない?」
葉助が京平を殴りに動こうとした瞬間、京平の背後に木野子が到着する。
笑顔の木野子の額には、怒りのあまり青筋が浮かんでいた。
「ふん!」
次いで、馬鬼が到着する。
馬鬼は、指をバキバキと鳴らし、葉助を睨みつける。
「巨大迷路を一緒に攻略した奈々のお友達に、何をしようとしてるのですかー?」
次いで、奈々が到着する。
可愛らしく首を傾げ、冷酷な瞳を葉助に向ける。
「喧嘩なら買いますよ。彼らが」
次いで、城玖が到着する。
眼鏡をくいっとあげて、馬鬼の後ろへと移動する。
「うぐ……」
追いついた四人の視線に、葉助は動きを止める。
京平一人であれば、喧嘩で勝てる自信もあった。
しかし、京平の側に馬鬼がついているとなると話は別だ。
裏切った自覚のある葉助は、自分が恨まれ、殴られる理由を知っている。
沸騰していた脳は急速に冷静になり、葉助への怒りの気持ちを奪い去った。
「は……ははははは。なーんだ、彼氏がいたのか。すまないね、知らなかったんだー。ははははは。じゃ、じゃあ、これで」
結果、葉助は逃げ出した。
京平へのやり返しを諦め、額に汗をにじませながら笑い、そそくさと京平から離れて言った。
「はー、思った以上の小物だったわ」
逃げ出した葉助の背中を見ながら、木野子はぐっと背伸びをした。
自分で殴れなかった不満半分と、殴られた姿を見てスカッとした満足半分。
不完全燃焼な視線は、その原因とも言える京平の方に移る。
木野子の視線に気づいた京平と青澄は振り向き、木野子と目が合った。
「あ、青澄、紹介するよ。彼女たちが、今回一緒にゲームをクリアした仲間」
京平の言葉に反応し、木野子は青澄にひらひらと手を振る。
青澄は軽く頭を下げ京平と一緒に木野子の方へ歩き始める。
瞬間。
「高校生たちよ、よく生き残った」
床に映し出された口が言葉を発した。
「第五回戦は、これにて終了。次回の開催は一週間後。そして、一週間後の第六回戦こそが、決勝戦。第六回戦をゲームクリアした者は、オールクリア。デスゲームは終了し、生存が確定する」
長い長いデスゲームの、終わりを。
「ま、まじか!」
「ようやく終わるのね!」
「助かる……! 助かるぞお……!」
場の雰囲気が、がらりと変わる。
疲労困憊の高校生たちの表情に、僅かながら笑顔が戻る。
見えた終わりを前に、生き残った者同士、次回には敵になってしまう可能性をいったん放棄して健闘を称え合う。
「ではまた、一週間後」
皆が、日常に戻る。
「京平! 本当なの? 次をクリアすれば、ゲームが終わるって!?」
「ああ」
「……そう、良かった」
決勝戦の連絡を京平から受けた母親は、嬉し涙を流しながらへたり込んだ。
その横で、涙をこらえる父親が、京平の両肩をがしりと掴む。
「勝つんだぞ! 絶対、勝つんだぞ!」
「そのつもり」
決勝戦のニュースは、参加者の身内だけにとどまらない。
日本全国の臨時ニュースで駆け抜けて、悪夢の終わりを日本中に伝えた。
果たして何人生き残るのか、誰にもわからない。
既に高校生の数は、デスゲーム開始前の二パーセントを下回っている。
京平は、決勝戦に向けたルールを書きなぐっていく。
決勝戦もまた、第五回戦と同様、選ばれた一名の代表者のルールが全面採用される可能性が高い。
代表者たちもまた、第五回戦でぶつかり、死に、四十人を切っている。
京平の決めたルールが採用される確率は、二.五パーセントと言ったところだろう。
僅かな可能性だが、京平は書き続ける。
自分と青澄が、助かるためのルールを。
決勝戦だろうと、やることは変わらない。
白い床の上。
「六回戦のルールは、お前じゃない」
京平は、選ばれなかった。
「お前と会うのもこれっきりだと思うと、嬉しいよ」
だが、京平は落ち込まない。
どんなルールでも生き残るという、強い意思があった。
「そうか。俺は、寂しいよ。このゲーム、一番楽しませてくれたのはお前だった」
神は、京平を見下すように笑った。
全ての元凶。
しかし、京平が決して報復などできない上位の存在。
京平は、殴れるほど近くにいる神を前にして、結局殴ることもできずに拳を握り締めるだけで終わった。
代わりに、京平の見る先は現在から未来へと移った。
デスゲームが終わった後の、幸せな未来へと。
「なあ、神様」
「ん?」
「代表者だとバレたら死ぬってルール、デスゲームが終わった後でも続くのか?」
京平の言葉に、神は首を傾げる。
神は、ゲームの後のことなど考えていなかった。
ゆえに、どちらでも選べる。
続けることも、続けないこともできる。
「ゲームが終わった後のことは知らん。好きにしろ」
考えた結果、神はルールを放棄することに決めた。
いつまでもルールで縛ってしまえば、神は、常に小指に紐が巻かれている程度のストレスを感じ続けることになり、それを嫌がった。
「そうか」
京平は、安心した表情で小さく笑った。
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