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第23話 殉職
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「うーん」
「申し訳ありません」
直人は、弥太郎から挙げられてきた報告書を見て頭を抱えていた。
歩果の殉職は、さしたる問題ではない。
転生業界において、転移先での死亡事故など、登山家が登山中に遭難するのと同じだ。
直人が最も問題視していたのは、一人の悪役令嬢の調達で、転移の機械を二度使ったことだ。
転移の機械の料金は、使用回数に比例する。
二度使えば、当然原価が増大する。
高品質な悪役令嬢を調達するためには一回の調達で複数回使われることもあるが、今回の場合は該当しない。
むしろ、ヒロインと会う前への転生ができる悪役令嬢から、処刑直前への転生となる悪役令嬢に変わり、商品としての価値は落ちている。
今回の案件は、原価が上がり、売値が下がった、赤字案件という訳だ。
「うーん」
セブーナの調達案件のリーダーは、弥太郎だ。
よって、赤字案件の責任の所在は、通常であれば弥太郎へと向かう。
ただし、弥太郎からの報告を聞く以上、直接的な原因となったのは歩果であり、弥太郎はむしろその失敗をカバーして赤字の大きさを最低限に抑えたと評価もできる。
また、直人は歩果を無理やり押し付けたという、弥太郎が準備不足になってしまった理由のいったんも担っている。
全てを弥太郎のせいと言い張るには、あまりにも状況が邪魔をしていた。
直人は弥太郎の目を見て、諦めたように溜息をついた。
「まあ、これは、赤字もやむを得ない案件だったかな。うん。聖女を兼ねている悪役令嬢だから、時間停止も難しかっただろうしな。うん」
「つまり?」
「……天馬くんに、責任をどうこう言う気はない」
「ありがとうございます!」
今日番の晴れやかな表情で、弥太郎は頭を下げて、自席に戻った。
直人は弥太郎を見送った後、どうやって赤字分を補填すべきかを考え、指で目をぐりぐりとほぐした。
弥太郎が席に戻ると、次の調達に向けて準備をしていた三姫が作業の手を止め、弥太郎の方へと向いた。
三姫の手には書類が握られており、意図を察した弥太郎は無言で書類を受け取り、机に広げた。
「ここなんですけど」
「ああ、ここはね」
三姫は広げた書類を指差しながら、用意していた質問を次々と弥太郎に投げかけていく。
弥太郎もてきぱきと回答し、全ての質問が解決したところで三姫に書類を返した。
「ありがとうございます、天馬さん」
「ん」
三姫は書類の束を机にトントンと叩いて揃えながら、まだ出社していない歩果の机を不思議そうに見る。
「そう言えば、城之内さんがまた出社していないようですが。今日はお休みですか?」
「ああ、殉職したよ」
「え!?」
三姫の書類仕事を手伝ってくれる人がいるかいないかでは三姫の動き方も変わるという理由で、軽い気持ちで発した質問に、想像以上の重い回答が返ってきたことで三姫は動揺する。
思わず手に持っていた書類の束を落とし、急いで床からかき集めた。
「殉職、ですか?」
「ああ。調達対象に捕まってな。助けには行ったが、ダメだった」
「そう、ですか……」
思えば、三姫が入社してから、殉職した社員はいない。
入社時、調達業務には殉職も起こりうること、殉職した場合の責任を悪役令嬢転生株式会社へ求めないこと、という誓約も書かされている。
だから三姫自身、それが起きることは理解していた。
理解していたが、いざ目の前にすると、思考が止まった。
「気を抜いたら、死んでいたのは俺かもしれないし、清水さんかもしれない。これからも、気を引き締めていこうね」
「……! はい!」
ぴりりとした空気の中、やたらと真剣な弥太郎の声が響く。
三姫は張り詰めた空気の中で背筋をぴんと伸ばし、ごくりと息を飲んだ。
自分たちの仕事が死と隣り合わせであることを、あらためて痛感し。
「ま、しばらくは危険な調達もないと思うし。いつも通りやれば大丈夫さ」
空気を張り詰めさせたものの責任として、弥太郎は空気を弛緩させ、強張った三姫の緊張をほぐした。
緊張をしないことは良くないが、しすぎることも良くない。
極めて妥当な位置にとどめることこそが、上司に求められる技術だ。
「そう、ですね!」
三姫は心を落ち着けて、机へと向いた。
誰が死のうが誰が生きようが、目の前に仕事はやって来る。
今日も一日頑張ろうと気合いを入れて、さっそく事務仕事を開始する。
しばらく危険な調達もない。
この後、そんな弥太郎の期待は、脆くも崩れ去ることになる。
「天馬くん」
「はい」
昼休憩を終えて、少しの眠気と戦いながら席についた弥太郎の元に、貼り付いた笑顔の直人がやって来た。
過去の経験から、弥太郎は面倒が振ってくるのだろうと察し、額から汗を流す。
直人は笑顔のまま、一つの書類を弥太郎へと渡した。
「次の案件だけど、これをお願い」
「わかりました」
直人が立ち去った後、弥太郎は書類の内容を確認し、全身を硬直させた。
「て、天馬さん? どうしました?」
そんな弥太郎の顔を、三姫は不安そうにのぞき込む。
弥太郎は錆びついたロボットのようにぎこちなく首を動かして、三姫へ書類を見せた。
書類を見た三姫もまた、硬直した。
調達の依頼には、難易度がある。
処刑直前の悪役令嬢の調達は容易であり、力の全盛期を迎えている悪役令嬢の調達は難関極まる。
弥太郎が渡された悪役令嬢は、ヒロインと友達になり、ヒロインが本来攻略すべき恋愛対象全員を味方につけた上で、学園卒業を待つだけの全盛期の中の全盛期。
そして、楽々転生サービス株式会社が調達を行おうとして返り討ちにあい、異世界からの敵への警戒も強めている状態。
即ち、難易度は最悪である。
「そう来たか」
直人が赤字の補填に奔走せざるを得ないことを知っている以上、弥太郎の心境は複雑だ。
高単価の案件をとってくることも、理解はできる。
だから弥太郎は、直人に対して何も言わなかった。
条件。
楽々転生サービス株式会社との共同調達。
転移の使用を三回まで許可。
あまりにも恵まれた条件が、弥太郎の不安を掻き立て続けた。
「申し訳ありません」
直人は、弥太郎から挙げられてきた報告書を見て頭を抱えていた。
歩果の殉職は、さしたる問題ではない。
転生業界において、転移先での死亡事故など、登山家が登山中に遭難するのと同じだ。
直人が最も問題視していたのは、一人の悪役令嬢の調達で、転移の機械を二度使ったことだ。
転移の機械の料金は、使用回数に比例する。
二度使えば、当然原価が増大する。
高品質な悪役令嬢を調達するためには一回の調達で複数回使われることもあるが、今回の場合は該当しない。
むしろ、ヒロインと会う前への転生ができる悪役令嬢から、処刑直前への転生となる悪役令嬢に変わり、商品としての価値は落ちている。
今回の案件は、原価が上がり、売値が下がった、赤字案件という訳だ。
「うーん」
セブーナの調達案件のリーダーは、弥太郎だ。
よって、赤字案件の責任の所在は、通常であれば弥太郎へと向かう。
ただし、弥太郎からの報告を聞く以上、直接的な原因となったのは歩果であり、弥太郎はむしろその失敗をカバーして赤字の大きさを最低限に抑えたと評価もできる。
また、直人は歩果を無理やり押し付けたという、弥太郎が準備不足になってしまった理由のいったんも担っている。
全てを弥太郎のせいと言い張るには、あまりにも状況が邪魔をしていた。
直人は弥太郎の目を見て、諦めたように溜息をついた。
「まあ、これは、赤字もやむを得ない案件だったかな。うん。聖女を兼ねている悪役令嬢だから、時間停止も難しかっただろうしな。うん」
「つまり?」
「……天馬くんに、責任をどうこう言う気はない」
「ありがとうございます!」
今日番の晴れやかな表情で、弥太郎は頭を下げて、自席に戻った。
直人は弥太郎を見送った後、どうやって赤字分を補填すべきかを考え、指で目をぐりぐりとほぐした。
弥太郎が席に戻ると、次の調達に向けて準備をしていた三姫が作業の手を止め、弥太郎の方へと向いた。
三姫の手には書類が握られており、意図を察した弥太郎は無言で書類を受け取り、机に広げた。
「ここなんですけど」
「ああ、ここはね」
三姫は広げた書類を指差しながら、用意していた質問を次々と弥太郎に投げかけていく。
弥太郎もてきぱきと回答し、全ての質問が解決したところで三姫に書類を返した。
「ありがとうございます、天馬さん」
「ん」
三姫は書類の束を机にトントンと叩いて揃えながら、まだ出社していない歩果の机を不思議そうに見る。
「そう言えば、城之内さんがまた出社していないようですが。今日はお休みですか?」
「ああ、殉職したよ」
「え!?」
三姫の書類仕事を手伝ってくれる人がいるかいないかでは三姫の動き方も変わるという理由で、軽い気持ちで発した質問に、想像以上の重い回答が返ってきたことで三姫は動揺する。
思わず手に持っていた書類の束を落とし、急いで床からかき集めた。
「殉職、ですか?」
「ああ。調達対象に捕まってな。助けには行ったが、ダメだった」
「そう、ですか……」
思えば、三姫が入社してから、殉職した社員はいない。
入社時、調達業務には殉職も起こりうること、殉職した場合の責任を悪役令嬢転生株式会社へ求めないこと、という誓約も書かされている。
だから三姫自身、それが起きることは理解していた。
理解していたが、いざ目の前にすると、思考が止まった。
「気を抜いたら、死んでいたのは俺かもしれないし、清水さんかもしれない。これからも、気を引き締めていこうね」
「……! はい!」
ぴりりとした空気の中、やたらと真剣な弥太郎の声が響く。
三姫は張り詰めた空気の中で背筋をぴんと伸ばし、ごくりと息を飲んだ。
自分たちの仕事が死と隣り合わせであることを、あらためて痛感し。
「ま、しばらくは危険な調達もないと思うし。いつも通りやれば大丈夫さ」
空気を張り詰めさせたものの責任として、弥太郎は空気を弛緩させ、強張った三姫の緊張をほぐした。
緊張をしないことは良くないが、しすぎることも良くない。
極めて妥当な位置にとどめることこそが、上司に求められる技術だ。
「そう、ですね!」
三姫は心を落ち着けて、机へと向いた。
誰が死のうが誰が生きようが、目の前に仕事はやって来る。
今日も一日頑張ろうと気合いを入れて、さっそく事務仕事を開始する。
しばらく危険な調達もない。
この後、そんな弥太郎の期待は、脆くも崩れ去ることになる。
「天馬くん」
「はい」
昼休憩を終えて、少しの眠気と戦いながら席についた弥太郎の元に、貼り付いた笑顔の直人がやって来た。
過去の経験から、弥太郎は面倒が振ってくるのだろうと察し、額から汗を流す。
直人は笑顔のまま、一つの書類を弥太郎へと渡した。
「次の案件だけど、これをお願い」
「わかりました」
直人が立ち去った後、弥太郎は書類の内容を確認し、全身を硬直させた。
「て、天馬さん? どうしました?」
そんな弥太郎の顔を、三姫は不安そうにのぞき込む。
弥太郎は錆びついたロボットのようにぎこちなく首を動かして、三姫へ書類を見せた。
書類を見た三姫もまた、硬直した。
調達の依頼には、難易度がある。
処刑直前の悪役令嬢の調達は容易であり、力の全盛期を迎えている悪役令嬢の調達は難関極まる。
弥太郎が渡された悪役令嬢は、ヒロインと友達になり、ヒロインが本来攻略すべき恋愛対象全員を味方につけた上で、学園卒業を待つだけの全盛期の中の全盛期。
そして、楽々転生サービス株式会社が調達を行おうとして返り討ちにあい、異世界からの敵への警戒も強めている状態。
即ち、難易度は最悪である。
「そう来たか」
直人が赤字の補填に奔走せざるを得ないことを知っている以上、弥太郎の心境は複雑だ。
高単価の案件をとってくることも、理解はできる。
だから弥太郎は、直人に対して何も言わなかった。
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