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第24話 エイジ・ハラル
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悪役令嬢エイジ・ハラル。
彼女は、前世の記憶を持っていた。
現代日本で事故死した彼女は、魂が時空の隙間をくぐって異世界に飛び、八歳の悪役令嬢として二度目の生を受けた。
自身が悪役令嬢に転生したこと理解した彼女は、絶望し、発狂した。
悪役令嬢の未来など、破滅か追放と相場が決まっている。
彼女にとって幸福だったことは、相場が決まっているということは、対処法にも型があるとすぐに思い至ったことだ。
ヒロインと敵対しないか、追放を前提に追放後の生活を準備するか、逆にヒロインを破滅させるか。
しかし、いずれを行うにも、必要なのはイベントとフラグの情報だ。
彼女にとって不幸だったことは、悪役令嬢として転生した世界の知識がなかったことだ。
もっとも、転生業界がまだ悪役令嬢を調達していない以上、その世界がゲームとなって現代日本に流通しておらず、彼女に知識がないのは当然だ。
彼女は、事前知識がないままの悪役令嬢転生と言う無理ゲー状態に対してひとしきり発狂した後、それでもなお生きる覚悟を決めた。
まずは、自身の悪役令嬢としての記憶を辿り、八歳に至るまでの自分の性格を回想した。
婚約者である第一王子への猫かぶり。
使用人への過剰な権力の行使と暴力。
平民の命を軽んじるほどに高い選民思想。
「……思ったとおりだな」
彼女の過去の振る舞いは、彼女が思い描く悪役令嬢苑そのものだった。
彼女は、さしあたり使用人に優しくすることから始めた。
使用人に物語を大きく変える力はないが、最も容易に影響を与えることができる存在でもある。
彼女の思った通り、使用人たちがエイジを見る目は、恐怖から疑問へと変わっていった。
昨日まで傍若無人の限りを尽くしていた人間の急な心変わりだ。
素直に全てを受け入れてくれるはずはない。
彼女はただ、時間が解決してくれるのを待った。
次に彼女は、世界の勉強を始めた。
エイジとしての知識が、この世界の言語や常識を教えてくれた。
彼女は、エイジの知識に自分の知識を混ぜることで、新しく現在の世界を解釈し直した。
手始めに、転生前の趣味であったお菓子作りを応用し、この世界に新たな食を生み出すことで、家へ大きな貢献をした。
父親に、自分が有益な存在であると示した。
さらに彼女は、悪役令嬢としての自分の能力を磨いた。
剣術、魔術、学術。
悪役令嬢として生まれ持った才能の大きさを確認するとともに、万が一ヒロインと呼ぶべき存在が向かってきても、返り討ちにできるくらいの力を欲し、鍛錬を怠らなかった。
たるみ始めていた腹筋はバキバキに割れて、枝のように細かった腕は筋肉の装備を纏った。
最後に彼女は、仲間を増やしていった。
未だに彼女の前に現れないヒロインの登場を、学園に通い始める十五歳と仮定した。
時間は七年。
たっぷりあった。
七年をかけて、ひたすらに周囲の有力者――即ち、攻略対象とでも呼ぶべき存在を味方につけていった。
逆ハーレム、などというヒロインに上書きされそうな関係値ではない。
男女の愛情を超える、実益と信用を兼ねた絶対的友情という手段で。
彼女の努力の甲斐あって、エイジが学園に入学してヒロインと会う頃には、エイジはこの世界になくてはならない存在となっていた。
王族も貴族も、エイジのことを最高の女性だと賞賛した。
盤石な地盤を築くことに成功した彼女は、学園への入学後、貴族の学園に唯一入学した平民と言う理由でいじめられていたヒロインを救った。
彼女は、盤石な地盤を築いてなお、油断などしていなかった。
それほどに、ヒロインという存在を恐れていた。
それほどに、悪役令嬢と言う肩書を恐れていた。
だから、ヒロインともお友達になれる様、全力を尽くした。
貴族であろうと平民であろうと、平等に優しい悪役令嬢。
悪役令嬢が生き残るための方法、これもやはり相場が決まっている。
そして十八歳。
彼女は無事に、ヒロインと攻略対象と呼ぶ存在たちと敵対することなく、むしろ互いに命をかけてでも守りたいと思う圧倒的な信頼関係を築いたうえで、卒業を控えた。
彼女――エイジは、ハッピーエンドを迎えた。
はずだった。
世界が灰色に染まるまでは。
「? 聞いてた情報と随分違うな。ま、いいや」
エイジは、自身に拳銃を突きつける男を、目を丸くして見つめた。
エイジの記憶にある前世の服。
エイジの記憶にある拳銃と言う道具。
そして、これから殺人を犯そうとしているにもかかわらず、まるで二次元のコンテンツを見ているような無関心な瞳。
エイジは、ハッピーエンドを迎えたと一瞬でもよぎってしまった自分を恥じて、この世界にエンディングなどないのだと悟った。
エイジは、転生業界を知らない。
よって男の存在を、異世界において正規ルートを書き乱して未来を改変してしまった自分が異分子と判断され、現代社会から直々に未来を元に戻すためにやってきた秘密結社か何かと判断した。
「異世界の後は、現実世界が相手と言う訳か。いいだろう。せっかく生き延びた身。みすみす死んでやるわけにはいかん!」
「何わけわかんねえこと言ってんだ!」
男が引き金を引くと同時に、エイジは全身を魔力で包んだ。
「硬度五十五バリアー」
エイジの体表面に魔力の薄い膜が貼られ、魔力の膜が銃弾を食い止めた。
「!? マジかよ」
男はさらに二発、エイジに銃弾を撃ち込んだ。
が、結果は同じ。
銃弾は食い止められ、何もできずに地面へ落ちた。
エイジは膜を纏ったまま、飛翔の魔法で空を飛び、男へと接近する。
「くっそ! 来るんじゃねえよ!」
持参している装備では勝てないと悟った男の行動は、撤退一択。
エイジの実力が、事前情報とあまりにも違ったが故に、誰も男を責められはしないだろう。
男は、事前情報と悪役令嬢の実力が違いすぎる以上、一度元の世界に戻って、強力な装備を準備する必要があると判断した。
男は閃光弾を取り出して、エイジに向かって振りかぶる。
空を駆けるエイジに当てることは困難だが、閃光弾は光の爆弾。
どれだけ硬くとも、どれだけ速くとも、四方八方に霧散する強力な光の前では、エイジの視力を一時的に奪うことなど容易だ。
想定外があったとすれば、ヒロインの存在。
「エイジさん、無事ですか!」
閃光弾が投げられる前に、灰色の世界が砕けた。
ヒロインの持つ聖なる力が、時間の停止した世界の中でも自我を保つことに成功し、光の魔法によって時間の停止を解除した。
「はあっ!?」
灰色から、鮮やかな世界へ。
急激に太陽の光が注ぎ込まれた世界を前に、男は一瞬視界を奪われた。
その隙をついて、男の背後から剣が一振り。
閃光弾を持っていた男の手が、斬り落とされた。
「エイジ! 無事か!」
「皆!」
閃光弾を持ったまま落ちていく男の腕は。
「なんだか、まずそう! 時よ止まれ!」
ヒロインの魔法によって時を止められ、爆発することなく空中に縫い付けられた。
「エイジ!」
「エイジ様!」
男の周りに、続々と人が集う。
ヒロイン、そして攻略対象と呼ぶべき存在が。
否、エイジの大切な仲間たちが。
男はしばらく固まって、自分の腕を斬り落とした存在を見てから、鮮血噴き出す自身の腕の断面を見た。
痛みが、遅れてやって来る。
「ぎゃあああああ!! 腕が!! 俺の腕が!!」
「捕らえろ!」
絶叫しながら苦しむ男は、攻略対象と呼ぶべき存在の一人にして、エイジの婚約者――第一王子オプトの命令により、兵士たちによって制圧された。
無数の槍に全身を押し潰され、男は痛みで泣き叫ぶ。
「エイジ、無事か!」
駆け寄って来る仲間たちを見て頷きながら、エイジは未だ考え続けていた。
(本当に、これだけか? 異分子を排除する力が、こんなに弱いはずがない)
エイジが何の事前知識もなく破滅も追放も回避できたのは、ひとえに慎重さゆえである。
常に最悪を想定し、状況が自分の思い通りに動いている時でさえ、どこかに落とし穴がないかを警戒する慎重さ。
「探索魔法」
よってエイジは、周辺に存在する人間の気配を探り、前世の服を着ているもう一人を容易に見つけることができた。
「そこだ!」
「ひっ!?」
飛んでくるエイジを見て、女は帰還用の転移の機械を発動させた。
女の体は一瞬で消え、捕獲しようと伸ばしたエイジの手は空をきった。
「探索魔法」
既に、周辺に女の存在はなく、二度目の探索魔法では誰も捉えることができなかった。
エイジは悔しそうに自身の手を握る。
「まだ、終わらないということか」
エイジは、ゲームの第二章が始まることをはっきりと理解した。
悪役令嬢である自分を殺そうとするゲームが。
彼女は、前世の記憶を持っていた。
現代日本で事故死した彼女は、魂が時空の隙間をくぐって異世界に飛び、八歳の悪役令嬢として二度目の生を受けた。
自身が悪役令嬢に転生したこと理解した彼女は、絶望し、発狂した。
悪役令嬢の未来など、破滅か追放と相場が決まっている。
彼女にとって幸福だったことは、相場が決まっているということは、対処法にも型があるとすぐに思い至ったことだ。
ヒロインと敵対しないか、追放を前提に追放後の生活を準備するか、逆にヒロインを破滅させるか。
しかし、いずれを行うにも、必要なのはイベントとフラグの情報だ。
彼女にとって不幸だったことは、悪役令嬢として転生した世界の知識がなかったことだ。
もっとも、転生業界がまだ悪役令嬢を調達していない以上、その世界がゲームとなって現代日本に流通しておらず、彼女に知識がないのは当然だ。
彼女は、事前知識がないままの悪役令嬢転生と言う無理ゲー状態に対してひとしきり発狂した後、それでもなお生きる覚悟を決めた。
まずは、自身の悪役令嬢としての記憶を辿り、八歳に至るまでの自分の性格を回想した。
婚約者である第一王子への猫かぶり。
使用人への過剰な権力の行使と暴力。
平民の命を軽んじるほどに高い選民思想。
「……思ったとおりだな」
彼女の過去の振る舞いは、彼女が思い描く悪役令嬢苑そのものだった。
彼女は、さしあたり使用人に優しくすることから始めた。
使用人に物語を大きく変える力はないが、最も容易に影響を与えることができる存在でもある。
彼女の思った通り、使用人たちがエイジを見る目は、恐怖から疑問へと変わっていった。
昨日まで傍若無人の限りを尽くしていた人間の急な心変わりだ。
素直に全てを受け入れてくれるはずはない。
彼女はただ、時間が解決してくれるのを待った。
次に彼女は、世界の勉強を始めた。
エイジとしての知識が、この世界の言語や常識を教えてくれた。
彼女は、エイジの知識に自分の知識を混ぜることで、新しく現在の世界を解釈し直した。
手始めに、転生前の趣味であったお菓子作りを応用し、この世界に新たな食を生み出すことで、家へ大きな貢献をした。
父親に、自分が有益な存在であると示した。
さらに彼女は、悪役令嬢としての自分の能力を磨いた。
剣術、魔術、学術。
悪役令嬢として生まれ持った才能の大きさを確認するとともに、万が一ヒロインと呼ぶべき存在が向かってきても、返り討ちにできるくらいの力を欲し、鍛錬を怠らなかった。
たるみ始めていた腹筋はバキバキに割れて、枝のように細かった腕は筋肉の装備を纏った。
最後に彼女は、仲間を増やしていった。
未だに彼女の前に現れないヒロインの登場を、学園に通い始める十五歳と仮定した。
時間は七年。
たっぷりあった。
七年をかけて、ひたすらに周囲の有力者――即ち、攻略対象とでも呼ぶべき存在を味方につけていった。
逆ハーレム、などというヒロインに上書きされそうな関係値ではない。
男女の愛情を超える、実益と信用を兼ねた絶対的友情という手段で。
彼女の努力の甲斐あって、エイジが学園に入学してヒロインと会う頃には、エイジはこの世界になくてはならない存在となっていた。
王族も貴族も、エイジのことを最高の女性だと賞賛した。
盤石な地盤を築くことに成功した彼女は、学園への入学後、貴族の学園に唯一入学した平民と言う理由でいじめられていたヒロインを救った。
彼女は、盤石な地盤を築いてなお、油断などしていなかった。
それほどに、ヒロインという存在を恐れていた。
それほどに、悪役令嬢と言う肩書を恐れていた。
だから、ヒロインともお友達になれる様、全力を尽くした。
貴族であろうと平民であろうと、平等に優しい悪役令嬢。
悪役令嬢が生き残るための方法、これもやはり相場が決まっている。
そして十八歳。
彼女は無事に、ヒロインと攻略対象と呼ぶ存在たちと敵対することなく、むしろ互いに命をかけてでも守りたいと思う圧倒的な信頼関係を築いたうえで、卒業を控えた。
彼女――エイジは、ハッピーエンドを迎えた。
はずだった。
世界が灰色に染まるまでは。
「? 聞いてた情報と随分違うな。ま、いいや」
エイジは、自身に拳銃を突きつける男を、目を丸くして見つめた。
エイジの記憶にある前世の服。
エイジの記憶にある拳銃と言う道具。
そして、これから殺人を犯そうとしているにもかかわらず、まるで二次元のコンテンツを見ているような無関心な瞳。
エイジは、ハッピーエンドを迎えたと一瞬でもよぎってしまった自分を恥じて、この世界にエンディングなどないのだと悟った。
エイジは、転生業界を知らない。
よって男の存在を、異世界において正規ルートを書き乱して未来を改変してしまった自分が異分子と判断され、現代社会から直々に未来を元に戻すためにやってきた秘密結社か何かと判断した。
「異世界の後は、現実世界が相手と言う訳か。いいだろう。せっかく生き延びた身。みすみす死んでやるわけにはいかん!」
「何わけわかんねえこと言ってんだ!」
男が引き金を引くと同時に、エイジは全身を魔力で包んだ。
「硬度五十五バリアー」
エイジの体表面に魔力の薄い膜が貼られ、魔力の膜が銃弾を食い止めた。
「!? マジかよ」
男はさらに二発、エイジに銃弾を撃ち込んだ。
が、結果は同じ。
銃弾は食い止められ、何もできずに地面へ落ちた。
エイジは膜を纏ったまま、飛翔の魔法で空を飛び、男へと接近する。
「くっそ! 来るんじゃねえよ!」
持参している装備では勝てないと悟った男の行動は、撤退一択。
エイジの実力が、事前情報とあまりにも違ったが故に、誰も男を責められはしないだろう。
男は、事前情報と悪役令嬢の実力が違いすぎる以上、一度元の世界に戻って、強力な装備を準備する必要があると判断した。
男は閃光弾を取り出して、エイジに向かって振りかぶる。
空を駆けるエイジに当てることは困難だが、閃光弾は光の爆弾。
どれだけ硬くとも、どれだけ速くとも、四方八方に霧散する強力な光の前では、エイジの視力を一時的に奪うことなど容易だ。
想定外があったとすれば、ヒロインの存在。
「エイジさん、無事ですか!」
閃光弾が投げられる前に、灰色の世界が砕けた。
ヒロインの持つ聖なる力が、時間の停止した世界の中でも自我を保つことに成功し、光の魔法によって時間の停止を解除した。
「はあっ!?」
灰色から、鮮やかな世界へ。
急激に太陽の光が注ぎ込まれた世界を前に、男は一瞬視界を奪われた。
その隙をついて、男の背後から剣が一振り。
閃光弾を持っていた男の手が、斬り落とされた。
「エイジ! 無事か!」
「皆!」
閃光弾を持ったまま落ちていく男の腕は。
「なんだか、まずそう! 時よ止まれ!」
ヒロインの魔法によって時を止められ、爆発することなく空中に縫い付けられた。
「エイジ!」
「エイジ様!」
男の周りに、続々と人が集う。
ヒロイン、そして攻略対象と呼ぶべき存在が。
否、エイジの大切な仲間たちが。
男はしばらく固まって、自分の腕を斬り落とした存在を見てから、鮮血噴き出す自身の腕の断面を見た。
痛みが、遅れてやって来る。
「ぎゃあああああ!! 腕が!! 俺の腕が!!」
「捕らえろ!」
絶叫しながら苦しむ男は、攻略対象と呼ぶべき存在の一人にして、エイジの婚約者――第一王子オプトの命令により、兵士たちによって制圧された。
無数の槍に全身を押し潰され、男は痛みで泣き叫ぶ。
「エイジ、無事か!」
駆け寄って来る仲間たちを見て頷きながら、エイジは未だ考え続けていた。
(本当に、これだけか? 異分子を排除する力が、こんなに弱いはずがない)
エイジが何の事前知識もなく破滅も追放も回避できたのは、ひとえに慎重さゆえである。
常に最悪を想定し、状況が自分の思い通りに動いている時でさえ、どこかに落とし穴がないかを警戒する慎重さ。
「探索魔法」
よってエイジは、周辺に存在する人間の気配を探り、前世の服を着ているもう一人を容易に見つけることができた。
「そこだ!」
「ひっ!?」
飛んでくるエイジを見て、女は帰還用の転移の機械を発動させた。
女の体は一瞬で消え、捕獲しようと伸ばしたエイジの手は空をきった。
「探索魔法」
既に、周辺に女の存在はなく、二度目の探索魔法では誰も捉えることができなかった。
エイジは悔しそうに自身の手を握る。
「まだ、終わらないということか」
エイジは、ゲームの第二章が始まることをはっきりと理解した。
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