純白の少女と烈火の令嬢と……

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「ルビー?」
 
 突然叫んだルビーを、トパーズは心配そうに見る。
 それは、二人の少女も同じ。
 
「ルビー様、どうかなさいましたか?」
 
 乙女ゲーム『純白の少女と静水の令嬢』の悪役令嬢サファイア・インディゴは、表情を変えずに言う。
 長い青髪は海のように靡いていて、ツヤツヤと輝いている。
 常に半開きの瞳は僅かも動かず、この場の誰一人、サファイアの感情を読むことなどできない。
 
「大丈夫ですかー、ルビー様ー? どこか、お体の具合でも悪いんですかー?」
 
 乙女ゲーム『純白の少女と暴緑の令嬢』の悪役令嬢エメラルド・エヴァーグリーンは、可愛らしく首を傾げてルビーの顔を覗き込む。
 緑色の髪をまとめて作った高めのツインお団子ヘアは、エメラルドの童顔をさらに幼く見せる。
 くりっとした丸い緑の目は、ルビーの心をそのまま覗こうとする純真さがある。
 
「し、失礼いたしました。ちょっと……、そう。突然、今朝見た悪夢を思い出してしまいまして」
 
 苦しい言い訳だっただろうかとルビーが二人の方を見れば、サファイアは無表情のまま、エメラルドは納得したような表情を見せていた。
 
「悪夢ですか。それは災難でしたね」
 
「恐い夢って、ヤですよねー! わかりますわかりますー」
 
 二人が納得したことに安心したルビーは、ホッと溜息を一つ落とし、冷静になった頭で改めて二人を見る。
 サファイアとエメラルド。
 頭の先から足の先まで、どこからどう見ても悪楽令嬢の姿だ。
 
 ルビーは頭の中に入れてきた『純白の少女と烈火の令嬢』のシナリオに、必死で状況を書き足していく。
 乙女ゲーム『純白の少女』シリーズは、悪役令嬢が違うことを除けば、概ね共通のシナリオで進む。
 楽観的に考えるのであれば、入学式というイベントも、頭に入れたシナリオ通りに進むはずである。
 しかし、悲観的に考えるのであれば、三人の悪役令嬢の行動と発言が化学反応を起こし、シナリオの外へと跳んでいく危険性もある。
 
 ルビーは緊張の糸を張り巡らせ、会場の様子と二人の悪役令嬢の動きに注意する。
 
 注意したからこそ、見えてきた。
 聞こえてきた。
 入学式の会場にいる他の生徒たちが向ける、サファイアとエメラルドへの視線が。
 ひそひそと話す内容が。
 
 
 
「ほら、サファイア様とエメラルド様、お一人で参加されているでしょう?」
 
「じゃあ、やはりあの噂は本当なのかしら?」
 
「お二方とも、婚約破棄をしたって」
 
「オニキス様が婚約者と死別したタイミングでの婚約破棄だったらしいわよ?」
 
「えー、それってもしかして」
 
「狙ってること見え見えよね」
 
 
 
 明確な悪意に触れて、思い出す。
 これは、『純白の少女と烈火の令嬢』に存在したシナリオだ。
 ゲームにおいて、悪役令嬢ルビー・スカーレットは自身に刺さる視線の持ち主をぎろりと睨みつけ、「言いたいことがあるなら、目の前に来て直接言いなさい?」と啖呵を切るのだ。
 
 そして、同様のシナリオは、他の二つのゲームにも存在する。
 
 サファイアは、自身に刺さる視線の持ち主を見つめ返し、見つめ続けた。
 僅かも変わらない表情に、一瞬も外さない視線。
 たった一言も発することなく、自身に刺さるすべての視線を払いのけた。
 
 エメラルドは、近くに待機していた兄、ペリドット・エヴァーグリーンの元へ駆け寄り、抱き着いた。
 
「ふえーん、お兄様ー」
 
「どうしたエメラルド!」
 
「なんかー、皆が私のこと睨んでくるのー」
 
「何!? おい! たかだか下級貴族の分際で、我がエヴァーグリーン公爵家に何の非礼だ!」
 
 公爵家の名前を出されれば、侯爵家以下の貴族は黙るしかなく、すべての視線が霧散した。
 
 ルビーは目の前の光景を、眺めるしかなかった。
 その光景は確かに、『純白の少女と静水の令嬢』と『純白の少女と暴緑の令嬢』に存在したシナリオ。
 入学式の会場にいる主人公ダイヤモンドが、初めて悪役令嬢の姿を確認するイベントだ。
 世界は、確かにゲームのシナリオ通りに進んでいる。
 否、この場において、たった一つだけシナリオ通りに動いていないことがある。
 
 サファイアは、ルビーとその隣に立つトパーズを見た。
 
「ルビー様は、トパーズ様とご一緒なのですね」
 
 ルビーとトパーズは婚約者。
 入学式に同伴していても、なんら不思議はない。
 
 しかし、ゲームのシナリオを知っているルビーにとっては、別の意味に聞こえた。
 まるで世界が、「なぜお前は婚約破棄をしていないのだ?」と問いかけてきたような、世界が異物を見つけて警戒を強めたような、言いようもない緊張に襲われた。
 
「え、ええ、そうね。当然でしょ。婚約者……だもの」
 
 色が抜けかけた顔で、ルビーは答える。
 
「どうしたルビー? 具合でも悪いのか? また、悪夢でも思い出したのか?」
 
 気分の悪そうなルビーに気づいたトパーズは、その肩に優しく触れる。
 
「え、ええ……。少し」
 
「向こうに椅子があるから、少し休もう。サファイア様、エメラルド様、ご挨拶早々で申し訳ないが、ルビーを休ませてやりたい。これで、失礼させてもらう」
 
「そうですね、顔色も悪いですし、休んだ方がよろしいかと」
 
「お大事にしてくださいねー、ルビー様ー」
 
 ルビーとトパーズの二人は、サファイアとエメラルドの元から離れる。
 
 
 
「ふう」
 
 会場の端に用意されている椅子に、ルビーは座る。
 その隣にトパーズも腰を下ろす。
 
「大丈夫か?」
 
「大丈夫。心配かけてごめんなさいね」
 
 入学式は、盛大に開催された。
 校長による挨拶もほどほどで終わり、乾杯の音頭がとられる。
 生徒たちは会場にずらりと並べられた料理やお菓子を味わいながら、新入生同士や上級生との交流を深める。
 
「あれ?」
 
 そんな中で、目立つ動きをしていたのが三人。
 
 一人はサファイア。
 パーティが始まるや否や、一口だけ口をつけたドリンクを使用人に下げさせた。
 そして、ゲームのように皇太子オニキスと会話することもなく、主人公ダイヤモンドと接触することもなく、用は済んだと言わんばかりにさっさと会場を後にした。
 
 一人はエメラルド。
 兄であるペリドットを引き連れて、真っ先にオニキスの元へと向かっていた。
 誰がオニキスに最初の挨拶をしようか、新入生も上級生も様子を見つつ無言の駆け引きが繰り広げられていた中に、土足で踏み入った。
 ゲーム同様、いやゲーム以上に積極的に、エメラルドはオニキスへと話しかけていた。
 
 一人はダイヤモンド。
 平民のダイヤモンドはゲームと同様、貴族のパーティを前に委縮し、どうしてよいかわからず、わたわたと焦りの表情を見せている。
 そして、他の誰一人として、ダイヤモンドを助けようとする生徒はいない。
 ダイヤモンドは入学式終了までこのまま何もできず、攻略対象の顔を遠くから眺め、さすが貴族の学校だーなんて庶民的な感想を抱いて終わるだろう。
 
 そして、動かないことで目立っていたのが二人。
 
 一人はサファイアの元婚約者にして攻略対象、アメシスト・クロッカス。
 表向きは何ともない様子で、挨拶に来る他の生徒たちに笑顔で応えてはいたが、視線は常にサファイアを追っていた。
 追うだけで、決してサファイアの近くに寄ろうとはしない。
 サファイアが会場を出ていく時も、ただただ悲しそうな視線で追っていた。
 
 一人はエメラルドの元婚約者にして攻略対象、シトリン・オランジュ。
 アメシストとは対照的に、目に見えて元気がない。
 おずおずと挨拶に近づいてくる生徒たちにも空返事で、エメラルドの楽しそうな声が会場に響くたび、呼吸が荒ぶっていた。
 
「なーんか、変な感じだな」
 
 会場に漂う負の気配を感じ取ったトパーズは、顔をしかめる。
 
「そうね」
 
 ルビーも同意する。
 ゲームでも、入学式の雰囲気は良いものではなかった。
 しかし、ゲームの画面越しで見るのと、目の前の現実として見るのでは、感じ方が大きく違う。
 ルビーは体を空気に慣らすように、呼吸を整える。
 
「さて、私たちもオニキス様にご挨拶に行きましょうか」
 
「ああ、そうだな」
 
 多少の体調が回復したルビーは、エメラルドがまとわりつくオニキスに軽く挨拶を済ませ、ルビーへ挨拶をしてくる生徒たちに応えながら入学式を過ごした。
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