純白の少女と烈火の令嬢と……

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 コンコン。
 ルビーの部屋の扉が叩かれる。
 
「お嬢様、トパーズ様がお越しです。いかがいたしましょう?」
 
「ん、応接室で会うわ」
 
「承知しました」
 
 魔法学院の寮は、男子寮と女子寮に別れている。
 しかし、男子生徒が女子寮に、女子生徒が男子寮に立ち入ることを禁じてはいない。
 それは、魔法学院が貴族の出会いの場であるという暗黙の了解と、自身の立場を脅かしてまで強引に手を出す生徒はいないだろうという貴族の振る舞いへの信頼によって成立している。
 
 一方で、生徒一人ひとりに与えられた個室への入室は、固く禁止している。
 理由は、過去に一度問題が起きたことに起因するが、詳細は生徒たちに伝えられていない。
 個室への入室が禁じられている代わりに、寮の至る所に応接室が用意されており、寮内の生徒同士の会話は原則応接室で行うこととなる。
 
「こんばんは、トパーズ様」
 
「よお、ルビー」
 
 トパーズは疲れた様子で、応接室のソファへと腰かけた。
 ルビーも追って、ソファに腰かけ、トパーズと向かい合う。
 トパーズとルビーの間に置かれたテーブルに、ルベライトはティーカップを二つ並べ、紅茶を注ぐ。
 
 ルビーがサファイアとエメラルドの件で疲弊している裏で、トパーズもまた疲弊していた。
 具体的には、婚約解消をされた二人、サファイアの元婚約者であるアメシストと、エメラルドの元婚約者であるシトリンへの対応である。
 入学式以降、二人は明らかに変わってしまっていた。
 
「それで、お二人の様子は?」
 
「ああ。アメシストは授業中こそ気高に振舞って、婚約破棄なんて気にもしてない素振りを見せてるが、寮に戻ったら駄目だな」
 
「そうですか」
 
「自分の何が至らなかったのかと、今日も部屋に籠ってぶつぶつ言っているらしい。使用人から聞いた」
 
「それは……」
 
 ゲームでは、傷心に沈んだアメシストを立ち直らせるのがダイヤモンドの役割だ。
 高貴な振る舞いの裏にあるアメシストの弱さに気づいたダイヤモンドは、アメシストの心を優しく撫でて、その心を開かせることに成功する。
 そして、アメシストエンドを迎えるのだ。
 逆を言えば、ゲームではダイヤモンド以外がアメシストを立ち直らせることはできない。
 もしも、この世界も同様であるならば、トパーズがどれだけ動き回ろうとどうにもならない。
 
「定期的に、サファイアの部屋にも行ってるようなんだが、頑なに扉を開けてくれないらしい」
 
「そうですか」
 
 扉を開けないのは、ルビーにも同様。
 ネールの件で、ルビーは何度もサファイアの部屋を訪れ、何度も拒まれている。
 ルビーに理由はわからないが、この世界のサファイアは、徹底的に人との交流を避けている節がある。
 
「シトリンの方はもっとやばい。あいつ、シトリン商会の利益を倍にしやがった!」
 
「ええっと、それは……おめでたいニュース……なのでは?」
 
「ぜんっぜんめでたくねぇ! 授業が終われば仕事仕事仕事で、寝食なにもかも忘れる勢いで仕事ばっかだ! このままじゃ、あいつ死ぬぞ!」
 
「それは、全然めでたくないですね」
 
「シトリンも部屋に籠って……人間なんて信じられない、信じられるのは金だけだ……なんてボヤいてるらしい」
 
「とてもまずいですね」
 
 シトリンは、婚約破棄という現実から目を背ける様に仕事へと没頭し、次々と新しい商品を開発している。
 最近では、従来魔力によって制御していた魔法を、魔力なしで制御する魔道具の開発に成功し、賛否を呼んでいる。
 魔力の高い貴族は魔法の価値を落とすなと怒り、魔力の低い貴族は魔力の強さが優秀さの評価軸から消える可能性を喜んでいる。
 賛否は話題を作り、話題は金を作り続けた。
 
 シトリンを立ち直らせることができるのもまた、ゲーム通りならダイヤモンドの役割だ。
 金以上の幸福があると思い出し、シトリンの狂気は止まる。
 
「二人とも、俺の言うことなんて聞きやしねえ」
 
 トパーズは、力なくソファに背を預けた。
 だらりとした姿は、貴族として相応しい姿ではなく、逆にルビーを信用しているが故の気のゆるみ。
 
「トパーズ様でも、ですか」
 
 トパーズとアメシストとシトリン、三人は別の公爵家ではあるが、昔から交流があって親友と呼ぶに十分な関係性だ。
 だからこそ、トパーズで駄目であれば、ルビーにはダイヤモンド以外の選択肢が浮かばない。
 しかしダイヤモンドは、アメシストルートにもシトリンルートにも入る気配を見せない。
 つまりは、詰みだ。
 
「やっぱ、呪いの噂は本当なのかな」
 
「呪い?」
 
 聞きなれない言葉に、ルビーは驚いて聞き返す。
 
「ああ、呪いだ。オニキス様の婚約者だったダブグレー男爵家の令嬢が亡くなった日、サファイア様とエメラルド様二人とも、まるで別人のようになったって話だ」
 
「別……人……?」
 
 ルビーとルベライトの心臓が、ドクンと跳ねる。
 オニキスの婚約者がなくなった日、スカーレット公爵家で起きた異変を、二人だけが知っている。
 突然、ルビーがトパーズとの婚約破棄を叫び出し、階段から落ちてからはまったく逆のことを言い始めた異変。
 
「そう、別人。訃報を聞いた瞬間、二人とも婚約破棄を叫び出して、二人とも階段で足を滑らして転倒したらしい。で、目覚めたらさっさと婚約破棄をして、サファイア様は自室にこもるようになって、エメラルド様はオニキス様への猛アピールが始まったらしい。あまりにも時期も状況もぴったりで、一部ではダブグレー男爵家の令嬢の呪いじゃないかと噂されているらしい」
 
 ルビーは、ちらりとルベライトの方を見る。
 ルベライトは何かを言いたげな表情をしつつ、口をつぐみ続ける。
 
「それは……確かに不思議ですね……」
 
 震える手を必死に抑えつつ、ルビーは紅茶に口をつけた。
 
「ルビー、お前が婚約破棄なんて言ってこなくてよかったよ。改めて、俺は今、幸せなんだなって感じる」
 
 苦笑するトパーズに向いて、ルビーは無言で微笑んだ。
 
 
 
「ふう」
 
 トパーズとの会話を終え、自室に戻ったルビーはため息を零す。
 
「お嬢様……」
 
 そんなルビーに、ルベライトがおずおずと口を開く。
 トパーズとの会話中、ルビーの様子が変わったことを見逃すほど、ルベライトは馬鹿ではない。
 ルベライトが聞きたいことなど、ルビーは聞かずともわかっていた。
 
「何?」
 
「先程の、トパーズ様のお話ですが」
 
「ええ、同じ日に婚約破棄を言い出して、同じ日に階段で足を滑らせて、同じ日に別人のようになるなんて、大した奇跡もあるものね。ああ、呪いだったっけ」
 
「……あの日、お嬢様も婚約破棄をおっしゃっていた覚えがあります」
 
「そうだっけ?」
 
「お嬢様、何か、ご存じなのでは」
 
「例え知っていたとして、ルベライト、貴女に関係ある?」
 
「……失礼しました」
 
 知っているか否かを明確にせず拒絶するのは、ルビーができる最大限の優しさだ。
 ルベライトであれば、疑いつつも察せる、ギリギリの返答。
 
 ルビーはトパーズとの会話で、サファイアとエメラルドの二人も、自身と同様に前世の記憶を取り戻した転生者であると確信した。
 そうであれば、二人の行動が腑に落ちた。
 二人とも、この世界とは違う知識で生きている。
 
「ルベライト、席を外してくれない? 一人で考えたいことがあるの」
 
「かしこまりました」
 
 パタンと扉が閉じられ、一人になった部屋の中でルビーは仮説を考える。
 サファイアとエメラルドの行動に関する仮説。
 
 サファイアの行動は、ルビーと同じく、自身の破滅を回避するためのもの。
 ルビーが主人公や攻略対象の好感度を下げない様に動いているのに対し、サファイアは誰とも接さないことでイベントの発生そのものを防ごうとしている。
 サファイアが前世の記憶が戻ってなお婚約破棄に踏み切ったのは、極力ゲーム通りに進めることで、イベントに乱数が発生しないようにしたかったから。
 
 エメラルドの行動は、ルビーと異なり、主人公に代わって自身が攻略対象であるオニキスと婚約するためのもの。
 ゲームでは主人公が発生させていたイベントを、主人公に代わってエメラルドが発生させようとしているのも、その証拠だ。
 もっとも、エメラルドの立ち回りが下手なのか、それとも主人公以外が実行してもオニキスの好感度が上がらない仕様なのか、上手くいってはいないが。
 
 だとすれば、一つだけルビーにはわからない点がある。
 サファイアのその後の立ち回りだ。
 婚約破棄に踏み切った理由は分かった。
 しかし、ネールを利用してダイヤモンドへの嫌がらせを続けている理由がわからなかった。
 
「ゲーム通りにイベントを発生させるため? いやでも、ダイヤモンドに嫌がらせなんてし続けたら、サファイアの好感度は下がり続けて、サファイアの破滅は近づくと考えるのが普通じゃあ? 自分が顔を出さなければ、全責任をネールに押し付けられるって考えてるとか? いやでも、うーん」
 
 ルビーはしばらく考え込んで。
 
「……直接、聞いてみるか」
 
 サファイア本人に、伝えることを決めた。
 
 自身が、転生者であることも含めて。
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