純白の少女と烈火の令嬢と……

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「ダイヤモンドさん、この度は申し訳ございませんでした」
 
 ネールと側近たちは、ダイヤモンドと顔を合わせるなり、頭を下げた。
 ネールにとって、平民に頭を下げることは、この上ない屈辱的な行為だろう。
 だからこそ、頭を下げたネールたちを、他の生徒たちは信じられないものを見るような目で見つめた。
 
「え、あ、だ、大丈夫です。もうしないでいただけるのであれば、私はそれで」
 
 ダイヤモンドへの嫌がらせは、この瞬間をもって終了した。
 優秀な平民への嫉妬の感情が完全に消えたわけではないが、直接的な行動はオニキスとルビーによって咎められるという事実が、抑止力となった。
 
「オニキス様、ルビー様、ありがとうございました!」
 
「私は何もしていない。君のために動いたのは、ルビーだ」
 
「私も特別なことは何も」
 
「あ、あの、これ、せめてものお礼です! 受け取ってください!」
 
「お礼?」
 
「はい! 私の故郷で作られたペンダントです。その、私の故郷の言い伝えで、ずっと一緒にいられますようにって願いが込められています。もし、よろしければ」
 
 ダイヤモンドはルビーにペンダントを差し出しつつ、自分用の同じペンダントを取り出して、照れくさそうに笑った。
 
「ふふ、ありがと。大切にするわね」
 
「はい!」
 
 ダイヤモンドからルビーに渡されたペンダントは、ダイヤモンドのルビーへの好感度が無事に上がった証。
 オニキスの言葉は、オニキスのルビーへの好感度が無事に上がった証。
 ルビーは少しだけ破滅から遠のいた。
 
 
 
 一方のサファイアはと言うと。
 
「う、うーん」
 
「サファイア!」
 
「アメシスト……様?」
 
 ベッドの上で目覚めたサファイアは、枕に頭をつけたまま周囲を見渡し、両手でベッドを押さえてゆっくりと上体を起こす。
 
「痛っ!?」
 
 途中、手首が強い痛みに襲われ、何事かと自身の手を見てみれば、手首に包帯が巻かれていることに気が付いた。
 サファイアには、錯乱状態になった後の記憶が残っていなかった。
 当然、自傷した記憶もない。
 覚えのない怪我に首を傾げながら、サファイアは自身の記憶をたどる。
 
 そして、頭に浮かび上がる、ルビーとネールの姿。
 
「ネール!!」
 
 サファイアの脳は一気に覚醒し、ネールのところへ向かうべく、ベッドから出ようとする。
 しかし、その肩をアメシストが優しく掴んで止める。
 
「どこへ行くんですか。まだ、安静にしてないと」
 
「離して! このままじゃ私は破滅する!」
 
「破滅?」
 
「早く、ネールのところへ行かないと!」
 
 焦るサファイアの心情を、アメシストは理解できない。
 しかし、ルビーからサファイアを止める方法は聞いていた。
 
「それについては、ルビー様から伝言を承っています」
 
「伝言?」
 
「ネールの件はこっちで片づけておいたわ。オニキス様もダイヤも、貴女のせいだなんて思っちゃいないわ。……とのことです」
 
「……そう」
 
 アメシストの言葉を聞いたサファイアは、安心した表情を浮かべて、ベッドから出るのを止めた。
 同時に、目の前にいるのが婚約破棄をしたアメシストであることに改めて気が付き、気まずさから目を逸らした。
 布団を顔の方へと引っ張って、そのまま布団に潜り込んだ。
 ベッドの上に、布団の山が出来上がった。
 
「サファイア、ようやく会えましたね」
 
 アメシストが呟く。
 布団の山が、ぴくりと上下する。
 
 アメシストとサファイアが会うのは、婚約破棄よりも前。
 サファイアがひたすら逃げ続け、アメシストとの会話をずっと拒絶していた。
 目覚めたばかりのサファイアに対して重すぎる話題であると承知しつつも、アメシストにとって今後いつ訪れるかわからないサファイアと会話できる機会。
 アメシストは、言葉を選びながら、慎重に話し始めた。
 
「サファイア、その、婚約破棄の件なのですが」
 
「………………」
 
「貴女が婚約破棄を望むのであれば、私は受け入れます。ただ一つ、捨てられた男への情けとして、理由を教えてもらえませんか」
 
「………………」
 
「何を言われても、私は貴女を責めるつもりはありません。私は、ただ知りたいのです。私に足りなかったものを」
 
「………………」
 
「女々しい男と、笑っていただいても結構ですよ」
 
「………………」
 
 サファイアの頭に浮かぶのは、ゲームの画面。
 アメシスト・クロッカスという攻略対象が、プレイヤーの選択肢に応じて別の言葉を表示してくる、ゲームの画面。
 サファイアにとって、この世界は現実ではない。
 
 同時に、ネールの行動を思い出す。
 ゲームのネールは、サファイアの指示を受けて行動をしていた。
 SNSでは、自分の意思を持たないサファイアの腰ぎんちゃく、なんて馬鹿にする書き込みも散見された。
 サファイアも、ネールに対してそんな偏見があったことは否めない。
 だからこそ、ネールが自分で判断し、自分で行動することを想像できなかった。
 その結果が、このざまだ。
 
 ――でも、この世界は現実よ。皆、自分の意思を持って生きてるの。
 
 ルビーの言葉を思い出す。
 サファイアがこのまま沈黙を続ければ、アメシストは諦めて出ていくだろう。
 
 ゲームでは、サファイアとアメシストは婚約破棄をする。
 しかし、婚約破棄が成立するまでの過程は、描かれていない。
 果たしてアメシストは、いったいどんな気持ちだったのだろうか、ゲームのサファイアはアメシストに対して何をしたのだろうかと、サファイアは思考を巡らせる。
 当然、答えは出なかった。
 しかし、アメシストもまたネールと同様、自分の意思でサファイアの元へ来たことは理解できた。
 
 サファイアにとっての、現実の人間と同じように。
 
「オニキス様と婚約するために、私との婚約破棄をしたという噂も流れています。たとえ噂が事実であったとしても、私は」
 
「違います」
 
 だからサファイアは、少しだけアメシストの存在を現実として捉えることにした。
 全てを幻想と考えて、全てを拒絶するサファイアの行動は、ネールによって誤りだったと認識させられた。
 だからこその、偶然の気まぐれ。
 
「サファイア?」
 
「私は貴方といたら、破滅するの」
 
 だからこその、アメシストには決して伝わらない本音。
 
「破滅?」
 
「そう、破滅です」
 
「どういうことでしょう?」
 
「言葉の通りです」
 
 布団の山が、小刻みに震え始める。
 サファイアが、恐怖を思い出した。
 
 世界全てを幻想だと思うことで、破滅さえも幻想でしかないと無理やり閉じ込めた恐怖心が、一気に噴き出した。
 悪役令嬢サファイア・インディゴに待ち受ける、凄惨な未来。
 
 国外追放。
 過酷な生活。
 惨めな死。
 そして、アメシストから向けられる侮蔑の瞳。
 
「破滅する破滅する破滅する。嫌われる嫌われる嫌われる。皆から。貴方から」
 
「サファイア?」
 
「破滅なんてしたくない! 追放なんてされたくない! 死にたくない! 嫌われたくない! 誰からも! 貴方からも! 私は!!」
 
「サファイア!」
 
 アメシストは、サファイアの怯えを全て受け止める様に、サファイアを抱きしめた。
 
「死にたくない死にたくない」
 
 ボソボソと繰り返すサファイアに――。
 
「私が死なせません」
 
 力強い言葉を与えた。
 
「私には、貴女が何に怯えているのかわかりません。しかし、たとえ貴女の身に何が起きようとも、私は貴女の味方ですよ」
 
「嘘! 貴方は、主人公に味方した! 主人公と共に、私を、悪役令嬢サファイア・インディゴを滅ぼした!」
 
 依然、アメシストにサファイアの言葉の意味は分からない。
 分からないからこそ、冷静になれた。
 優しくなれた。
 
「そんなことしませんよ」
 
「たとえ貴方が何もしなくても、他のキャラクターが私を滅ぼす」
 
「させませんよ」
 
「でも……ゲームでエンディングは決まっていて……」
 
「仮にサファイア、貴女が破滅するというのなら、私も一緒に破滅しますよ」
 
 サファイアの震えが止まる。
 サファイアの涙は止まらない。
 サファイアの恐怖は未だ心の中に燻っている。
 
 だがしかし、サファイアは、破滅する自身の幻影の横に人影を見た。
 もしかしたら、破滅をした後でもサファイアの側にいて、サファイアと共に地獄を歩いてくれるだろう人間の存在を。
 
「あ……ああああああ!! アメシスト! アメシスト! アメシスト!!」
 
「はい。私は、ずっと貴女の隣にいてもいいですか?」
 
「いい! いい! ああああああああああああ!!」
 
 
 
 翌日、アメシストの口から、サファイアとの婚約破棄の撤回が発表された。
 周囲の、特にアメシストの両親からの反対は強かったが、アメシストが何度も説得を続け、しぶしぶながら認められた。
 
「とりあえず、一件落着?」
 
 婚約解消の知らせを受けたルビーは、にっこりと微笑んだ。
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