純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

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 コンコン。
 
「はい」
 
「ルビーよ」
 
「お、お入りください!」
 
 扉の奥から聞こえるサファイアの声を聞き、ルビーはサファイアの部屋の扉を開ける。
 サファイアは、依然部屋に籠っている。
 
「ルビー様、私、ここが現実だって、ちゃんと理解しました。私も、ルビー様を見習って、頑張って生きてみようと思います」
 
 サファイアの感情も、ずいぶんと前向きになった。
 しかし、恐怖はそう簡単になくなるものではない。
 感情が前進を促そうとも、身体がそれを拒む。
 
 代わりに、サファイアの部屋には人が来る。
 ルビーは当然、オニキスにアメシスト、たまにではあるがネールも。
 サファイアとネールは、最初こそ気まずそうにしていたが、互いに善意の掛け違い。
 今では、ぎこちないながらも笑いながら会話ができるまでになった。
 
 サファイアのもっぱらの楽しみは、部屋を訪れる人々と話すことだ。
 
「ルビー様、最近の学院生活はどうですか?」
 
「んー、ぼちぼちかなー」
 
「そうですか。私も、早く学院に通いたいです」
 
「あははー、待ってるわね」
 
 魔法学院への期待も、信じられない程に高まっている。
 だからこそ、ルビーの表情に影が落ちたことに気が付かない。
 
 ルビーは明日も彼女――エメラルドに会うと思うと、気が重かった。
 エメラルドは、以前にも増してルビーへ殺気を向けるようになっていたのだ。
 
 
 
 エメラルドのイライラゲージは、ピークに達していた。
 
「なによ! なによなによなによ!」
 
 入学から数か月。
 エメラルドは、常にオニキスへのアピールを続けてきた。
 しかし、暖簾に腕押し。
 オニキスは、エメラルドに対してひとかけらの興味も抱くことはなかった。
 
「なんでよ! なんで上手くいかないのよ!」
 
 オニキスには好かれない。
 
「あの女たちは何なのよ!」
 
 それどころか、オニキスはダイヤモンドとルビーの方に、強い関心を向けている。
 その感情は関心でしかなく、恋心とは異なる。
 しかし、何の感情も向けられないエメラルドにとっては、嫉妬するに十分であった。
 いっそ、自身の側近を差し向けて、将来の敵になりそうなダイヤモンドとルビーに嫌がらせでもしてやろうかと考えたこともあったが、ダイヤモンドへの嫌がらせはネールが実践済み、そして返り討ちにあっている。
 ルビーに対して行うことは、同じ公爵家という立場上リスクが高い。
 
「お兄様ー!」
 
「どーうした妹よ!」
 
 打つ手を失くしたエメラルドの一手はいつだって同じ。
 いつだって兄頼り。
 
「お兄様ー! 私、オニキス様と全然仲良くなれないのー」
 
 しくしくと泣き真似をするエメラルドに、兄であるペリドットは同情の感情が溢れた。
 
「おお、可哀そうに。エメラルドはこんなに頑張っているというのに。よし、兄に任せなさい! 必ず、エメラルドの恋を成就させてみせようじゃないか!」
 
「やったー! お兄様大好き!」
 
「すべて、この兄に任せておきなさい!」
 
 エメラルドから頼られたペリドットの行動は、迅速だった。
 サファイアの一件を挙げて、如何に級友との触れ合いが大切かを主張し、学院に対し定期的な交流会の開催を要求した。
 問題は、その頻度。
 二日に一回という多さだ。
 名目上は自由参加であるものの、他の生徒の模範となるべき公爵家以上の人間は推奨というルールまで作り上げた。
 もちろん、推奨は推奨。
 断ることにペナルティなどないが、ペリドットは両親を説き伏せ、王家への根回しも行い、オニキスの参加を実質的に強制化した。
 
 オニキスにとっては、最悪な提案。
 しかし、オニキスの両親にとっては、魅力的な提案だった。
 婚約者を失ってからと言うもの、オニキスはすっかり次の相手を探す様子を見せなかった。
 オニキスの両親は、このまま誰とも結婚をせずに生涯を終え、王族の責務を果たさないつもりだろうかとハラハラしていたが、そこへのペリドットの提案だ。
 少しでもオニキスが婚約者を探す機会が増えるならと、オニキスの参加を快諾した。
 否、オニキスにさせた。
 
「オニキス様ー! 本日も素敵ですねー!」
 
「ああ、ありがとう」
 
 公爵家以上の人間は推奨というルール上、エメラルドが常に参加していることに、何の問題もない。
 一人の人間がオニキスを独占してはいけないというルールもないので、エメラルドが常にオニキスの横に立っていることに、何の問題もない。
 
「オニキス様ー、私最近ー、料理の練習しているんですよー! 専属の料理人がいるので自分で作る必要はないですけどもー、やっぱり手料理って特別感ありますもんねー! 特に、好きな人に食べてもらえる手料理にはー!」
 
「庶民の中では、流行っているようだな」
 
「オニキス様ー! オニキス様のお好きなお料理は何ですかー? 私、挑戦してみようかなーなんてー」
 
「全ての料理が好きだ。料理人の努力が詰め込まれた料理を、どうして優劣つけられようか」
 
「……そ、そうですねー」
 
 交流会終了のチャイムが鳴る。
 待機していた使用人たちは、会場のテーブルに並べていた料理を下げていき、参加していた貴族たちも続々と会場を後にする。
 
「私も失礼する」
 
「あ、はいー。お休みなさいませ、オニキス様ー」
 
 オニキスも、悠然と会場を後にした。
 エメラルドは何とも言えない表情で、その背を見送った。
 
「ルビー」
 
「オニキス様? こんばんは。どうかなさいましたか?」
 
「少し話があるのだが、構わないか?」
 
「内密のお話でしたら、応接室をとりますが」
 
「ああ、頼む」
 
 そして、ルビーに話しかけ、ほんの少しだけ楽しげに表情を崩したオニキスを見た。
 
「…………」
 
 エメラルドは、今日一番の笑顔で、二人を呆然と眺めた。
 
 
 
「お兄様ー!」
 
「どーうした妹よ!」
 
 打つ手を失くしたエメラルドの一手はいつだって同じ。
 いつだって兄頼り。
 
「お兄様ー! 私、オニキス様と全然仲良くなれないのー」
 
「おっと、デジャブ?」
 
「私、ずーっとオニキス様に話しかけてるのにー、オニキス様ずっとルビー様ばかりとお話しててー」
 
「なんということだ! 交流会で、一人の人間を独占するとは、ルビー様もお人が悪い」
 
「でしょー」
 
 ペリドットは考える。
 ペリドット自身、オニキスが婚約に積極的でないことは知っている。
 そして、積極的でないオニキスに対して、両親が頭を抱えていることも知っている。
 
「妹よ、君はオニキス様と結婚したいんだね?」
 
「もちろんよー」
 
「結婚した結果、今のようにオニキス様から冷たく扱われたとしてもかい?」
 
「結婚してずっと一緒にいればー、今度こそオニキス様をメロメロにできるはずですー」
 
「万が一、の話だ。万が一、子孫を残す程度の最低限のご寵愛しかいただけなくても、君はオニキス様と結婚したいのかい?」
 
 ペリドットの目は、いつになく真剣だ。
 妹の前で普段見せる溶けかけのアイスのような弛緩したものではなく、エメラルドの幸せを心から祈っているからこその、厳しい瞳。
 
「もちろんですー。オニキス様の側にいられるならー、私、どんなことだって耐えられますー」
 
「そうか、わかった」
 
 エメラルドは、ペリドットの懸念の一割も想像できてはいない。
 ペリドット自身、そんなこと承知の上で、エメラルドの意思を尊重する。
 今しか見ないエメラルドにとっての幸せとは、今、エメラルドがやりたいことをやらせることなのだから。
 
「よし、兄に任せなさい! 必ず、エメラルドとオニキス様を、結婚させてあげようじゃないか!」
 
「やったー! お兄様大好き!」
 
「すべて、この兄に任せておきなさい!」

 ペリドットの策は、単純明快。
 オニキスは恋愛に対する意欲が著しく低下しており、しかし王族として子孫を残さなければならない使命感は残っている。
 その矛盾に苦しんではいる。
 ならば、両方を解決できる提案をすればいい。
 恋愛感情なしで、子孫を残せる提案を。
 
 政略結婚。
 
 なんともありきたりで、普通で、魅力的な提案を。
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