純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

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「ダイヤモンド!! これは一体どういうことだ!!」
 
 不敵に笑うダイヤモンドに向かって、青ざめた顔のオニキスが叫ぶ。
 その横で、ルビーは焼死体と目が合うや否や、気分が悪くなってその場にへたり込んだ。
 人間の焼死体は、ルビーにとって正気を耐えるには悍ましすぎた。
 
「どういうことって、要らなくなったから燃やしているんですよ」
 
「ふざけるな! これは立派な殺人だぞ!」
 
 人間が、人間の体を焼く。
 王国において、明確な罪である。
 どんな貴族でさえ罪に問われる、重罪。
 
「いいえ、これは殺人なんかじゃありませんよ。しいて言えば、そうですね。自殺、といったところでどうでしょう?」
 
「何?」
 
 ダイヤモンドの言葉の真意がわからず、オニキスは険しい表情のまま固まる。
 
「まさか……転生前の体を……」
 
 ダイヤモンドの言葉の真意がわかったのは、この場でルビーとサファイアのみ。
 ダイヤモンドはルビーの顔を見て、他の三人の顔を見る。
 転生者であることを暴いたルビーとともにいるのであれば、他の三人もダイヤモンドが転生者であると知っているという結論に至っていると、ダイヤモンドが推測するのは必然。
 
「そのまさかですよ、ルビー様。この体は、私の転生前の体です。転生前の体があると、転生状態を維持する邪魔になるのでね」
 
「転生?」
 
 が、事情を知らないオニキスは聞き返す。
 転生という、自身の知識にない言葉に対して。
 ルビーは自身の発した言葉の影響に気づいて自身の口を手でふさいだが、手遅れだ。
 オニキスに、転生という言葉を聞かれたことを自覚した。
 
「ああ。転生前の体でなく、私の元々の体と言ったほうが分かりやすいですかね?」
 
 そんなオニキスの疑問を、ダイヤモンドは転生前という言葉を結び付けるのに失敗しただけと解釈し、補足した。
 
「なんだ? いったい、何が起こっているんだ?」
 
 オニキスは、隣で立ち上がったルビーの顔を見る。
 ルビーの表情は、ダイヤモンドの言葉をすべて理解した者のそれであり、オニキスはますます混乱した。
 共感を求め、オニキスはサファイアの方へと振り返ったが、サファイアもまた、ルビーと同様の表情をしていた。
 サファイアの隣に立つルベライトだけは、オニキスと同様に状況が飲み込めていなかったが、オニキスは使用人が知らないのは必然と判断し、視線をダイヤモンドへと戻した。
 
「いや、今考えるべきは」
 
 知らない情報があるまま時間が進んでいく気持ち悪さが渦巻く感情で、オニキスは、転生に関する疑問をわきに置いた。
 ルビーとサファイアが知っているのであれば、この場において転生を知らない自身が少数派であり、転生とは何かが本質ではない。
 また、ダイヤモンドの口にした元々の体、といった言葉から、目の前にいるダイヤモンドはオニキスの知るダイヤモンドとは別人であり、焼却炉の中で燃える人間がダイヤモンドの体を乗っ取っていると推測できた。
 
 結果、オニキスは、自身の役目が焼却炉の中の人間が誰かを突き止めることと理解した。
 オニキスは、焼却炉から視線を背けるルビーに代わり、意識を焼却炉の中へと集中させる。
 
 
 
 小さな体だった。
 オニキスやルビーと比べても、小さな体。
 しかし、子供の体だから小さいのではなく、腰が曲がり、老化した体だからこその小ささ。
 着用していたであろう衣服の燃えカスは、王族や公爵家が身にまとうには安っぽく、庶民が身にまとうには上等だ。
 オニキスの中で浮かんだのは、王宮に勤める一人の女。
 
「王宮の……魔術医か……!」
 
 オニキスの言葉を採点するように、ダイヤモンドはさらに深い笑みを浮かべた。
 
「その通りですよ、殿下。まさか、私ごときを覚えていたとは恐縮ですよ。名前さえ覚えていない私ごときを……ね」
 
 オニキスとダイヤモンドの視線がぶつかった。
 
「王宮の魔術医?」
 
 ルビーがそう呟いたのは、王宮魔術医の存在を知っているからこそ。
 純白の少女シリーズのプロローグで、オニキスの元婚約者ジュラルミンが亡くなるシーンで、名前だけ出てくる脇役も脇役の存在。
 
「ああ。この国で最も魔術と医術に優れた人物だ」
 
 ルビーの呟きを、王宮魔術医を知らないが故と解釈したオニキスが補足する。
 オニキスは、一歩前に出て、さらに強くダイヤモンドを睨みつける。
 
「ダイヤモンドの急変は貴様の仕業か! 貴様が、ダイヤモンドの体を乗っ取ったのか!」
 
「その通りですよ、殿下」
 
 ダイヤモンドは、手品のネタ晴らしをするような笑顔で笑う。
 
「何故、こんなことを!」
 
「何故……? 異なことをおっしゃいますな、殿下。女が皇太子妃の席を欲するのに、理由などありますでしょうか?」
 
 笑っていたダイヤモンドの顔が、歪んでいく。
 苦しそうに。
 恨めしそうに。
 
「そう、私は欲しかったのですよ。絶対的な権力が! 財力が! 生きるために!」
 
「な、何を」
 
「殿下にはわかりますまい! 私の苦労を! 私が王宮魔術医の地位を得るために、どれほど血のにじむような努力をしたのかを!! 貴族となるため、どれほど血のにじむような努力をしたのかを!! 生まれながらの王族である、殿下には!!」
 
 
 
 彼女は、貧民の生まれだった。
 地位だけで言えば、平民であるダイヤモンドよりも、さらに下。
 ぼろ布が屋根替わりで、水溜りが飲み水替わり。
 地獄のような子供時代を送っていた。
 
 幸いだったのは、彼女の頭が良かったことだ。
 奴隷のように働く中で、奴隷を従える側の働き方を身に着けていった。
 いつしか彼女自身が奴隷を従える側に回り、貧民から平民へとのし上がった。
 
 平民となれば、最低限の勉学の機会に恵まれる。
 魔術と医術。
 両者を修めた者がいないと知り、彼女は死に物狂いで勉強した。
 目指したのは、貧民時代に憧れた富裕の象徴、王宮。
 貧民から平民になれたことが、平民から貴族にあがれるという彼女の強いモチベーションだった。
 
 努力は結果として現れて、彼女は王族からも高く評価され、王宮魔術医の地位を賜った。
 彼女のために新設された、特別な地位。
 彼女は王宮に住むことを許され、王族召し抱えの医者となった。
 
 そこで彼女が見た世界は、王族と貴族とそれ以外の、平民と貧民以上に高い壁。
 貴族を目指した彼女にとっては残酷な現実。
 彼女は手に入らなかったのだ。
 貴族の地位も。
 貴族の妻という地位も。
 
 だが、彼女は残酷な現実を受け入れなかった。
 貴族として生まれなければ、王族として生まれなければ、行けぬ世界がある。
 ならば、貴族として生まれ直そうと、彼女は転生の研究に手を出した。
 彼女の体が貴族の壁を越えられぬなら、体を変えればいい。
 
 そんな歪んだ努力。
 
 
 
「そう、全ては、私が王族となるため。私が、私の夢を叶えるために。たとえ、誰を犠牲にしようとも」
 
 叫びつくしたダイヤモンドの声は小さくなり、いつの間にか長年の片思いが叶った乙女の様な表情をしていた。
 本来のダイヤモンドは、犠牲となった。
 オニキスはその事実を理解し、同時に一つの予想が頭をよぎる。
 王族となるため、オニキスの婚約者の体を乗っ取ろうとしていた事実の裏に、ジュラルミンの姿が重なった。
 
「貴様まさか……ジュラルミンも……」
 
 ジュラルミンは死の直前、何の前触れもなく意識を失った。
 ダイヤモンドと同様に。
 そして、ジュラルミンの治療時もダイヤモンドの治療時も、横には王宮魔術医が立っていた。
 その場にいた医者たちが驚く医術と、魔術師たちが理解できぬ魔術によって、王宮魔術医は二人に干渉していた。
 
「ジュラルミンへの転生が失敗し、殿下が生涯結婚しないと言い出したときはどうしようかと思いましたよ。私が王族となれる次のチャンスが来なくなるではないですか。しかし、今となっては些末なこと。ジュラルミンへの転生が失敗した時のデータは、結果的に転生魔術を完成させた。新たな婚約者であるダイヤモンドは、私が王族となるための素晴らしい媒介となりました。殿下! 私はついに、夢を叶えたのです! たった二人の犠牲によって!!」
 
「貴様!!」
 
 狂喜するダイヤモンドに向かい、オニキスは走る。
 体が自身の婚約者の物であるということさえ忘れ、拳を固く握った。
 
「オニキス様! いけません!」
 
 ルビーの言葉も、届かない。
 怒りが体を動かす。
 
「私に勝てるとお思いですか? オニキス様ぁ!!」
 
 ダイヤモンドは、向かってくるオニキスとの間に見えない線を引くように、手を左から右に振った。
 瞬間、ダイヤモンドの目の前には見えない壁が作られ、オニキスの拳を受け止めた。
 そのままダイヤモンドが見えない壁に触れると、見えない壁はオニキスの体ごと前進し、オニキスの体を遠くへと押しやった。
 
 なんてことはない。
 王宮魔術医とは、魔術と医術の両者が国で最も優れている人間に与えられた称号。
 つまり、王宮魔術医の知識とダイヤモンドの才能を持つ今のダイヤモンドは、オニキスよりもはるかに強い。
 否、この場の誰も、ダイヤモンドに勝つことなどできない。
 
「あははははは! 運命に抗わないでくださいオニキス様!」
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