純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

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「ふん、ふん、ふふーん」
 
 ダイヤモンドは上機嫌だ。
 なにやら色々と動いていたルビーは、二度の謹慎室送りを経て、すっかり大人しくなっていた。
 牙を抜かれた獣とはこういうことを言うのだろうと、ダイヤモンドは妙に納得していた。
 
 いや、大人しくなったのはルビーだけではない。
 オニキスもまた、ダイヤモンドの行動に制限をかけることはなくなり、ダイヤモンドの自由は保障されていた。
 欲しいものは何でも手に入る、夢のような生活。
 
「あははは、これよ! これなのよ!」
 
 あまりの大人しさに、ルビーとオニキスが何か画策しているのではと疑う心もあったが、転生の魔法が完了した今、ダイヤモンドに恐れるものはない。
 魔法陣の発動。
 そして、存在しているだけで魂を元の体に戻そうとしてしまう王宮魔術医の体の処分。
 二つが完了した今、ダイヤモンドは転生の成功を疑わなかった。
 子供の頃から望んでいた幸せな未来の訪れを、信じて疑わなかった。
 
 
 
 人間が最も隙を見せる瞬間をあえて挙げるなら、努力が実った瞬間だろう。
 
 
 
 シトリンが魔道具の改修をしてから、日が経った。
 具体的には、ダイヤモンドが意識を失って倒れた日から、ダイヤモンドが豹変するまでの日と同じ日数。
 王宮魔術医が、転生の魔法陣の発動から身体を乗っ取るまでの間と、同じ日数。
 
「さーて、次は以前仕立てた服の受け取りに…………?? ぐうっ……!?」
 
 唐突に、それは来た。
 
 魔法学院の廊下を歩いていたダイヤモンドは、体内から心臓を引き剝がされるかのごとき痛みに襲われ、その場に膝をついた。
 だらだら流れる汗をぬぐう余裕もなく、自身の心臓を抑え、痛みの理由を考える。
 否、考えるまでもなかった。
 ダイヤモンドは――王宮魔術医は、一度経験したことのある痛みなのだから。
 
 転生は、自身の魂を無理やり引き剥がし、対象者へ魂を押し込むことで完成する。
 王宮魔術医は、ダイヤモンドの体を奪った時、同じ痛みを感じていた。
 故に、今自身に何が起きているか、容易に理解した。
 
「まさか……私の魔法が……!?」
 
「そうよ!」
 
 ダイヤモンドの疑問に答える、ルビーの声が響く。
 
「貴様……!」
 
 ダイヤモンドの視線の先に立つのは、七人の主要キャラたち。
 悪役令嬢、ルビー、サファイア、エメラルド。
 攻略対象、オニキス、トパーズ、アメシスト、シトリン。
 そして七人の視線の先には、主人公ダイヤモンド。
 否、名もなきモブキャラ、王宮魔術医ピケ。
 
 ダイヤモンドは、七人の中にシトリンが含まれていることで、自身の置かれている現状の理由を理解した。
 シトリンは、王宮魔術医ピケの作った魔法陣を、ピケの次に知る人物。
 それゆえピケは、シトリンが自身の敵に回った時、魔法陣の構造を暴かれ、転生の魔法に干渉する何かしらの方法を編み出す危険性を想定はしていた。
 
「さあ、貴女の転生は、もう終わりよ。私の友達を、ダイヤを返しなさい!」
 
「まだ終わりでないわ!!」
 
 想定していたと言うことは、対策もできているということだ。
 ピケは自身に魔法をかける。
 体内にある魂の動きを阻害し、ピケの魂がダイヤモンドの体外へ出ていくことを防ぐ魔法。
 
「往生際が悪いわね」
 
「はあ……! はぁ……! ようやく手に入れた理想の体……! そう安々と返すわけがなかろう?」
 
 苦しみながらも不敵に笑うピケを、ルビーは強く睨みつける。
 
「わかる、わかるぞ。お前の考えていることは。これは、お友達の体だもんなあ?」
 
 否、睨みつけることしかできない。
 ピケの持つ体はダイヤモンドの体。
 ルビーは、ダイヤモンドの体を傷つけることなどできなかった。
 ピケは、そんなルビーの心情をきちんと理解していた。
 そして傷つけることができないのは、ルビー以外の五人も同じ。
 
 
 
 そう、五人。
 
 
 
「風魔法! エメラルド・フラッシュ!」
 
「ぎゃー!?」
 
 予想外の攻撃で、ピケは不意打ちを受けて吹き飛んだ。
 
「ぎゃー!?」
 
 予想外の攻撃で、ルビーは攻撃したエメラルドの胸倉を掴んだ。
 
「あんた何やってんのー!?」
 
「えー? 軽く吹っ飛ばしただけだから、平気平気ー」
 
 ピケの魂とダイヤモンドの体、恨みのある両者を吹き飛ばすことに成功したエメラルドは、いっそ清々しい表情をしていた。
 
「あんたの自慢のエメラルド色の髪、この場で燃やしてチリチリにしてやりましょうか?」
 
「ごめんなさーい!?」
 
 が、すぐに怯えの表情へと変わった。
 
 地面に叩きつけられたピケはすぐさま立ち上がり、魔法によって傷を負ったダイヤモンドの体を修復する。
 ピケは王宮魔術医。
 この世界で最も、回復の魔法に長けた存在。
 傷の一つや二つ、どうと言うことはない。
 しかし、ピケの警戒心は大きく強まった。
 
 その理由が分かったのは、ピケ本人ともう一人。
 
「いや、いい手ですエメラルド。さすがは、私の婚約者なだけあります」
 
「え?」
 
 エメラルドに次いで、シトリンが魔法を放つ。
 エメラルドよりも威力を抑え、凡人の回復の魔法で直せる程度の小さな傷をつけ続ける魔法。
 
「ぐうぅ!?」
 
 ピケは、体を傷つけぬよう自身の魔法で相殺にかかる。
 
 貴族社会において、体の傷は充分な婚約破棄理由に該当する。
 過去にも、腹部の大きな傷を隠していたことが原因で、新婚初夜で婚姻関係が破綻した貴族の逸話も存在する。
 つまりシトリンの攻撃は、ダイヤモンドとオニキスの婚約を破棄させうるもの。
 ピケにとって、ダイヤモンドの体は守るべき対象だ。
 
「どういうことですかシトリン様?」
 
 ルビーにとって、エメラルドの行動は信用に値しない。
 が、シトリンの行動は信用に値する。
 故に、状況の説明をシトリンに求めた。
 
「彼女の目的は、オニキス様との婚約。ならば、ダイヤモンドの体を傷つけるわけにはいかないはずです。私の攻撃に対し、彼女は魔法で防御するしかない」
 
「……それって?」
 
「そして転生の魔法は、体に魂が定着するまで、継続的な魔法の使用が必要です。だからこそピケは、シトリン商会に継続的な魔法の使用に代替する魔道具の開発を依頼しました。つまり今、新たな魔道具によって魂の定着が解かれ、ピケがダイヤモンドの体を維持するためには、転生魔法を維持するために魔法を使い続けなければならない状態にあると推測されます」
 
「ということは、ピケに攻撃を浴びせ続けて魔法を使わせ続けることができれば!」
 
「そう。王宮魔術医といて、魔力は無限ではありません。いつか限界が訪れ、転生魔法が維持できなくなり、ピケの魂はダイヤモンドの体から離れることになるでしょう」
 
 理解したが早いか、七人の行動は決まった。
 
 シトリン同様、小さな傷をつけ続ける威力の魔法を、ピケに放つ。
 この作戦のリスクと言えば、ダイヤモンドの体に治療不可能な傷が残ってしまう可能性があることだ。
 が、魔法を放つ人間の中に、ダイヤモンドの婚約者であるオニキスが含まれていることで、そのリスクも黙認された。
 私はダイヤモンドの体に傷がついていようがダイヤモンドと婚約する決意は揺るがない、というオニキス意思表示によって。
 
「ぬう……うおおおお!!」
 
「戻ってきて!! ダイヤ!!」
 
 ルビーは、叫んだ。
 
 ピケは考える。
 どうしたらこの場を収めることができるのか。
 
 いっそ魔法を全てくらい、ダイヤモンドの体を盾にすべきか。
 否、すべての魔法を食らった結果、ピケが意識を失った場合、ピケは魂を定着させる魔法を発動し続けることができず、転生が終了する危険性がある。
 七人すべての攻撃を跳ね返すほど、大きな魔法を使うべきか。
 否、七人全員を返り討ちにすることは可能だが、その場合は魂を定着させる魔法に魔力を回せず、やはり転生が終了する危険性がある。
 
「ぐ……う……!!」
 
 一度ダイヤモンドの体から離れ、ピケ自身の身体に戻り、再度別の人間へ転生するか。
 否、ピケの体は、既にない。
 
 自身の身体が存在すると、自身の魂が本来の体に戻ろうとする力が働いて、転生の魔法が完成した後でも魂が抜けてしまう危険性があった。
 故に、早々に処分した。
 過去の、忌まわしい記憶と共に。
 
「こ……こんな……!!」
 
 つまりは、詰みだ。
 
「ふ、ふざけるな!! こんなところで私の!! 私の夢が!!」
 
 転生の魔法が解除された場合、理論上、魂が元の体に戻って終わり。
 では、元の体が存在しない場合、行き場を失った魂はどこへ行くのだろうか。
 ピケの魂はどこへ行くのだろうか。
 転生の魔法が過去に存在しなかった以上、その答えは誰にもわからない。
 
 想像するに、永久に魂の状態で世界を浮遊するのか、あるいは死ぬかの、いずれかであろう。
 
 どちらにせよ、ピケの夢は終わりを告げる。
 
「貴様らは!! 貴様ら貴族はいつもそうだ!! 貴族以外を見下し、平民の夢を踏みにじり、努力を嘲笑う!! なんの苦労もせずに、当たり前の顔をして平民を踏みつける!!」
 
 死にゆく人間が残せるのは、言葉だけ。
 七色の魔法の中から、ピケの断末魔が響く。
 
「苦労知らずの小童どもが!! なぜ私の幸せの邪魔をする!! なぜ私が幸せになる邪魔をする!! 私は!! 私はあああああ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まるでダイヤモンドの体を中心に大爆発でも起きたかのように、まばゆい光が魔法学院中を包んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私はただ……幸せになりたかっただけなのに……」
 
 か細い声と共に。
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