4 / 37
第2章 悲劇の予兆
ピンクの小皿
しおりを挟む「ただいまー。」
開いたドアの先、明るい玄関が扇形に広がるやいなや、アンはそこに母の靴がないことに気づいた。
「あれ?ただいまー……。」
リビングに入って、いつものようにランドセルをそばの和室に置きながら、アンは茶色のテーブルの上に置かれた1枚の小さな紙を見つける。裏のピンク色が透けているので手に取って裏返してみると、それはアンの部屋の卓上カレンダーの裏紙だった。
「おかえり~。ママは居須崎総合病院(家の前の病院)に行っているので、4時ぐらいに帰ってきます。台所のお菓子ボックスの中から適当に選んでお菓子置いといたので食べてね。何かあればママのけいたいに○※☆ー△*%△ー◇※○○電話下さい。」
つまりそれは置き手紙だった。「おかえり~」の隣には、敵の能力をコピーできる某テレビゲームキャラクターの絵と「パオ」と書かれた吹き出し。下の方にも団子、ぼんぼりと並んでハゲ頭のオヤジの顔が描かれていて、「きょうはたのしいはげまつりー」とある辺り、母らしいと思ってアンはくすりと笑った。
でも、と呟いて目を落とす。テーブルの上にはお菓子なんか無かったのだ。ただ手紙の上に重しとしてピンクの小皿が置いてあっただけだった。小皿に見覚えは無かったが、きっとお菓子はこの皿に乗せられていたのだろうと思い、アンは皿のくぼみに手をかざした。
ツ、と何か液体に触れた、そんな感じがした。えっ、と声を漏らして手を引いて見たが、アンの指先には濡れた跡は無い。気のせいか、と考えた。しかしやっぱりあの感触は、固体に触ったときのものではない。初めて見る皿であることを理由にして、アンはもう一度くぼみに触ってみた。
するとアンの指先に皿の表面が吸い付き、続いて人差し指から順番にそこに沈んでいったのだ。
「あっ!」
指の根元近くまで皿に吸い込まれたところで気づいたアンは急いで手を出した。たった今まで自分の指先が飲み込まれていた小皿の表面が、同時にぱちゃんと音を立ててしぶきを飛ばした。驚いて小皿の周りを見たが、テーブルには水滴一つも見当たらない。そしてあんなに深くまで沈み込んだアンの指もまた、外から帰ってきて手を洗う前の汚れた指のままだった。
そこで考えたアンは、台所にお菓子を取りに行った。
台所から戻ってきたアンは、手に沢山のお菓子を抱えていた。一旦それらをテーブルの上にどっ、と置くと、そのうちの1つを小皿のくぼみに乗せた、はずだった。途端にそのお菓子は皿の浅い底にずぶずぶと沈んでいき、見えなくなったのだ。もう一つ乗せてみたが、やはり皿の中に消えてしまった。そうして乗せていくと、ついにお菓子は全て残らず無くなってしまった。
次にアンは自室で自分を待っていた飼い犬のラッキを抱き上げると、そのままリビングに戻って来た。尻尾を振ってあたりを見回すラッキを見つめて、かわいそう、と感じたものの、まさかね、さっきのお菓子よりもずっと大きいラッキがね、とも思い、愛犬を小皿の上に座らせてみた。
次の瞬間、ラッキが首を持ち上げたと思ったら、突然バランスを崩して足から小皿に吸い込まれていった。「キャン、キャンキャン!!」
ラッキもあっという間に皿の底の水面下に沈んでしまった。
「やめて、やめて、待って、ちょっと!」
アンが引き上げる間もなく、愛犬は皿の中に消えていったのだった。
翌日、アンは朝から憂鬱だった。まさかあんなことになるなんて。昨日のことが頭から離れないまま俯いて学校の階段を上る。
「おはようございまあす。」
「おはようございます…。」
隣のクラスの担任のヤマイ先生が元気に挨拶して追い越していく。ガラガラガラガラ。
「…えっ!?あ!!」
職員室のドアが開いた後、ヤマイ先生の声に続いて誰かが走る音がした。
「……ん?」
アンが顔を上げると、跳びはねるようにこちらに駆け寄ってくる犬が1匹。アンは自分の目を疑ってしまった。それは昨日皿の中に消えたはずのラッキだったのだ。アンの顔がぱっと明るくなった。
「…ラッキ!!」
舌を出して走ってくるラッキを、アンはしゃがんで腕の中に迎え入れた。ラッキの喜ぶ姿を見て、アンは愛犬と抱き合った。
「な…なんだこれは……!!」
一方、職員室に足を踏み入れたヤマイ先生は呆然と立ちつくしていた。職員室の中には、あちこちに散乱したお菓子とそれらを拾い集める教職員たちがいて、ヤマイ先生のデスクにも袋に入ったクッキーがあった。
「これは…クッキー?」
ヤマイ先生が袋をどけたその下から、ピンクの小皿が現れた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
