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第2章 悲劇の予兆
悲劇
しおりを挟むユリがこのデパートにやって来るのは通算何回目になるだろう。
今年の春に大手企業に吸収合併されたことで来客が増加したこの店舗は、店内が改装されて商品の種類の傾向が変わっていた。
今日は母の故郷、といっても1県またいでいるだけだが、そこに泊まりに来て4日目だ。このデパートは母の実家から車で5分程度の場所で近い。今は母と一緒に食料品売り場に買い物に来ているのだ。
母はレジを済ませ、ビニール袋に買ったものを入れている。ユリはふとエスカレーターの横の広いスペースに目が行った。服などのセールをしているようで、広告のべたべた貼られた銀色のカゴが密集していた。真上には「50%OFF!」を唱う大きなバルーンが天井に頭を擦らせて浮かんでいる。
「……ドドドドドド……」
その時、ユリは床から何か聞こえるのに気づいた。
「…ドドドドドドドド…」
音は真下から迫ってくるようだった。ユリは不安になり、その場を離れた。セールに群がっていた人たちの何人かも異変を感じたらしく、辺りを見回している。
「……ドドドドドドドドオーン!!!」
すると突然、物凄い音が響いてバルーンの真下の床が突き破られた。銀色のカゴと中の衣服が宙高く舞い上がって、ユリはとっさに目を逸らしてしまう。
「ガコン!!」
「バチン!!」
カゴが落下して床に叩きつけられる音。
…ユリは恐る恐る視線を上げ始めた。だがそこにその姿を認めた時、息を飲まずにはいられなかった。
階下から登場したのは、巨大な灰色の猫だったのだ。
「うわぁー!!!」
「キャー!!!」
ユリは脇目も振らずにレジに戻った。両手にレジ袋の母の手を引き、エスカレーターを目指す。
散乱した衣服に足をとられそうになりながら、とにかく走った。頭は真っ白だった。転げ落ちそうな勢いでエスカレーターを駆け下りていく。ここから逃げなければならない。ただそれだけ、それだけ考えてユリは必死に走った!
つんのめる度に黒と黄色のツートンが視界を占拠して、その度にベルトを掴む左手に力を込めて顔を上げた。途中、フサフサした灰色の柱がフロアの床から天井まで伸びているのが見えたが、気にしている暇はなかった。逃げ惑う人々の悲鳴、地震の後のような店内の有様。それらはまさしく地獄絵図であった。
前へ、前へ、前へ、走り続けてそこでようやく、ユリは1階に来たことに気づいた。すぐそこに、自分たちが入ってきた入口の自動ドアがある。ユリは母の手を更に強く握り、入口へと続く細い通路に突っ走っていった。左右の壁に掛かった絵画を次々に後ろへ押していくように、ドアに飛び込む、次の瞬間。
「ズガアアアアアアァァァァァーン!!!」
ユリは駐車場のアスファルトの上に顎を打ちつけていた。顔面の下半分に焼けるような痛みが訪れる。
「いっ……!」
外側に曲がりそうな膝に体重を乗せて、それでもなんとか立ち上がった。
「…ッ!お、お母さん、車どこ⁉︎」
吐きたい息を、喉を枯らしながら吸い込んだユリは、この時やっと母に話しかけることができた。が。
「女性が1人食べられたー!!」
紅潮した顔で振り向いたユリの後ろには、瓦礫に変わり果てたデパートの入口だけが残されていた。
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