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第7章 探検隊
真紅のバラ
しおりを挟むそんなことを考えていた。けれど無理なんだ。分かってるーー
僕はある日気づくと、この家にいた。普通の家の一室程度の広さの家。窓はあるけど、ドアはない。家具もない。壁と床と天井に囲まれた、部屋。
窓から臨めば、外は一面、マイナスのオーラを具現化したような群青色だ。
ビルも木もないけれど、一戸建ての家が見える。その家にはいつも暖かい黄色の明かりが灯っていて、3人の人影が映っている。その影はいつも楽しそうで、みんなで遊んだり、食卓を囲んでいるようだった。僕のところも、あんな風だったら…。
僕はこの家に来てから、食べ物を食べなくても飲み物を飲まなくても死なないようになった。呼吸を止めようとしても、なぜかどうにもできない。トイレだって行きたくならなくなった。でも、知ってる人は誰もいない。この家に、いや、今僕がいるこの世界には、まともな人間さえもいないのだ。どうしてこんなことになってしまったのか、それはきっと、誰にも分からない。
僕のいるこの狭い家には、僕以外に22人がいる。いや、22の生き物がいるといった方が適切だろうか。
まず、踊りながらこの家の壁に沿って歩いているスーツの男がいる。スーツの上の頭部はデジカメで、どこかで見た気がするもそれがどこだったか覚えていない。
部屋の床には桃のミニチュアと大きめの水たまりがあるのだが、その桃のミニチュアに電車の模型が突っ込んでいる。電車の中には20人の小人がいて、その中には運転士と車掌もいる。乗客達は電車の中ですし詰めになって、小さいながらも意外と大きな声でしゃべっている。彼らをなだめる運転士と車掌が時々模型から出てきて床に降りることもあるが、小人達の騒ぎはいつまでも収まらない。どうやら電車が桃にぶつかって動けないみたいだ。ここまでで21人ということになる。
最後の1を説明するに当たって、僕の話をしよう。僕は星好きで、ここに来る前はいつも星座の本を見ていた。そしてある時ヘラクレス座を調べていると、ヘラクレスはたくさんの魔獣と戦ったといわれていることを知った。その魔獣の中に、ハーピーというやつがいる。そのハーピーが今僕の横で、天井から吊るされた鳥かごに入ってキーキー鳴いている。
「キーキーキー!」
ハーピーの甲高い鳴き声が、いつにも増して耳障りに聞こえる。
「キー、キーキーキー!」
"バスッ、フルフルフル、バスッ、フルフルフル!"
鳴き喚き、体をかごにぶつけて息を吐くハーピーの
「キー、キーキー!」
という鳴き声がまた聞こえた。今日はいつもより凶暴になっているのだろうか。
"バスッ、フルフルフル、バスッ、フルフルフル!"
そこへさらに別の声が聞こえてきた。
"ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ"
「…おいいつまで待たせんだよぉ…」
「………どうすればいいの………」
「おかーさん!早くお家帰りたい!」
電車の中の小人達が騒ぎ出したのだ。
もうやめてくれ。
僕の体力は限界に近づいていた。
今まで僕はどこの誰で、どうやって生きてきたか。それははっきりと思い出せるはずなのに、今の僕に残されているのは、この訳の分からない部屋から外を眺めて諦めることだけだ。
「ねぇーおーかーあさーん!早くお家!」
僕だって帰る家がある。あの小人の子供が電車の模型からどこに帰るのか、それはどうだっていい。僕は、僕のもといた場所へ帰らなければいけないじゃないか。
「キーキーキー!」
「電車を止めろぉ!」
「まだぁ?」
「桃をどかせぇ!」
「キーイィイ、キーイィィ!」
「黙れ………。」
僕は久しぶりに言葉を発した。たぶん。
僕は……僕の手はたぶん、真っ赤になるぐらい力強く握られている。そして僕の顔もきっと、怒りで蒼白になっているんじゃないだろうか。
「…うるせぇ…………」
僕が言葉を連続して発したのって、何日ぶりだろうか。
「うるせぇ………」
口から出る言葉とは裏腹に、僕の気持ちはほとんど冷め切っていた。思考を停止しているといった方が適切かもしれない。
「………うるせええ!!」
その言葉と同時に、僕はデジカメ頭の男に迫って、その肩をつかんで部屋の真ん中に押し倒した。デジカメ頭は大きくよろめき、桃のミニチュアのそばの水たまりに浸かった。するとなんと、水たまりが底なし沼であるかのように、男はその中にずぶずぶと沈んでいったのだ。助けを求めて片手を上げていたデジカメ頭の最期の姿は踊っている時のどれかの様子に似ていたが、それがどんな踊りだったかは分からなかった。
続いて僕は電車と、それから桃をつかんで、右手の電車の模型を水たまりに、そして左手の桃も水たまりに放りこんだ。
「バシャアン!バシャアン!」
大きく水しぶきが上がったが、憐憫の念は湧かなかった。
そして最後にハーピーのかごを引っ張って、かごと天井をつなぐ鎖を壊した。即座にハーピーをかごごと水たまりに投げ捨てる。ハーピーは最後までキーキー喚いていたが、かごから出られない上に金属製のかごは重くてすぐに沈むため、意外とあっさり静かになった。
…………終わった………………………………………。
長い長い、沈黙が幕を開けた。
22の邪魔者はいなくなり、これでとうとうこの家は僕1人だけになってしまった。
これから一体、どうすればいいのだろ、あー…………
"バタン!"
僕は床に横向きに倒れていた。突然目眩に襲われ、バランスを崩したようだ。
もしここで死が訪れる時が来るのなら、それはもしかしたら病気で倒れて死ぬのかもしれない。
僕はまたゆっくりと身体を起こそうとして、ヨロッとよろけた。
「あっ!」
次の瞬間、目の前には水面が見え、背筋が凍ると同時に全身が水に浸かった。
"ドボォン……"
僕は深い深い水の底に沈んでいった。
気がつくと、知らない家にいた。
普通の家の一室程度の広さの家。窓はあるけど、ドアはない。家具もない。壁と床と天井に囲まれた、部屋。
身体を起こして見ると、この家の壁に沿って歩きながら、スーツの男が踊っていた。だがスーツの上には頭ではなくデジカメが乗っていて、こんなのをどこかで見た気もするが、それがどこだったかは覚えていない。
窓から臨めば、外は一面、マイナスのオーラを具現化したような群青色だった。ビルも木も見当たらないが、一戸建ての家が見える。その家には暖かな黄色の明かりが灯っていて、3人の人影が映っている。その影は楽しそうで、みんなで食卓を囲んでいるようだった。
「キーキー!」
突然動物か何かの鳴き声がしたので後ろを振り返ると、そこにはなんと金の鳥かごに入った化け物がいた。鳥のようだが、顔は物すごく凶暴そうで……そうだ、あれはハーピーじゃないか。本で見たことがあるが、まさか神話の中の魔獣が本当に自分の目の前に現れるなんて………。
その時、僕は妙な既視感に襲われた。この光景…………僕はもう、何回も見ているんじゃないだろうか。
あぁ、そうか。…………リセット……される、ってことか。
どうすれば、どうすればこのループから、この世界から逃げられるのか。
そんなことを考えていた。けれど無理なんだ。分かってるーー
そういえば、この家の外には花壇があったはずだ。
うん、ある。
ここには深紅のバラが植えられているはずだった。
ある、うん。
しかし…その葉の所々は、黄ばんだ枯葉に変わっていた。
向こうの戸建てのそばにも、花壇があったはずだ。
うん、ある。
そこにも深紅のバラが植えてあったはずだ。
よし、ある。
しかし…そのバラは僕のいる家の前の花壇のバラよりも、明らかに赤かった。
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