一寸先は闇

北瓜 彪

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第7章 探検隊

125㎤の宇宙

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 理科の時間、実験の準備をしていた時のこと。
 理科室の教卓の端に、綺麗な黒い箱が置いてあった。 
 こんな実験器具見たことない。
 箱の中にはキラキラ光る粒がいっぱいひしめいていたから、わたしはすこしびっくりして近くに寄って見た。
 それは太陽系を中心に置いた宇宙のミニチュアで、光っていたのは星だった。  
 わたしはその場で先生に聞いてみたが、そんな物は知らないと言われた。面白そうだったので同じ班のみんなに見せていたら、
「後で調べておくから実験を始めなさい。」
と言って先生が持っていってしまった。


 次の日先生に聞くと、あんな物は理科室になかったという返答だった。もっと箱を真近で見たかったわたしは、先生にせがんで箱を持ってきてもらった。
 目側にして縦5㎝、横5㎝、高さ5㎝。算数の授業で先生が言っていた言い方を思い出しながら、わたしは改めて箱を見つめた。125㎤の立方体ってところですかね。
 見ているうちに、この箱の中にどうやってこれだけの微細な模型を入れたのか気になった。オレンジ色の太陽はこの模型の炉心で、手を触れたら本当に火傷してしまうんじゃないかと思った。その周りを回る水星、金星、地球…その他箱の中できらめく沢山の粒。太陽系には数えても数えても数え切れない程の星があるんだと実感した。
 ふと、わたしはあることを考えて、顕微鏡を使わせてほしいと先生に頼んだ。でも流石にそれはだめだと言われてしまい、わたしはしぶしぶ引き下がった。

 しかし、わたしには考えがあった。実験で同じ班だったナオミも箱を見たいと言っていたので、わたしはナオミに一芝居打ってもらうことにしたのだ。その箱は自分の落とし物ではないか、とナオミが先生に申し出て、落とし主のふりをして箱を貰う。こうしてわたしはナオミから箱を受け取ったのだ。うちには科学部に所属しているお姉ちゃんがいるから、頼めば部屋の顕微鏡を貸してもらえるだろう。そうしたら、ナオミと2人で箱の中を観察するのだ。


 3日後、わたしの作戦は成功し、わたしは箱をうちに持って帰った。お姉ちゃんは
「しょうがないわね。」
と顕微鏡を貸してくれ、ナオミを部屋に呼んで観察が始まった。
 まず、地球に焦点を合わせてクローズアップしていく。
 最初にセルリ大陸が見えた。
 移動していくと居須崎圏が見え、そしてわたし達が住む町を見つけた。大陸の形といい住宅の模型といい、地図サイト並みの緻密さでびっくりした。
 わたし達の小学校の白い校舎が見つかって、ナオミが
「あっ、ここ!」
と声を上げた。
 わたしは慎重に箱を動かし、赤い屋根の家を探す。
 「あぁ、すごい。」
程なくしてこの家が見つかり、わたしは窓の奥に見える部屋の様子に声を漏らした。
 そう、わたしがやりたかったこと、それはこの箱の中にミニチュアのわたしを見つけることだった。
 そこには顕微鏡をのぞくわたしとナオミがいた。2人とも、今と全く一緒の服を着ている。その2人が部屋の勉強机に顕微鏡を置いて、こっちに背を向けてしきりにのぞき込んでいる。勉強机の電気スタンドの構造も、その光量も、部屋の隅のラックのガラス扉にもたれかかった熊の縫いぐるみも、みんな忠実に再現されている。
 すると、わたし達のミニチュアから離れたところで座っているお姉ちゃんのミニチュアが、おもむろに椅子から立ち上がった。わたしのミニチュアが手を上げ、お姉ちゃんのミニチュアが振り返るが、何かを話して、部屋から出て行った。
「あっ、行っちゃった。」
横で見ていたナオミが口にした。
 箱の中のミニチュアが、動いている。
 わたしはこの箱がただの宇宙のミニチュアではなく、この世界の様子を細部まで再現した驚くべき代物であるということに高揚した。
 「ガッ」
 その時、お姉ちゃんが立ち上がって部屋から出て行こうとした。
「どこ行くの?」
わたしが呼び止めると、お姉ちゃんは振り返って
「トイレ。」
と言って出て行った。

 あれ……?
 ここでわたしは違和感を覚えた。お姉ちゃんが立ち上がり、わたしが呼び止め、お姉ちゃんが振り返り、でも部屋を出て行った………。
 箱の中の世界であったことが、現実の世界でも遅れて起こる!
 わたしはそう直感した。

 わたしは今度は家の前の道路をたどって色々と見ていった。するとすぐに、わたしの家の方へ向かって歩く女性を見つけた。エコバッグのようなものを提げている。女性がわたしの家の前を通ったところで、手提げから長ねぎを落とした。気づいた女性は戻って、しゃがんでねぎを拾い、それを手提げの中に入れようとして、入らずに苦戦している。
 「あっ、マミ!」
 ナオミに肩を叩かれ、わたしは顕微鏡から目を離した。
「外、あそこで歩いてるのって…。」
 言われて窓の外を見ると、今と同じ女性が長ねぎの飛び出た手提げを持って歩いていた。 女性が丁度わたし達の真下に来た時、その人の手提げの長ねぎが傾いて、ドサッといって地面に落ちる。
 わたしは興奮して言った。
 「やっぱり…やっぱりそうなんだよナオミ!この箱はちょっとだけ未来の世界を立方体にまとめた、未来の世界のミニチュアなんだよ!」
 ねぎを入れ直そうとあたふたしている女性を見ながら、わたしの直感は確信に変わった。

 それ以来わたしは、お姉ちゃんの顕微鏡と箱を使って全宇宙の未来を見ることができるようになった。
 学校を休んだ日も、箱の中の体育館をのぞけば、その日の体育のバスケの試合が見られる。次の日登校したわたしが試合の結果を言うと、ナオミ以外のみんなは一様にびっくりしていた。
 先のことも見通せるから、箱の中の家のキッチンを見ていれば、その日お母さんが夕食に何を作るのかも分かる。
 全宇宙を見て回れるのだからもっと大統領官邸とか他の惑星とかを見ればいいのに、とナオミには言われたけど、わたしは知らないところに行くよりも、知っているところの様子を未来まで丸裸にして見られる方が面白かった。


 ところが。
 毎日毎日箱をのぞく生活を続けるうちに、わたしはみんなから気味悪がられるようになっていった。当人にしか分からないようなことを言い当てるわたしは「予言者」とか「ストーカー」と呼ばれるようになり、そしてある日、もう箱をのぞかないことに決めた。


 「マミ、またわたしにもあの箱見せてよ。」
 箱から離れて2、3週間後、ナオミが休み時間にそう言ってきた。
「わたし、あの箱が未来を予言してる、っていうマミの話、最初は半信半疑だったの。確かにねぎを落とした女の人はわたしも見たけど、何か裏の仕掛けがあるんじゃないかって。でも、考えてみたらわたし達1人1人まで再現した模型なんて、普通はあり得ないよね。それに、マミがあの箱を見て色んなことを言い当ててるって聞いて、マミが見つけた箱、実はすごい物だったんじゃないかって思って。お願い!」
 その時はもう、箱をどこにやったかも忘れてしまおうとする程に箱はわたしにとっていやないやな記憶だった。しかしナオミの頼みなら仕方ない。わたしは
「箱を取り出してランドセルに入れること」
と連絡帳にメモした。

 もうナオミに箱をあげてしまおうと、帰宅して真っ先に箱を探し出した。わたしがこのきらびやかな宇宙の中にいる全ての人のこと、そしてその未来を予言できると思うと、一気に暗い気分になる。確かにわたしは気味悪くて怖い存在になろうとしていたんだなあ。
 わたしは太陽系を見つめて、それをランドセルの中に入れようとした、その時。
 1つの塊が地球に向かっているのが視界に入った。
 それは炎をまとい、岩のような見た目をしている。
 「隕石だ………。」
 つぶやいて数秒後、わたしはその事態の恐ろしさに気がついた。
 このままじゃ……
「地球が滅亡する!!」
 わたしは即座に箱に手を振り下ろした。箱の外面は結構やわで、すぐに破けた。わたしは箱の奥に手を突っ込んで、止まらない隕石を掴むと、1、2、3、4、5、と、いや、それ以上の回数、握りしめた。
 手を開くと、隕石は粉々になり、ちりと化していた。

 「グシャ!!!」
 その直後、雷の何倍も大きな音が空に轟いた。
 びっくりして振り向くと、窓の外の青空には………大きな穴が空いていた。
 その穴の中では、今と全く変わらない、ぽかんと口を開けたわたしの姿が、わたしの家を見下ろしていた。




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