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第11章 上には上がある
点睛
しおりを挟む狩野永徳の「唐獅子図屏風絵」が、美術館の管理室の奥に散乱している。それらが封鎖するのは、「秘密室」のドアだった。
その中では、世界各国から集められた十人十色の画家たちが、会議をしていた。
「これこそが、問題の『龍』じゃ」
日本人の書道家が示したのは、部屋を陣取るようにかかげてある、すごいかんろくの竜の絵だった。おう米陣は、ふだん見慣れぬアジアのドラゴンにおどろき、会議の席はざわついた。
書道家が続ける。
「この絵の竜は片目が描かれておらん。でももし片目を描けば、この竜がかけじくを飛び出して、世界は大混乱するという伝説が古文書にある。これの作者・角遊は、「鳥獣ギガ」と称して800年程前にたくさんの不思議な、動物の絵を描いてきたが、この絵だけは、その伝説以外ほとんど詳細の分からない難問なのじゃ」
日・中・韓・朝といったアジア勢はいちはやくこの絵についての研究を重ねてきた。
「だれかぁ、片目を描いてみるという度胸のあるやつはおらんか」
書道家は冷静そうに言ったが、実はとても怖がっていた。
「ジャソレナーラ、ボクガヤルーヨ・オ・レ!」
会議の席を再び騒がせたのは、スペイン人のシュルレアリスム系統のアーティストだった。
「あなたほんとうにできるの!」
静物画で有名なイギリス人の画家が立ち上がる。
「デキルーヨ、アンタラーモ、デキルデショウ?
ダッテ、アノドラゴンーニ、メェカクダケデショ?」
そうのんきなことを言って、イギリス人画家をあきれさせる。
「あなたねぇ……。ただ描くんじゃないのよ!
この世界がほろびるかもしれないのよ!」
「ア?アハハハハーッ!
ボクサッキノカメセンニンサンノオハナシ、ゼーンゼンッキイテマセンデシータ!」
アメリカ人画家がぎょっと首を上げ、それからスペイン人画家に飛びかかった。それがホイッスルとなり、各国の画家さらには司会をしていた日本の書道家がスペイン人画家に飛びかかった。しかしスペイン人画家はそれをかわし、持っていた絵筆で絵の竜の目の部分を描いた。青い、つぶらなその目によって、「龍」は不協和音に和洋せっ中したような前代未聞の絵となった。
するとそのとたん、かけじくに雷がほとばしり、突風によって画家たちは転倒した。そしてかけじくから、画家たちの思っていたより落ち着いた様子で、竜が出てきた。
しかしそれもつかの間、すぐに大口をあちらこちらに見せびらかしながら、竜はあばれた。
どうやらかけじくから出てきたとはいえ、尾の方はまだかけじくと一体化しているようだ。きっとこの絵のまじないに、「竜に青い目をつけたらどうなるか」という想定がなく、コンピューターでいう「バグ」のようなことが起きたのだろう。
「どうにかしろ!」
「アジア勢、解決策はないのか!」
「そんなこと言われても……。まったく!あの角遊の大ばか者め!こんなことして、何が楽しいんだ!」
今さら画家たちは、絵の作者、騒動の張本人をうらんでいる。
「そうだ!」
中国の画家は自分の絵の具の中からかけじくの地の色の黄土色と似た色を見つけると、キャップを開いて竜に飛びかかった。
ボトルから発射された絵の具は、竜の瞳をぬりつぶした。
「ウガアアァァァ……」
竜はその場でうつぶせに倒れた。
「……な、何をしたんですか?」
おどろく画家たちに、中国の画家は得意げに言った。
「あのかけじくと同じ色に竜の目を変えてやれば、そう、もとの竜にもどしてやれば、ラテンアホウの失態を無効にできると思ったんですよ」
画家たちからの拍手の時雨が中国人画家に降り注ぐ。
けれど、彼らは、竜のその片目がかけじくとはほんの少し色の濃さ、質がちがっていたのを見抜けなかった。竜のあせたゆず色の目がぎらりと光り、間もなく「びりっ」というかけじくの破れる音がして、秘密室は惨劇のうずへと飲み込まれていった。
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