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第3章 谷の川の人々
在りし日の唄
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♪空は青く澄みわたり 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう 一人じゃない……
これはある人気バンドの一ナンバーだ。この曲は今の僕、いや僕たちの現状に正にうってつけだった。だからこの唄を唄う。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。
あの夜、何かがこわれた。僕たちの中にあった何かが消えた。これまであった何かが、あれからは席を外した。席を外した、と思いたい。決して「もうこの世界からは失われた」なんて……。
あの日、僕たちは近くの公園で野球をしていた。いつもの仲間。仲良き友達。いつものように笑い合って、ふざけ合って、喜び合って、悔しがって……。
夕方。
青天のへきれきだった。青天はもうなくっても。
公園にぽつんと1人、ピンクの象がいた。1人。そう、あれはきっと着ぐるみだった。不細工なピンクの象が服を着て、頭の十何分の一の帽子を被って、そして手に持ったひもの先に、自身と同じような風船が5つ。象はまるで大きなバルーンアートみたいで、ぶくぶくしていた。
そいつがこっちに近づいてきて言ったのさ。
「……ゥクブクブクブク……ね……ぇ……
……ねぇ……ほ……しぃ……いし……い?」
何言っているのかさっぱり聞き取れない。
何じゃこいつは。
「……ゥクブク……
……ねぇ……ほ……
……し……ほし
……ほしい……?」
そう言って風船の1つを差し出してくる。赤い風船。
となりにいたカズキがすっかり象を着ぐるみだと信じ切って、風船を嬉しそうに受け取った。
とたん、象はガラリと態度を変えた。
「い……たぁだぁきいいいいいぃぃぃ……」
カズキは気づくと風船の中で必死にもがいていた。僕らはこのときやっと、この象がわなだったことに気がついた。
「おい、やめろよ!」
「何すんだよ!!」
僕はみんなと一緒になって象につかみかかった。しかし、風船のような体は、とても弾力があってはねとばされてしまうし、キュッキュッと音がして手がすべってしまう。
「おい、このやろう!」
パンチやキックも効かない。やがて象はその無表情な顔に、にまっと不気味な笑顔をのっけて、カズキの入った風船と残りの風船と共に歩き去ろうとする。
「やめろよ!」
「カズキを返せ!」
僕たちはそこらの石をつかんで象に当ててやったが、象の背中は伸びもちぢみもしなかった。
そしてその夜、僕は家の屋根に上った。星がきれいだった。珍しく無数に流れていく流れ星に願い事をしようとして、やめた。きっとこの星々は、僕の願いなんか指先でつき落として、さっさとガスになって消えてしまうだろう。
それから物心がついたころには、僕はありったけの食料と道具と、それから武器になりそうな凶器をリュックサックにパンパンに詰め込んで、長くお世話になった家を出た。カズキが今どこにいるか。それは僕たちの中の誰にも分からない。
♪カシオペア流星群 君も見てたよね
僕は元気でいるよ 君は今どこにいるの
この人の少ない町、この平和な町を出て、僕はこれから僕の「海」を目指す。そこにもしあいつがいるのなら、今度こそあいつをたおす。
そう、たおす。つまり、この世界から消し去るんだ。
消されるのは僕たちの平和じゃない。僕たちの平和を壊したやつだ。あともう少し行くと、1人目の仲間と合流できるはずだ。だってそう、きっとみんなだって、僕と同じ、旅する有志だから。
僕たちは僕たちの名にかけて、カズキを取り返す。目の前にどんな困難が現れても。たとえ火の中水の中。もしそこがこの世界の隅っこの、日の光の全く当たらない崖っぷちだったとしても。そう胸に誓おう。そして、この唄を唄おう。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。
♪空は青く澄みわたり 海を目指して歩く
怖くても大丈夫 僕らはもう 一人じゃない
参考:SEKAI NO OWARI「RPG」
怖いものなんてない 僕らはもう 一人じゃない……
これはある人気バンドの一ナンバーだ。この曲は今の僕、いや僕たちの現状に正にうってつけだった。だからこの唄を唄う。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。
あの夜、何かがこわれた。僕たちの中にあった何かが消えた。これまであった何かが、あれからは席を外した。席を外した、と思いたい。決して「もうこの世界からは失われた」なんて……。
あの日、僕たちは近くの公園で野球をしていた。いつもの仲間。仲良き友達。いつものように笑い合って、ふざけ合って、喜び合って、悔しがって……。
夕方。
青天のへきれきだった。青天はもうなくっても。
公園にぽつんと1人、ピンクの象がいた。1人。そう、あれはきっと着ぐるみだった。不細工なピンクの象が服を着て、頭の十何分の一の帽子を被って、そして手に持ったひもの先に、自身と同じような風船が5つ。象はまるで大きなバルーンアートみたいで、ぶくぶくしていた。
そいつがこっちに近づいてきて言ったのさ。
「……ゥクブクブクブク……ね……ぇ……
……ねぇ……ほ……しぃ……いし……い?」
何言っているのかさっぱり聞き取れない。
何じゃこいつは。
「……ゥクブク……
……ねぇ……ほ……
……し……ほし
……ほしい……?」
そう言って風船の1つを差し出してくる。赤い風船。
となりにいたカズキがすっかり象を着ぐるみだと信じ切って、風船を嬉しそうに受け取った。
とたん、象はガラリと態度を変えた。
「い……たぁだぁきいいいいいぃぃぃ……」
カズキは気づくと風船の中で必死にもがいていた。僕らはこのときやっと、この象がわなだったことに気がついた。
「おい、やめろよ!」
「何すんだよ!!」
僕はみんなと一緒になって象につかみかかった。しかし、風船のような体は、とても弾力があってはねとばされてしまうし、キュッキュッと音がして手がすべってしまう。
「おい、このやろう!」
パンチやキックも効かない。やがて象はその無表情な顔に、にまっと不気味な笑顔をのっけて、カズキの入った風船と残りの風船と共に歩き去ろうとする。
「やめろよ!」
「カズキを返せ!」
僕たちはそこらの石をつかんで象に当ててやったが、象の背中は伸びもちぢみもしなかった。
そしてその夜、僕は家の屋根に上った。星がきれいだった。珍しく無数に流れていく流れ星に願い事をしようとして、やめた。きっとこの星々は、僕の願いなんか指先でつき落として、さっさとガスになって消えてしまうだろう。
それから物心がついたころには、僕はありったけの食料と道具と、それから武器になりそうな凶器をリュックサックにパンパンに詰め込んで、長くお世話になった家を出た。カズキが今どこにいるか。それは僕たちの中の誰にも分からない。
♪カシオペア流星群 君も見てたよね
僕は元気でいるよ 君は今どこにいるの
この人の少ない町、この平和な町を出て、僕はこれから僕の「海」を目指す。そこにもしあいつがいるのなら、今度こそあいつをたおす。
そう、たおす。つまり、この世界から消し去るんだ。
消されるのは僕たちの平和じゃない。僕たちの平和を壊したやつだ。あともう少し行くと、1人目の仲間と合流できるはずだ。だってそう、きっとみんなだって、僕と同じ、旅する有志だから。
僕たちは僕たちの名にかけて、カズキを取り返す。目の前にどんな困難が現れても。たとえ火の中水の中。もしそこがこの世界の隅っこの、日の光の全く当たらない崖っぷちだったとしても。そう胸に誓おう。そして、この唄を唄おう。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。
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