一寸先は闇2

北瓜 彪

文字の大きさ
2 / 13
第3章 谷の川の人々

在りし日の唄

しおりを挟む
♪空は青く澄みわたり 海を目指して歩く
 怖いものなんてない 僕らはもう 一人じゃない……


 これはある人気バンドの一ナンバーだ。この曲は今の僕、いや僕たちの現状に正にうってつけだった。だからこの唄を唄う。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。


 あの夜、何かがこわれた。僕たちの中にあった何かが消えた。これまであった何かが、あれからは席を外した。席を外した、と思いたい。決して「もうこの世界からは失われた」なんて……。


 あの日、僕たちは近くの公園で野球をしていた。いつもの仲間。仲良き友達。いつものように笑い合って、ふざけ合って、喜び合って、悔しがって……。
 夕方。
 青天のへきれきだった。青天はもうなくっても。
 公園にぽつんと1人、ピンクの象がいた。1人。そう、あれはきっと着ぐるみだった。不細工なピンクの象が服を着て、頭の十何分の一の帽子を被って、そして手に持ったひもの先に、自身と同じような風船が5つ。象はまるで大きなバルーンアートみたいで、ぶくぶくしていた。
 そいつがこっちに近づいてきて言ったのさ。
「……ゥクブクブクブク……ね……ぇ……
 ……ねぇ……ほ……しぃ……いし……い?」
 何言っているのかさっぱり聞き取れない。
 何じゃこいつは。
「……ゥクブク……
 ……ねぇ……ほ……
 ……し……ほし
 ……ほしい……?」
 そう言って風船の1つを差し出してくる。赤い風船。
 となりにいたカズキがすっかり象を着ぐるみだと信じ切って、風船を嬉しそうに受け取った。




 とたん、象はガラリと態度を変えた。
「い……たぁだぁきいいいいいぃぃぃ……」
 カズキは気づくと風船の中で必死にもがいていた。僕らはこのときやっと、この象がわなだったことに気がついた。
「おい、やめろよ!」
「何すんだよ!!」
僕はみんなと一緒になって象につかみかかった。しかし、風船のような体は、とても弾力があってはねとばされてしまうし、キュッキュッと音がして手がすべってしまう。
「おい、このやろう!」
パンチやキックも効かない。やがて象はその無表情な顔に、にまっと不気味な笑顔をのっけて、カズキの入った風船と残りの風船と共に歩き去ろうとする。
「やめろよ!」
「カズキを返せ!」
僕たちはそこらの石をつかんで象に当ててやったが、象の背中は伸びもちぢみもしなかった。

 そしてその夜、僕は家の屋根に上った。星がきれいだった。珍しく無数に流れていく流れ星に願い事をしようとして、やめた。きっとこの星々は、僕の願いなんか指先でつき落として、さっさとガスになって消えてしまうだろう。


 それから物心がついたころには、僕はありったけの食料と道具と、それから武器になりそうな凶器をリュックサックにパンパンに詰め込んで、長くお世話になった家を出た。カズキが今どこにいるか。それは僕たちの中の誰にも分からない。

♪カシオペア流星群 君も見てたよね
 僕は元気でいるよ 君は今どこにいるの


 この人の少ない町、この平和な町を出て、僕はこれから僕の「海」を目指す。そこにもしあいつがいるのなら、今度こそあいつをたおす。
 そう、たおす。つまり、この世界から消し去るんだ。
 消されるのは僕たちの平和じゃない。僕たちの平和を壊したやつだ。あともう少し行くと、1人目の仲間と合流できるはずだ。だってそう、きっとみんなだって、僕と同じ、旅する有志だから。

 僕たちは僕たちの名にかけて、カズキを取り返す。目の前にどんな困難が現れても。たとえ火の中水の中。もしそこがこの世界の隅っこの、日の光の全く当たらない崖っぷちだったとしても。そう胸に誓おう。そして、この唄を唄おう。長い長いこの道の先には、きっと希望があるはずだから。
♪空は青く澄みわたり 海を目指して歩く
 怖くても大丈夫 僕らはもう 一人じゃない




参考:SEKAI NO OWARI「RPG」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...