魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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30. ソフィアに求婚するカラシン

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(ケイト視点)

 村の護衛のオーガと話をしたのち、ソフィアが急に家に戻ると言い出した。ストッキ草の採取はしなくて良いのかと聞いたら「お母さんが届けてくれる」と返って来る。

 ソフィアの母親が届けてくれるのか? それはありがたいが、先ほど村の護衛のオーガに伝えたことがこんな短時間に母親に伝わるなんて、ソフィアの母親は隊長みたいにオーガキングの部下なのかな? オーガの兵士と一緒に仕事をしているのかもしれない。

「ソフィア、さっきオーガさん達が敬礼していたよね。どうしてなの?」

「おかあさん、えらいひと、おうさま。だから、けいれいした。でも、わたし、えらくない。」

私の質問に対してソフィアは困った様子で答えてくれたが、その内容は驚愕ものだ。

「王様なの? でも王様はオーガキングだよね。」

「オーガキング、まぞくのおう。おかあさん、せいれいのおう。」

「そ、そうなんだ。お母さんは精霊なの? もしかしたらソフィアも?」

「わたし、せいれいちがう。おかあさん、ほんとうのおかあさんちがう。わたし、あかんぼうのとき、もりでひろわれた。」

「そうなの、ごめんね。へんなこと聞いちゃったね。」

「だいじょうぶ。わたし、おかあさん、だいすき。とってもやさしい。すごいひと。」

「そうなんだ。それは良かった......って、良くない! お母さんは王様なんだよね。王様が今から家に来るのよね。どうしよう!? 王様のおもてなしの仕方何て知らないよ。ごちそうなんて何もないし...。」

「だいじょうぶ、おかあさん、きにしない。それに、せいれいは、ものをたべない。」

 ソフィアの語るとんでもない内容に頭が混乱する。確かに魔物の森には魔族の他に精霊も居ると聞いたことはあるけれど、おとぎ話のたぐいだと思っていた。だって、精霊に関する情報がほとんどないのだ。どんな姿をしているだとか、どの程度の大きさだとか、森のどこにいるとか全て不明だ。目撃情報はいくつかあるものの、姿かたちがすべて食い違っており信ぴょう性に欠ける。幻でも見たんだろうと思っていた。その精霊が今から我家にやって来る。それも精霊の王様だという。

 家に急ぎ、到着したら全員でダイニングを片付ける。我家は扉を開けるとすぐにダイニングに通じるのだ。はかない抵抗かもしれないが、少しでも見栄えを良くしたい。そうこうしている内に扉がノックされた。恐怖におののきながら扉を開けると、何か大きなものが部屋の中に飛び込んできた。以前オーガに雷を落としたフクロウだ。フクロウはカラシンの頭にとまり大きな声で「クェー」と鳴いた。

 ソフィアがフクロウに向かって、

「おかあさん、カラシンさん、いじめてはだめ。」

と言うと、フクロウはまるで肩をすくめる様に翼を少し上げると、カラシンの頭から床に降り立った。そしてみるみる大きくなり人間の女性の姿に変わる。ソフィアが走り寄り抱き付いた。この人が精霊王なのだろう。ソフィアによく似た面差しで、金髪碧眼はソフィアと同じだ。でもソフィアの親というほど歳を取っている様には見えない。ソフィアの姉と言われた方が納得できる。

 精霊王はソフィアと何やら話をしていたが、しばらくしてこちらに向き直り言葉を発した。

「ソフィアが世話になっている様ですね。礼を言います。」

私はどうして良いか分からず、思わず跪いて「とんでもございません。」と応えた。

「ケイト、そのような儀礼は不要です、ソフィアに子供の作り方を教えてくれたそうですね。感謝します。精霊である私には教えられないことですからね。」

ち、ちょっと、人前で口にすることでは無いだろうに。顔を赤くする私に構わず、次に精霊王は、

「カラシン、ソフィアとつがいになって子供を作る覚悟はありますか?」

と問うた。カラシンはあたふたとして答えられない。なにやってる!  女に恥をかかせるつもりか! あれだけ好意を態度で示されていてこの場において迷うなんて男らしく無いぞ! と心の中で叫ぶ。だがその時、ソフィアがカラシンを隠すように精霊王の前に立ちふさがった。

「おかあさん、ダメ。カラシンさんのきもち、きくのはわたし。おかあさん、ちがう。」

と精霊王に反論する。精霊王はそれを聞いて微笑み、

「ソフィア、成長したわね。あなたを人間の社会に返したのは間違いではなかったわ。」

と嬉しそうに口にした。

「さあ、ストッキ草よ。」

と精霊王が言うと、テーブルの上に沢山のストッキ草の葉が現われた。しかも加工済みの葉だ。

 その後、精霊王はソフィアにリクルの実をひとつ渡し、何か言ってから再びフクロウの姿になって去っていった。




(カラシン視点)

精霊王からいきなり、

「カラシン、ソフィアとつがいになって子供を作る覚悟はありますか?」

と聞かれた。つがいと言うのは夫婦という意味だろうか? なぜ俺にそんなことを聞く? 精霊王はソフィアと俺を夫婦にしたいと考えているのか? 中年のさえない冒険者の俺なんかと? まさか...ソフィアがしょっちゅう俺にくっ付いて来るのは、俺なら変な気を起すことは無いだろうと安心して、他人からの視線を避けるのに使っているだけだ。情けないが、この歳になれば世の中それほど甘くないことくらい分かってくる。

「おかあさん、ダメ。カラシンさんのきもち、きくのはわたし。おかあさん、ちがう。」

とソフィアが精霊王に言う。それって、ソフィアも俺とつがいになりたいってことだろうか。まさか...こんな年の離れたおじさんだぞ。

 精霊王が再びフクロウの姿に変わって家から出て行くと、ソフィアが俺の名を呼んだ。

「カラシン...」

ソフィアの方を見ると、ソフィアはリクルの実を両手で持ち、真剣な表情で俺を見つめている。それからリクルの実を口の前に持ってくると、それに齧りついた。ガツガツとリクルの実を食べるソフィア、赤い果汁がソフィアの胸元に垂れる。そしてリクルの実を半分ほど食べたソフィアが、それを口の前から離しこちらを見る。

 その姿を見て愕然とした。口の周りから胸元が真っ赤に染まっている。初めてソフィアに会った時と同じだ。あの時は、てっきり誰かの血を吸った直後だと考えたが、あれはとんでもない勘違いだった様だ。俺はなんて馬鹿だったのか、ソフィアは俺にも何度もリクルの実をくれたじゃないか、あの真っ赤な果汁の実を....。

「ソフィア、俺とつがいになってくれるか?」

 気が付いたらソフィアに求婚していた。次の瞬間、ソフィアがリクルの実を放り出して俺に抱き付いて口づけをしてくる。ケイトとマイケルが呆れたように見ているのが分かるが、人前もはばからずという非難は甘んじて受けよう。なにせ、今日は今までの人生で最高の日だから。おれもソフィアに口づけを返し強く抱きしめた。
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