魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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38. クーデターへの参加を断るソフィア

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(トーマス視点)

 ライルを捕まえた後、ソフィリアーヌ様達は何人かの魔族の兵士を引き連れてこちらに向かって来る。逃げようかとも思ったが、そんなことをすれば余計怪しまれるだけだ。それに足を怪我しているからどうせ逃げるのは無理だろう。

「ソフィリアーヌ様、お初にお目に掛かります。マルトの町の冒険者ギルトのマスターをしているトーマスと申します。ご尊顔を拝させていただき光栄の至りでございます。」

おれはソフィリアーヌ様一行が近づくと、ひざまずき頭を下げた。だが、誰かに手を握られ、驚いて頭を上げると目の前にソフィリアーヌ様の顔があった。俺の前で屈んで俺の手を両手で握っている。

「あなたは、カラシンの、いのちのおんじん。かんしゃする。」

と言う。怪しい奴として魔族の兵士に連行されるかと思ったのだがそんな雰囲気ではなさそうだ。

「カラシン、わたしのたいせつなひと。しんだら、わたしいきてゆけない。ありがとう。」

 ソフィリアーヌ様は重ねて言う。なんと、家来かと思っていたカラシンがソフィリアーヌ様とそんな関係だったとは驚いた。このお美しいソフィリアーヌ様を手に入れるとは男として羨ましい限りだが、それは、もしソフィリアーヌ様が王位にお付きになった暁には女王の配偶者、すなわち王配となると言う事だ。それが幸運なことか、不運なことかは別にして平凡な人生は期待できない。ちょっとだけカラシンに同情の念が湧く。

 その後、俺が足に怪我をしていることに気付いたマイケルが、ポケットから薬の瓶を取り出し差し出してきた。

「さっきは助かったっス。これは回復薬っス、ほんのお礼っス。」

先ほどカラシンに飲ませたのと同じ瓶だ。こいつらはこんな貴重な薬を持ち歩いているのかと驚く。ソフィリアーヌ様に飲んでも良いか確認してから口にすると、足の怪我はたちどころに治癒した。やはり薬師ギルドが販売しているA級回復薬と同じか、それ以上の効果があるのは間違いない。

 その後は、ソフィリアーヌ様達の家に招かれ夕食を共にすることになった。だが、家に到着して、促されるままにテーブルに付くと対面に座ったケイトがおもむろに俺に向かって発言した。

「それで、トーマスさんがこの村に来た目的を伺っても良いかしら?」

 流石にチームのリーダー、俺が偶々この家を訪れてカラシンに薬を飲ませて救ったとは露ほども考えていない様だ。幸いここなら部外者に聞かれる心配はない。俺は、冒険者ギルトと一部の軍人・貴族を中心にして圧政に苦しむ国民を救うためにクーデターが計画されている事、クーデターが成功した暁にはソフィリアーヌ様に王位について頂きたいと考えている事を打ち明けた。

 頭を下げて嘆願するが、ソフィリアーヌ様は悲しそうに首を振った。

「ごめんなさい。わたし、ソフィリアーヌなりたくない。わたしが、ソフィリアーヌだから、カラシンころされそうになった。わたしは、ただのソフィアでいたい。」

 続けて説得しようとしたが、ソフィリアーヌ様の悲しそうなお顔を見ると言葉が出て来なかった。それから俺は夕食をごちそうになりながら、ソフィリアーヌさまの生い立ちを聞いた。なんと、ソフィリアーヌ様は精霊王に育てられたらしい。それに今日ボルダール伯爵から聞くまで自分が人間の国の先王の娘であると知らず、母親であるソランディーヌ様には会ったことが無いという。そんな馬鹿なと思ったが、カラシンが皆がソランディーヌ様と思っているのは精霊王様のことだと思うと言うのを聞いてようやく納得した。なぜ精霊王様がソランディーヌ様に似ておられるのかは謎だが、おそらくそれが真実なのだろう...。

 翌日には商人達と一緒に開拓村を出発した。ソフィリアーヌ様には再度お願いしに来ますと言ってある。突然、自分が先王の娘で、本来は人間の国の女王になっているべき存在だと知らされたのだ。カラシンが殺されかけたこともあり、今は感情的になっておられるはずだ。説得するには少し時間を置いた方が良いと判断した。

 ギルドに到着すると、直ちに通信の魔道具でクーデターの首謀者であるギルドの支配人に成果を報告する。

「おい! と言う事は、せっかくソフィリアーヌ様にお会いでき、恩まで売れたというのにクーデターへの協力を得られないまま、すごすごと返ってきたと言う事か...。」

「ソフィリアーヌ様には冷静になって考える時間が必要です。しばらく間を置いて再度お願いに伺うつもりです。」

「何を悠長なことを! そんな余裕はない。そうだ! トーマス、お前はソフィリアーヌ様に恩を売って信用されている。それを利用してソフィリアーヌ様を攫ってこい。段取りはこちらで考える。お前はソフィリアーヌ様を人気のない所に誘い出すだけで良い。」

「支配人! 本気で言ってますか!?」

「もちろん本気だ。お前こそ目を覚ませ。圧政に苦しむ国民たちを救うためだ、少しの犠牲は止むを得ん。もともと15歳の小娘に国政など無理な話だ。ソフィリアーヌ様が女王になったとしても唯の飾りだ。おだてて機嫌を取って置いて、実際の国政は俺達が取り仕切るつもりだった。だから少々強引なやり方をしてもよい。おだてて言うことを聞かせるのも、脅して言うことを聞かせるのもよく似たものだ。それにカラシンとかいうやつも邪魔だから殺してしまおう。ソフィリアーヌ様には有力な貴族を王配に向かえて国政の安定に寄与してもらう必要があるからな。」

支配人のその言葉を聞いて俺は目が覚めた、もちろん支配人が言うのとは別の意味でだ。現国王は酷いものだが、こいつらも同類だ! 人の意思や命を何とも思っていない。クーデターは圧政に苦しむ飢えた国民を救うためだと聞かされて協力してきたが、それだってどこまで本気で言っているのか信用できなくなった。

「申し訳ありませんが、そう言う事でしたら協力はできません。俺はこの計画から降りさせていただきますよ。」

「ハハハ、命が惜しくないのか? ここまで計画の中身を知って抜けられるわけ無いだろう? 抜けたら世界中に安全な場所はないぞ、冒険者ギルドはどこにでもあるからな。」

「今まではそうでしたね。でも状況は変わったんですよ。」

「なんだと! まさか...」

「そう、魔族の国ですよ。それじゃ後任の手配よろしくお願いします。」

そう言ってから通信の魔道具を切る。まったく! 今まで支配人の甘言に踊らされていたと思うと腹が立つ。俺は再度旅支度をすると、ギルドマスターの部屋を飛び出した。グズグズしていると支配人が放った刺客がやって来るかもしれない。

「あら、トーマスさん、返って来たばかりなのに、またお出かけですか?」

と廊下ですれ違ったマリアが問いかけて来る。

「ああ、悪いがギルドマスターを辞めることになったんだ。そのうち後任が赴任するだろうから協力してやってくれ。」

「え!? ....」

俺の言葉に驚いて声も出ないマリアに手を振って、冒険者ギルドの建物を出る。向かうは開拓村だ。ソフィリアーヌ様の家来にしてもらえないか頼んでみるつもりだ。それに、クーデター計画の方でもソフィリアーヌ様の誘拐を企てていると知らせなければ。
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