魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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43. 薬店を開くカラシンとソフィア

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(カラシン視点)

 ベッドの中で、「カラシン、わたし、こどもほしい....」とソフィアに言われてついに手を出してしまった。後ろめたい気持ちはあるが、俺だって男だ、あんな顔であんなことを囁かれたら自制が効くはずがないが、本当はソフィアがもう少し大きくなってからと考えていたのだ。何せまだ15歳だ。夫婦なのだから誰に責められることも無いが、少々良心が痛む。

 エルフの村で発生した黒死病はソフィアの薬のお陰で無事収束し、カミルとエミルには大いに感謝された。なんでも精霊王様が不在の今、黒死病に関してはソフィアだけが頼りなのだそうだ。

 カミルに精霊王以外の精霊には薬を作ってもらえないのかと尋ねたが、精霊王以外の精霊は魔族と交流を持とうとしてくれないとの返事が返って来た。精霊王様だけが魔族に力を貸してくれるありがたい存在だと言う。それなら精霊王様が慕われているのも納得だ。

 しばらくしてオーガキングとエルフ族の族長が黒死病収束の礼を言いに我家を訪れた。エルフ族の族長は中年の女性だ。何か礼をしたいが欲しいものはないかと尋ねるオーガキングに、ソフィアはあらかじめ決めていたことをお願いした。

「私達、ここで薬を作って販売したいのです。薬草を採取しに森にも入りたいです。許可してもらえますか?」

と魔族語で話すソフィア。俺も何とか会話に付いて行ける。

「ソフィア様、薬を売っていただくのはありがたいです。ソフィア様の薬なら誰もが欲しがるでしょう。しかし、流石にソフィア様とカラシンだけで森に行かせるわけにはまいりません。何かあったらこのマルシ、精霊王様に顔向けできません。護衛にオーガの兵士をひとり付けさせていただきます。ご了承願えないでしょうか。」

ソフィアが尋ねる様にこちらを見て来るので頷いて返す。オーガキングとしては精霊王にソフィアのことを頼まれた以上、護衛を付けないわけに行かないのだろう。だが、その時エルフ族の族長が発言した。

「ソフィア様、薬草の採取は私達エルフにお任せいただけませんか。ソフィア様には多くのエルフが命を救われました。こんな事で御恩をお返しできるとは思いませんが、せめてそれくらいはさせて下さい。」

「族長様、ありがとうございます。それはとても助かります。私たちだけでは採取できる範囲が限られますから。持ってきていただいた薬草は適切な価格で買い取らせていただきます。」

「ソフィア様、何をおっしゃいますか!? ソフィア様は黒死病の薬を無償で私達に下さったではないですか。」

「族長様、黒死病は一時的なものです。ですが私達は商売を長く続けたいと考えています。ですので薬草が必要なのは1回だけではありません。私達が商売を続けていく限り薬草が必要になります。だからエルフの皆さまとは、どちらにも利益になる関係を築きたいのです。一方が得をするだけの関係は長続きしませんから。」

「そうでしたか...。おっしゃる通りかもしれません。流石はソフィア様です。感服いたしました。」

「いいえ、実はケイトという私の先生から教えてもらったことの受け売りなんです。」

「ソフィア様の先生ですか!? きっとすごい人なんでしょうね。」

とカミルが口を挟む。カミルとエミルは族長の前でも遠慮がない。後で聞いたが族長の娘らしい。

「うん、ケイトさんはすごい人よ。私、尊敬してるの。」

とふたりの話は続くが、ケイトの奴ソフィアにそんな風に思われていたとはな。本人が聞いたらきっと赤面するだろう。その後の話で、俺達はエルフに必要な薬草の採取を発注し、届けられた薬草を購入して薬を作り販売することになった。

 オーガキングが返ってからソフィアに何の薬を作るのかを尋ねると、普通の薬草で作れる薬との返事が返って来た。流石にエルフでも森の深奥に入るのは一苦労だ。深奥の薬草は精霊王が送ってくれたものがあるが、むやみに使ってしまってはいざという時に困ってしまうかもしれない。それに俺達は安い薬を売ろうとしているのだ。深奥に行かないと手に入らない薬草を使っては安い薬にならない。

 もちろん、必要なら深奥の薬草を使った薬も作る。黒死病の薬の依頼はまたあるだろうし、重症の怪我人や病気の人には回復薬やリクルの実の薬が必要だろう。それらの薬は納得できる理由があれば作って無償で提供するつもりだ。

 それから俺達の商売が始まった。エルフの族長が俺達の家に店舗部分を増設してくれた。薬草の採取するのは代金を貰うのだから恩を返すことにならない。せめてこれくらいはさせて欲しいと言われたのだ。増設された店舗部分は大きくはないが、前面がガラス張りなので店舗内は明るく。入ってすぐにカウンターがあり、その後ろには薬を並べて置くための大きな棚がある。壁の色はベージュ、カウンターの天面は白で清潔感があって一目で気に入った。

 開店日当日、店の前には薬を買いに来た客の行列が出来ていた。どうやら精霊王の養女と言う事で噂になっていたところに、精霊しか作れない黒死病の薬を提供したことで、ソフィアのことが王都で評判になっているらしい。

 これは大変だとソフィアと顔を見合わせたが、カミルとエミルが客への対応手伝ってくれて何とか乗り切れた。なにせ、俺の魔族語はまだまだ流暢とは程遠いし、ソフィアが接客しようとすると客の方が畏まってしまう。なんとなくソフィアが店で接客していることにすごく驚いている感じがするのは気のせいだろうか。2日目からはソフィアと俺で薬を作り、カミルとエミルが店で販売するという作業分担が出来上がった。カミルとエミルの仕事が増えた分、俺達も家事を行うことになり、ソフィアは家のことが出来てご機嫌だ。

 もっとも、しばらくすると客は減った。俺達が売っている薬は特に珍しいものでは無いから、ソフィアに対する物珍しさが薄れれば客足が遠のくのも当然だ。だけど一定の固定客は確保できた様だ。この人達はソフィアではなく、ソフィアの作る薬を目当てに来てくれるありがたい存在だ。ちなみに、薬の価格は同じ王都に住む魔族の薬師達より少しだけ高く設定した。ソフィアは精霊王の娘ということでネームバリューがあるし薬の効き目も確かだ。あまり安すぎると他の薬師達の客を独り占めしてしまう恐れがあると考えた結果だ。他の薬師の販売価格の1.5倍くらいだ。それでも一定の客が来るのは効き目が確かだからだろう。

 あれから、ほどよく忙しい毎日が続いている。オーガキングに賛同する人が多いからか、この町の魔族達は俺にも友好的に接してくれる。人間がやって来ることが無いから、ライルみたいな奴に怯える必要もない。我ながら魔族より人間を警戒するなんて、すっかり魔族の国の国民になったんだなと痛感した。商売のスタートはまずまずと言って良い。ソフィアとふたりで働く穏やかな生活だ。いままでの人生で一番幸せな時かもしれないなと思う。

 それにしても、ここは王都と言うが規模は人間の国の王都と比べるべくもない。だいたいマルトの町と同じくらいだろう。そういえば300年前のオーガキングとの戦争で人間が魔族に勝てたのは人間の数が魔族に比べて圧倒的に多かったからと言う事になっている。おそらく、今でもそれは同じなのだろう。いや、人間の数は300年前に比べて増えているだろうから、むしろその差は開いているだろう。万が一戦争になった場合、人間の国に300年前と同じく数に物を言わせた消耗戦を仕掛けられたら不味いかもしれない。
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