神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

文字の大きさ
9 / 102

8. 皿洗いをするアーシャ

しおりを挟む
(アーシャ視点)

 役人の駐在所から二葉亭に戻ると皿洗いの開始となる。一緒に作業するのはサマンサさんの娘のスミカちゃん10歳と、祖母のスーランさん(年齢不詳)。目の前には水の張られた3つの大きな樽がある。作業前にスーランさんが皿洗いの方法を教えてくれた。

 まず食お客さんが食べ終わった皿が食堂との間にあるカウンターに運ばれてくる。最初の作業は皿に残った残飯をゴミ箱に捨て、その皿を最初の樽に漬けること。しばらく樽の水につけてから、ぼろ布で皿の表面の汚れを取り、次の樽に漬ける。次の樽でも同様に汚れを落とす。ほぼこれで汚れは取れるのだが、念のために次の樽の水に潜らせてから、乾いた布で水気を拭きとって完了となる。これを3人で分担して作業するわけだ。服が濡れない様に胸まで覆うゴム製のエプロンを付けて作業開始だ。

 私が最初の樽、スミカちゃんが2番目の樽、スーランさんが最後の樽を担当する。担当場所は途中で何度か交代するらしい。カウンターに置かれる皿は陶器製のものと木製の物が混在している。洗い方は同じだが、陶器製の物は割れない様に気を遣う。

 今の季節は初夏でそれほど寒くないから水仕事も苦痛ではない。私を雇うと決めてくれたサマンサさんに迷惑をかけてはいけないと真面目に仕事した。陶器製の皿の中にはヒビが入ったり、縁が欠けているものが混じっていたので、せめてもの恩返しに神力で修復しておいた。染みついていた汚れも綺麗に落としておく。

「中々手際が良いじゃない。汚れも綺麗に落ちているし言うこと無いわ。」

とスーランさんが褒めてくれる。

「アーシャさんが来てくれて助かったわ、去年まではスミカの兄のシロムが手伝ってくれていたんだけどね。神官候補生になったから忙しくなってね。人手が欲しいと思っていたところだったの。」

「お兄ちゃんは神官様に成るのよ、すごいでしょう。」

神官って....確かこの国の代表としてとうさまや私とやり取りをしている人達だ。もっとも、中々思い通りにこちらの意図が伝わらないので苦労しているのだが....。

「神官様は神様とお話されるのですよね。」

「そうよ、神官様は聖なる山の神様の神意を受けてこの国を導びかれているの。とっても大切なお仕事なのよ。」

とスミカちゃんが嬉しそうに言う。きっとその神官になるお兄さんが自慢なのだろうな。

 皿洗いの作業は思ったほど大変ではなく、3人で話をしながら進めているといつの間にか終わっていた。その後、私は夕食だと言われて店のテーブルに座った。

「この子は掘り出し物だよ。皿洗いの初日に1枚も皿を割らなかったのはこの子が初めてだね。」

とスーランさんが褒めてくれる。本当は落としそうになった皿を落ちる前に神力で受け止めていたからだけど。

「アーシャさん、ご苦労様。疲れたでしょう。部屋は掃除しておいたから食事が終わったらゆっくり休んでね。身体を拭くお湯も後で用意するわね。」

「ありがとうございます。」

とサマンサさんに礼を言う。どうやら風呂の文化はなさそうだ........残念。

そしてまだ食卓に付いていないシロムさんをスミカちゃんが呼びに行ったのだが、2階から降りて来たシロムさんは、私の顔を見るなり固まった。

「アーシャさん、これが先ほど話をした息子のシロムよ。シロム、こちらはアーシャさん、今日から家で働いてもらうことになったの。」

とサマンサさんがシロムさんを紹介してくれる。だけどシロムさんは動かない。その時頭の中で声が聞こえた。念話?

<< どうしよう、どうしよう、どうしよう....。どうやって謝ったら良い? ここではダメだ、アーシャ様の正体が家族にバレてしまう。>>

 これってシロムさんの念話? 独り言の様な内容だから本人は念話と認識していないのかもしれない。だけど私の正体って? もしかしてバレてる!? これは不味いぞ!

<< シロムさん、謝る必要はありません。大丈夫ですから席についてください。私の正体を秘密にして頂いてありがとうございます。>>

<< これは念話です。シロムさんも出来ますよ。>>

<< そ、そうですか? >>

<< ほら、出来ましたよ。とにかく席についてください。これは命令です。ご家族に不審がられてしまいます。>>

 シロムさんは念話が出来る! これは嬉しい驚きだ。実は神官という職業の人間は神の気を感じることが出来て、ある程度のコミュニケーションも取ることが出来るのだが、伝えることが出来るのはイメージのみだ。私ととうさまの様に念話で話が出来るほど便利ではない。

 昔は念話が出来る人間がいたととうさまから聞いたことがある。そうそう、確かその人がカルロさんだった。でもカルロさんが亡くなってからは念話が出来る人は現れてないらしい。だから、かわいらしい服が欲しいと思ったら "かわいらしい" という概念をイメージで伝えなければならない。何度か神官にイメージを送ろうとしたことがあるのだが、私自身がかわいらしい服のイメージをもっていないから伝えようがないことに気付いた。イメージがダメなら書面でと考えたが、これはとうさまに却下された。神官の様に特別な才能がなくても書面で神と意思の疎通ができるとなれば、一気の神と人との垣根が下がってしまう。神と人間とは適度な距離を取らなければならないらしい。さもないと人間が神に依存し過ぎることになるそうだ。

 これが私の食事や衣服が遊牧民の物だけであり、部屋が殺風景な理由だ。ちなみに私の人間の社会に関する知識はほとんど料理と一緒に供えられた本から得たものだ。本はかあさまが1冊持っていたのでイメージを伝えるのは簡単だった。だけど私は恋愛小説が読みたかったのだけど、その希望をうまく伝えることが出来ず、結果として辞書から学校の教科書まであらゆる種類の本が送られて来る様になった。お陰で私の家の書斎には巨大な本棚にありとあらゆる分野の本が並んでいる。町で新しい本が出版されるたびに送られてくる。

 そんなことを考えている内にシロムさんがテーブルまでたどり着いた。

「初めましてシロムさん、私はアーシャと言います。今日からここでお世話になることになりました。よろしくお願いします。」

 と挨拶をすると、シロムさんが勢いよく立ち上がって椅子がひっくり返った。どうやら私をとうさまの御使いみつかいだと思って相当混乱している様だ。そのためか心の中の声がほとんどそのまま流れ込んでくる。何と私がこの町を滅ぼしに来たとまで疑っている。

<< シロムさん、どうか落ち着いてください。大丈夫です。私は何もしません。えっ? 神気が原因? 私が神気を発していると?  まあ! 私はそんな風に見えているのですね。>>

 シロムさんの心に浮かんだ私の姿を見て唖然とする。全身が金色に光っている! 嘘! 神気は神力を使う時しか発しないと思って安心していたのだけど、普段でもこんなに漏れ出ていたのか!? 何だか自分の体臭を指摘されたみたいで恥ずかしい。

 とにかく身体の周りにある神気を逆に吸い込んでみる。シロムさんの心に浮かんだ私の姿を見ると、とりあえずこれで成功した様だ。だけどこれは息を吸い続けている様なもので長くは続けられない。身体の中に神気が満ちたらそれ以上は吸い込めないからだ。

 その時思いついた。私の遊牧民の服はかなりの高級品らしくボタンに水晶が使われている。水晶は神気を貯めて置くのに最適な物質だ。神気を貯めこんだ水晶は魔晶石と呼ばれ、魔道具を動かす動力源となる。

 私は身体に溜まった神気を一番上のボタンに流し込んだ。途端に身体が軽くなる。これなら水晶のボタンがある限り神気を発しなくて済みそうだ。

 シロムさんが席に座り直すと会話が再開するが、しばらくして御使いみつかいの話になった。

「神官様と言えば、御使いみつかい様がこの町に来られているかもしれないんですって? 神殿から発表があったと聞きましたよ。」

「俺も聞いた。御使いみつかい様が町の上を門の方向に飛んで行かれたらしいじゃないか。町の外で降りられて門から町にお入りになったのじゃないかって話だよな。もっとも町の上を飛ばれていたのは事実だが、門から町に入られたっていうのは可能性のひとつらしい。だが本当だったらすごいよな、御使いみつかい様が近くに居られるかもしれないんだ。しかも人の姿をしておられるって話しだ。」

 私は見られていたのか!? 結構上空を飛んだつもりだったんだけれどな....。いや、違う。さっきシロムさんが私の神気を感じていたように、飛行中の神気を神官達に感知されたのだ。神力を使っている時に放出される神気は強力だからな。でも町に居ることまで見透かされているとは.......降りる時は身体を透明化して注意したつもりだったんだけど........神官達侮れないぞ.........。

<< シロムさん、ふたりだけで話があります。後で時間を取ってくださいね。>>

<< ひ、ひゃい、畏まりました。>>
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。 かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。 海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。 そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。 それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。 そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。 対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。 「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」 アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。 ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。 やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。 揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

王子様とずっと一緒にいる方法

秋月真鳥
恋愛
五歳のわたくし、フィーネは姉と共に王宮へ。 そこで出会ったのは、襲われていた六歳の王太子殿下。 「フィーネ・エルネスト、助太刀します! お覚悟ー!」 身長を超える大剣で暗殺者を一掃したら、王子様の学友になっちゃった! 「フィーネ嬢、わたしと過ごしませんか?」 「王子様と一緒にいられるの!?」 毎日お茶して、一緒にお勉強して。 姉の恋の応援もして。 王子様は優しくて賢くて、まるで絵本の王子様みたい。 でも、王子様はいつか誰かと結婚してしまう。 そうしたら、わたくしは王子様のそばにいられなくなっちゃうの……? 「ずっとわたしと一緒にいる方法があると言ったら、フィーネ嬢はどうしますか?」 え? ずっと一緒にいられる方法があるの!? ――これは、五歳で出会った二人が、時間をかけて育む初恋の物語。 彼女はまだ「恋」を知らない。けれど、彼はもう決めている――。 ※貧乏子爵家の天真爛漫少女×策略王子の、ほのぼのラブコメです。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...