神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

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57. 父さん、料理大会に挑戦する

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(シロム視点)

 アーシャ様と別れ、キルクール先生の馬車で家路に付くころには日が暮れていた。僕はキルクール先生にお礼を言ってから家に入る。ウィンディーネ様には公園の泉に戻ってもらっている。余りに色々なことがあり過ぎた1日だった。もうクタクタだ。

「ただいま。」

「お兄ちゃん、お帰り。」
「お帰りなさいませ、シロム様。」
「おお、シロム、戻ったか。」
「話は聞いたぞ、お前は我が家の誇りじゃ」
「お帰りなさい。」
「お疲れ様。」

 と総出で出迎えられた。今日は避難命令が解除された後も店を休んだらしい。それどころではなかったと言う事だろう。申し訳ないことをしたと思う。

「ごめんね。僕の所為で店を休んじゃったね。」

「何を言ってる。1日くらい休んでもどうと言う事はない。それよりお前の方はどうだったんだ? 神官様達に責められなかったか?」

「大丈夫、アーシャ様のお陰で何とかなったよ。ウィンディーネさんも公園の泉に戻ったよ。ただし一般の人には見えないけどね。」

「つまらない。私もでっかいウィンディーネさんを見てみたかったな。ねえお兄ちゃんがお願いしたら姿を見せてくれるのよね。」

「だ~め! また避難命令が出たら大変だろう。それにウィンディーネさんは見世物じゃないからね。」

「そうですよ、スミカだって周りの人にジロジロ見られたら嫌でしょう?」

「そうか、御免なさい。」

「スミカはいい子だな。よし、今度ご褒美を買ってやろう。」

 父さんはスミカに甘い。良かった、いつもの我家だ。


***********


 あれから一月が経った。カンナと一緒に学校から帰る途中でいつもの様に泉の広場に立ち寄る。

<< ウィンディーネさん、今日は。何か困ったことはありませんか? >>

<< ご主人様、ありがとうございます。快適に過ごさせていただいております。>>

 と、これまたいつものやり取りをする。

 ウィンディーネ様は泉の上に座っている。こんな所に1日中じっとしているなんて退屈なのではないかと心配になって確認したことがあるが、全く問題ないとの返事だった。

 チーアルに相談したら、

「精霊と人間では精神の構造が違うのよ、精霊が同じ場所でじっとしているのは快適な証拠よ。」

 と言われた。そう言えばチーアルも暗い洞窟の中で500年も過ごしていたのに、神気が湧き出さなくなるまでは快適だったと言っていたから、やはり人間とは違うのだろう。

 この泉の水は近所の家々の生活用水としても使われているため、水が汚れない様に泉での水遊びや釣りは禁止となっているから、その点でも好都合だ。もっともウィンディーネさんなら少々のことは気にしないと思うけれど。

 神殿からは「この泉には預言者様が契約した精霊が住んでいる」との発表がなされているが、一般の人には実体化を解いた精霊の姿は見えない。見えないものを意識し続けるのは難しいらしく、当初は精霊が住んでいると聞いておっかなびっくりだった町の人達も、しばらくするとこの公園を以前の様に利用するようになった。

 それどころか、泉の水を飲んでいる近所の人達で病気が治癒する人が続出したことから、この泉の水には病を治す力があると評判になり、近頃では病気が治って感謝の祈りを捧げるひとや、遠くから泉の水を汲みに来る人がいるなど、ちょっとした観光スポットになりつつある。ウィンディーネさんの力が泉の水に影響しているのかもしれない。

「 「 「キャーッ」 」 」

 と子供達の悲鳴と同時に水しぶきが上がる。泉の近くで遊んでいた子供のひとりが足を滑らせて泉に落ちたのだ。

 周りの大人たちが子供を助けに走り寄って来るが、それより先に泉の水がまるで意思を持ったかのように盛り上がり、子供を岸に戻すと何ごとも無かったかの様に消えて言った。

 岸に上がった子供はしばらくきょとんとしていたが、すぐに笑顔になって走って行った。服も濡れていない様だ。

「見たか?」
「ええ、あれは何だったのかしら?」
「なんでも精霊様がここに住んでいるって話だぞ。さっき町の人から聞いたんだ。」
「じゃあ、今のは精霊様の仕業?」
「それ以外説明がつかない。やはり聖なる山の神様の町は他とは違うな。」
「ここまで遠かったけど、お陰ですごい物が見れたな。」

 何人かの話声が聞こえる。精霊の事を知らなかったようだから巡礼者の人達だろうか。

 家に帰ると、今日は二葉亭の定休日なのに父さんが厨房にいる。

「父さん、また競技に出す料理を考えているの?」

「おお、シロムか。そうだとも、アーシャ様に食べて頂いたのは賄料理ばかりだったからな、最高のチーカ料理を食べてもらいたいじゃないか。」

 実はもうすぐ料理大会の地区予選が開催される。地区予選はこの町を10の地区に分けて順に開催され、最後にそれぞれの地区で優勝した店舗で決勝戦が開かれる。

 もっとも神様に捧げる料理を作る店として10店舗が選ばれ順番に料理を献上することになっているから、地区予選で優勝した時点でアーシャ様に料理を献上するという目的は果たせる。流石に我家が町で一番になるのは難しいだろうけど、地区での優勝なら可能性はあると思う。

「試食してみるか?」

「うん」

 父さんに差し出された皿の料理を一口食べる。

「うーん、確かに美味しいんだけど....。もう少し辛味が少ない方が良くない。」

「そうか?」

「料理大会で料理を食べて評価する人は、男の人も女の人もお年寄りもいれば子供もいるわけで.....そうなると誰に焦点をあてて味付けをするかが重要なんだけど.....中央値を取ると考えると、もう少し辛味が少ない方が万人受けするのじゃないかな。チーカ料理を食べ慣れていない人も多いだろうし。」

「シロムも難しいことを言う様になったな。だがそれじゃチーカ料理じゃなくなっちまう。それに特徴の無い料理で優勝できるとも思えん。」

「それもそうかも、難しいね....。」

「まあ、まだ少しは時間がある、考えてみるさ。」

「頑張ってね。応援してるよ。」

「おう、任せとけ。」

 料理に集中し始めた父さんを厨房に残し僕は自分の部屋に入る。手伝いたいけれど料理の基本しか習っていない僕では役に立たない。

 料理大会はアーシャ様も楽しみにしておられる。大会ではこっそりと料理を食べにジャニス皇女を連れて神域からやって来られるらしい。

「偶には気晴らしをさせてあげないとね。遊牧民の料理ばかりにも飽きただろうし。精霊さん達のお陰でこの町の間者はいなくなっただろうから、ジャニスを連れて来ても大丈夫でしょう。」

 というのが、先日供物の間でお話した時のアーシャ様の言だ。念の為に神官長様がアーシャ様とジャニス皇女へこの町の住民としての身分証を手配することになっている。

 自分の部屋に入った僕はさっそく宿題に取り掛かった。神官候補生のクラスになってからやたらと宿題が多いのには閉口する。でももうすぐ待ちに待った夏休みだ。心置きなく休みを迎えるためにも頑張らなければならない。宿題をサボったら夏休みに補講をしますからとキルクール先生に宣言されている。
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