神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

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93. その後のガニマール帝国

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 ジャニス皇女が皇帝になってからガニマール帝国は大きく変わった。ジャニス皇帝が最初に行ったことはカルロ教を国教に定めたことと、カルロ教国に使節を送り敵対国として断絶していた国交を回復させたことだ。それどころかカルロ教国はガニマール帝国を同じ聖なる山の神様を信仰する国として友好条約まで結んだのだ。当然ながらお互いの国内では反発する動きもあった様だが、カルロ教国では聖なる山の神様が反対する人達に啓示を送って諫めてくれたらしい。

 実は聖なる山の神様はジャニス皇女が神域を去るときに「カルロ教の教義と神の啓示に基づいた正しい政治を行うならガニマール帝国に加護を与えよう」と約束されたのだ。そのためにはカルロ教を国教にするのは必須だ。

 同様に友好条約に反対する勢力はガニマール帝国にも存在した。当然と言えば当然だ。前皇帝の戦略では聖なる山の神を味方に付けることにより敵対するカルロ教国を支配下に置くことだったのだが、これでは逆にカルロ教国の下にガニマール帝国が入る様なものだからだ。宗教的には長年聖なる山の神を崇めてきたカルロ教国が上になる。

 国のあちこちでジャニス皇帝に対する不満と反逆の動きが起こり一時は不穏な状態になった。その動きをいち早く察知し大事になるまえに事態を治めることが出来たのはウィンディーネ様が妖精を放って警戒して下さっていたお陰だ。僕達がここに残ったのはアーシャ様がこの様な事態になることを予想していたためだ。良く分からないが国の体制が変わる時にはその変化に反対する勢力が出て来るのは必然の事らしい。

 数か月するとジャニス皇帝の依頼により、ガニマール帝国にカルロ教の教えを説くために5人の神官が派遣されて来た。神の御子としてこの国に居る僕が神官に会わないわけにはいかないが、神官の人達は僕の顔を知っているはずで会えば僕が御子でないことは直ぐにバレてしまう。

 しかたなくジャニス皇帝に頼んで人払いをしてもらい会いにいったのだが、なんと神官様達のリーダーはキルクール先生だった。聖なる山の神のもう1人の御子様に会うのだと思い緊張していたキルクール先生は、頭を掻きながら現れた僕を見るなり「シロムさん!?」と言ったまま呆けた様に座り込んでしまった。他の神官様達も驚いて僕とキルクール先生を交互に眺めている。

 キルクール先生が落ち着いたところで今までの経緯を話すことが出来た。

「私をガニマール帝国に派遣する神官に加える様に聖なる山の神様の啓示があったと聞きましたが、どうして私なんかを疑問に思っていたのです。でもシロムさんがここに居られるのなら納得です。いいえ、"シロムさん"なんて呼んではいけませんね。今やシロム様は神のお1人なのですから。」

「先生までやめて下さい。僕が神のわけ無いじゃないですか。」

「アーシャ様とご結婚なさり聖なる山の神様が神族と認めて下さったのなら立派な神様です。それに聖なる山の神の義理の息子になられたのですから、神の御子と名乗られても嘘にはなりません。」

「と、とにかく様付けは止めて下さい。せめて人目の無いところでは今まで通りでお願いします。さもないと恥ずかしくて逃げ出したくなります。他の皆さんもそれでお願いします。」

 そう言って神官の皆様に頭を下げる。神官の人達は苦笑いしていたが、

「シロム様のご命令とあれば。」

 と笑って言ってくれた。もちろん僕の正体は秘密にしてくれることになった。

 それからドラゴニウスさんがカルロの町の泉の広場に放置したままになっていた聖なる岩を皇都まで運んで来てくださった。広い空き地に設置された聖なる岩は神域と亜空間の通路で結ばれ岩から聖なる山の神様の神気が溢れだした。ここをこの国の聖地として岩を中心として神殿を建設することになっている。




 あれから5年経った、僕はまだガニマール帝国に居る。この国でカルロ教はキルクール先生達の努力とジャニス皇帝のバックアップにより目覚ましい広がりを見せている。もっともカルロ教国の様に聖なる岩に祈りを捧げた人々に病気や怪我が治るという奇跡が頻発したこともカルロ教が人気となった理由でもある。僕もキルクール先生に頼まれて、何度もキルクール先生の回復の奇跡の技では治療できない重症の人の治療を行った。

 あれからジャニス皇帝が行った奴隷制度の廃止を含む数々の改革や周りの国との宥和政策は一部の既得権者の抵抗に会いながらも、概ね国民に好感を持って受け入れられている。国内の情勢も落ち着いて来たし、抵抗勢力も以前の様な勢いを無くしてきた。そろそろ僕(というよりウィンディーネ様やチーアル)がいなくても大丈夫だろう。

「そろそろ良いかもしれないわね。」

 久しぶりにガニマール帝国を訪れたアーシャ様が仰る。僕が帰還しても良い頃だという意味だ。

「僕も早く帰りたいです。」

 カルロの町を離れて随分経つ。家族やカンナにアルムさん、それにクラスメイトのマークやカーナにカリーナ....皆どうしているのだろう。一刻も早く会いたいと思う。

「シロムさんが帰ったら国を挙げて歓迎されるわよ。なにせ聖なる山の神の秘密の命により長い旅に出ていた預言者様が使命を果たして帰還するのだから。」

「は? はい???」

「嘘じゃないでしょう。ここに来たのはとうさまの命令だったのだから。」

「それはそうですが....僕は何もしていませんよ。」

「そんなこと無いわよ。コトラルの企みを防げたのはシロムさんのお陰だし。シロムさんがいなければジャニスは皇帝に成れなかった。この国でも医者から見放された病人を奇跡の技で治療してくれる神の御子として大人気じゃない。カルロ教の布教にも貢献しているわよ。」

 そうかもしれないが、どうしよう....国をあげて歓迎なんてされたら恥ずかしくてたまらない。それに.....と恐ろしい予感が胸をよぎる。

「もしかして、皆の前で話をさせられるのじゃ.....。」

「そうかもね。」

 そうかもって.....止めた.....このままどこかへ逃げよう。

<< 待ちなさい、相変わらずヘタレよね。いいわもう一度だけ助けてあげる。>>

 精神世界に入っているマジョルカさんから念話が入る。あせっていたから考えが念となって漏れた様だ。助けてくれる?

<< 私が代わりに皆の前で話をしてあげるわ。その代わり演説の内容は自分で考えなさいよ。でもこれが最後よ、私はもうすぐ輪廻の流れに戻るのだから。>>

 そうなのだ....少し前にマジョルカさんを輪廻の流れに戻す方法が見つかったと聖なる山の神様から連絡があった。それなのにマジョルカさんは今まで僕に付きあってくれていたわけだ。申し訳ない....。

 そう言うわけで僕達はジャニス皇帝に後10日ほどでカルロ教国に戻ると伝えた。ここに来た時に10歳だったジャニスは15歳になった。もともと綺麗な顔をしていたが、体形も少女から女性へと変化しつつある。

「え~、シロムさん帰ってしまうの。ずっとこの国に居てくれると思っていたのに。」

「申し訳ありません。カルロ教国には家族もいますので。」

「仕方ないわ、最初から私が皇帝として独り立ちするまでという約束だったものね。今までありがとう本当に感謝しているわ。」

 ジャニス皇帝は若干悲しそうだ。実際問題としてジャニスは皇帝にはなったものの、聖なる山の神様に約束した「カルロ教の教義と神の啓示に基づいた正しい政治を行う」という目標到達はまだまだ先の話だ。聖なる山の神様は50年の猶予期間を与えて下さったが正直それでも難しいと思う。なにせカルロ教の第一の教義は「すべての人間は神の前に平等である」だ。皇帝や貴族という身分制度がある時点でアウトとなる。だからと言って無理やり身分制度を廃止しようとすれば、ほとんどの貴族が反抗し一気に国が崩壊するだろう。皇帝になったとはいえ、ジャニス皇帝の挑戦は始まったばかりなのだ。

 挨拶が済むとジャニス皇帝は僕に近づいて耳元で囁いた。

「でも私達は婚約者なのよ。いつかは結婚してくれるでしょう。」

「け、結婚は好きな人とするべきです。」

「あら、私はシロムさんが好きよ。それに神の御子と婚約したと公表した私が他の男と結婚できるわけが無いじゃない。それこそこの国が神に見捨てられたと大騒ぎに成るわよ。」

「そ、それは....ジャニス様ならきっと何とでもなります。」

 本当にそう思う。天才ジャニスなら何とでも言い訳を考え付きそうな気がする。

「冷たいのね....でも私は諦めないわ。また会える日を心待ちにしています。」

 その言って潤んだ様な目で見つめられると背中がゾクゾクッとした。だけどこの時はまだジャニス皇帝の壮大な計画と決心に気付くことは出来なかったのだ。

 ジャニス皇帝への挨拶をすませアーシャ様と一緒に一旦僕の館に戻る。ちなみに空を飛んでだ。館の門は来客時以外は使わないことにしている。僕が町を歩くと神様が来られたと大騒ぎになるからだ。騒ぐだけならまだしも道の両側にズラリと座って頭を下げられては堪らない。

「ご主人様お帰りなさいませ。アーシャ様お久しぶりでございます。」

 館にはいると早速ウィンディーネ様が出迎えて下さった。

「ウィンディーネさんお久しぶりです。あれ? ひょっとしてお目出たですか?」
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