神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

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95. シロムの帰郷

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(シロム視点)


 その後、僕が故郷に帰ることが知れ渡ると様々な人達が別れの挨拶に来てくれた。最近は人に会う時にいちいちマジョルカさんに変わってもらうのは止めている。ジャニスが皇帝の地位に付いてからすでに長く、その地位は安定してきており芝居をする必要がなくなったからだ。周りの人に高圧的に接する必要がなくなって心の負担が少し軽くなった。

 最初にやってきたのはゴリアスさんだった。ゴリアスさんは宮殿が襲撃に会った時にジャニスを助けて多大な貢献をしたとして奴隷の身分から解放され、現在は皇都の治安を守る保安隊の隊長に抜擢されている。

「よう精霊使い。お前とはもう一勝負したかったのに残念だぜ。犯罪者なんて弱っちい奴ばかりでな張り合いがないんだよ。いつかまたやろうぜ。」

 はい分かりました、ゴリアスさんとの出会いは全力で回避させてもらいます。心の中でそう呟いた。

 次に訪れたのはジャニス様の母エカテリーナ様だ。

「ロム様、これまでジャニスを支えて下さり心より感謝しております。娘は私に会うといつもシロム様の事を楽し気に話してくれます。心よりシロム様のことをお慕いしているのが母の目には良く分かります。どうか一時離れることがありましてもジャニスをお見捨てになられません様、心よりお願い申し上げます。」

「わ、分かりました。心配しないで下さい。」

 と返したものの心の中は申し訳なさで一杯だった。ガニマール帝国の皇帝とカルロ教国の預言者だ。気軽に会うわけにはいかないだろう....。それになりより僕にはアーシャ様、カンナ、アルムさんという妻や婚約者がいるのだ。

 本当は子供が出来た以上ウィンディーネ様とも結婚しなければと考えていたのだが、どうやらそれは僕の独りよがりだった様で精霊に結婚という概念はないらしい。精霊は相手が人間であれ精霊であれ、同性でも異性でも関係なしに、一緒に居て幸せなら子供が出来る。この時肉体的な交わりは関係ない。生まれた子供は基本的に産んだ精霊が育てる(といっても気を与える以外はかなりの放任主義らしいが....)。人間の様に結婚して一緒に子育てをするという考えはないと言われてしまった。精霊の精神構造はやはり人間とは違うのだろうか....。いずれにしろ僕はウィンディーネ様に求婚して振られてしまったわけだ。

「結婚なんてしなくても、私はご主人様の契約精霊なのですからずっと一緒に居ますよ。」

 ウィンディーネ様にそう言われ、ほっとしたような悲しいような複雑な気分になったのは内緒だ。

 その後は、ジャニスの元執事のアニルさん、ガニマール帝国の初代神殿長となったキルクール先生や神官様達、僕が病気を治療した沢山の人達が感謝の言葉を伝えに来てくれた。

「まったくシロムさんには驚かされてばかりですね。」

 精霊を見ることの出来るキルクール先生は、僕の周りを楽しそうに飛び回っている子供達を見て目を丸くしながら口にした。驚かして申し訳ありませんと心の中で謝る。先生にはご迷惑をかけっぱなしだ。僕と関わらなければガニマール帝国にやって来るなんてありえなかっただろう。

 今までも僕の館の周りには祈りを捧げる人がいたのだが、僕がガニマール帝国を去るとの噂が広まってからとんでもない数の人々が押しかけて来る様になった。まるでこの館が第二の神殿になった雰囲気だ。これだけの人々に取り囲まれると威圧感が半端ない。それからは一歩も外に出られなくなった。「祈りは神殿で捧げて下さい。」と切に願った。

 皇都を去る日にはジャニス皇帝を始めとして驚くほど多くの人々が見送りに来てくれ、館の周りは人で埋め尽くされていた。僕とアーシャ様それにチーアルがウィンディーネ様の水球に乗って手を振りながら空に浮かぶ。僕達の両側に巨大なウィンディーネ様と精霊王様が並びそのまま人々が見えなくなるまでゆっくりと上昇する。

「シロムさんすごい人気じゃない。」

「そ、それだけカルロ教の信者が増えたと言う事です。キルクール先生達の成果ですよ。僕は何もしていませんから。」

「シロムさんらしいわね。でもカルロの町についたら同じような騒ぎになると思った方が良いわよ。皆、預言者様の帰りを待ちわびているからね。」

「あ、あのアーシャ様....なんとかなりませんか?」

「だめよ、覚悟しなさい。」

 アーシャ様にそう言われてはどうしようもない。こうなったらマジョルカさんだけが頼りだ。

<< パパ 元気ない? >>

 ウィンディーネ様と僕の間に出来た子供の1人、サーヤが僕の顔の前を飛び回りながら言う。子供に心配させるなんて親として恥かしい....。

<< だ、大丈夫。パパは元気だよ。>>

 サーヤだけでなく自分にも言い聞かせる様に言った。そうだ、僕は父親になったんだ。いつまでもヘタレのままでどうする。しっかりしろシロム、子供の前で無様な姿は見せられないぞと覚悟を決めた。

 だが僕の覚悟はカルロの町に着いたとたん呆気なく崩壊した。町中の人が通りに出て何か叫びながら熱狂的に僕達に手を振っている。そして近づくにつれ人々の叫びが聞こえて来る。


「預言者シロム様万歳!」
「ガニマール帝国を屈服させた預言者様! 最高だぜ!」
「我らの英雄シロム様!」
「どこまでも付いて行きます。」
「ガニマールの奴等、ざまあ見ろだ。」
「きゃあ~~~。シロム様がこちらをご覧になったわ。」
「シロム様~~~」


「ア、アーシャ様、なんだか僕がガニマール帝国に居たのがバレている様ですが....。」

「ああ、あれは単なる噂よ。公式にはシロムさんはとうさまから秘密の命令を受けて旅立ったのでどこに行ったのかは分からないことになっているわ。でもガニマール帝国でカルロ教が広まったタイミングとシロムさんの不在が重なったからね、それに加えてガニマール帝国に現れた神の御子が巨大な精霊を従え、杖を使って人々の病を治しているって話が伝わってね....。シロムさんはこの国が2度と攻められない様に敵国のガニマール帝国に出向いて皇帝を改心させ、カルロ教を広めたのだと信じている人が多いわね。」

 とんでもない誤解だ、微妙に真実を含んでいるところが厄介でもある。そんな噂を認めたら僕はこっちでも家から出られなくなる。"僕が行ったのは聖なる山の神様から与えられた秘密の任務で、秘密だから内容は話せない"とする方針は絶対堅持だ。

 とにかく僕達が神殿に降りるだろうと期待した人々が神殿街に集まっていることを幸いに、そのまま下町に向かう。もちろん目的地は二葉亭、僕の家だ。何を置いても家族に会いたい、それにカンナとアルムさんにも....。

 店の前には家族が勢揃いして手を振ってくれている。もちろんカンナとアルムさんもいる。二葉亭の周りにも沢山の人々がいるが神殿街よりはましだ。下から見ている人達を怖がらせない様にウィンディーネ様と精霊王様に実体化を解いてもらってから着陸する。アーシャ様も人々に見えない様に身体を透明化された。神の御子が一緒にいるとなるとそれはそれで騒ぎになるからだ。

 僕が水球から降りた途端、走り寄ってきたカンナにパシッと頭を叩かれた。

「シロムのバカ! 長すぎるわよ。」

 そう言ったカンナが僕に抱き付いて泣き出した。あれ? カンナの背が縮んだ.....いや違うか.....僕の背が伸びたんだ。

「御免な...」

 そう言ってカンナを抱き返す。いつの間にか僕も涙を流していた。

「シロム様....」

 アルムさんが涙声で僕の名前を呼ぶ。僕はアルムさんを手招きしてカンナとアルムさんの2人を抱きしめた。

「シロム、とにかく店に入れ。」
「神殿に行く前に最高のチーカ料理を作ってやるから食って行け。久しぶりだろう。」

 父さんと爺ちゃんが笑顔で言う。

「そうよ、今日は貴方の貸し切りよ。」

 そう母さんが付け加える。僕が帰って来ると聞いて店を閉めて待っていてくれたのだろう。

「うん。」

そう返事して中に入る。中に入るとアーシャ様が透明化を解いたが家族は驚かない。なんでも僕が不在の間に度々訪れて僕の近況を伝えてくれていたらしい。

「妻が旦那様のご家族と親しくするのは当然でしょう。」

 アーシャ様はそう仰るが、御子様に僕と結婚したと聞かされた時の家族の驚きを想像して頭の中で謝った。
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