大草原の少女イルの日常

広野香盃

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2. ヤラン兄さんの初めての狩り

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「ヤランにーさん、きょうはとーさんとかりにいくんだよね。」

「そうさ、すげー大物を狩ってくるからな。夕飯を楽しみにしてろよ。」

 とヤラン兄さんが自信満々に言い放つ。嬉しくて仕方が無いのか、さっきから兄さんの金色のしっぽが落ち着きなく揺れている。兄さんは今日初めて狩りに連れて行ってもらうのだ。それは一人前の男と認められたということでもある。ヤラン兄さんはまだ10歳だけれど、同じ年の子供達の中では一番背が高い。走るのも乗馬も得意だ。普通は後1~2年経たないと狩りには連れて行ってもらえない所を、ヤラン兄さんは特別に認められたのだ。嬉しくてたまらないのがこっちまで伝わってくる。

「うん、たのしみにしてる。がんばって」

「おう、任せとけ。」

 とヤラン兄さんが言う。まあ、初めての狩りだ。最初からうまく行く訳はないと思うが、大好きな兄さんの落胆した顔を見たくはない。大物でなくても何か獲物を狩ることが出来る様に祈るだけだ。

 私達が居る草原にはさまざまな動物が暮らしている。狩りはいつも同じ内容の食事ばかり食べている私達にご馳走をもたらしてくれる。父さんも家畜の世話があるので頻繁には行けないのだが、それでも皆楽しみにしているのだ。一月ほど前に父さんが一族の仲間と共に狩りに出かけた時は大きな鹿を仕留めて、一族皆で分け合っても十分な肉を食べることが出来た。今日は何が獲れるのだろう。私も少し楽しみだ。

 朝ごはんは搾りたてのヤギルの乳に母さんが焼いたナン、それにチーズとヨーグルト、近くの平原で取れた野草を煮てバターをたっぷり溶かしたスープだ。ほとんど自給自足の生活だが、ナンの原料の麦だけは年に何回か町に行って購入している。ラクダルの世話をしていた父が戻って来るのを待って、天幕の前の地面に動物の皮で作ったシートを敷き、その上で家族全員揃っての朝食となる。

「父さん、今日の狩りは何処に行くの?」

とヤラン兄さんが父さんに尋ねる。一刻も早く出発したくてたまらないと顔に書いてある。

「そうだな、今日はカムラン湖の付近まで行ってみようと思う。少し遠いが馬で行けば夜までには戻れるだろう。」

「ねえねえ、獲物は何がいるの? でっかいのが居る?」

「カムラン湖の付近で獲れるのは、シカ、ウサギ、イノシシ、アナグマ、キツネそれに鴨なんかだな。だが、あのあたりにはオカミやトランみたいな危険な動物もいる。油断すると自分が獲物になっちまうからな。絶対に俺達の傍を離れるんじゃないぞ。」

「うん...。」

トランと聞いてヤラン兄さんの顔が真剣になる。トランはこのあたりで一番の猛獣だ。一族で一番強い父さんですら1対1では勝てないらしい。私はまだ見たことがないが、あの強い父さんが勝てないなんてとんでもない怪物に違いない。

「大丈夫よ、イル。父さんが付いてるんだから。」

と母さんが私に声を掛けてくれる。おそらく私が心配そうな顔をしていたからだろう。

 父さんたちは食事を終えると、馬に鞍を付け1日分の水と食料を持って出かけて行った。狩りの道具は弓矢だ。一族の男の子達は狩り用の弓矢は自分で作る。ヤラン兄さんも何日も掛けて作った弓を持っている。的を目がけての練習は何度もしているが実際に使うのは初めてのはずだ。不安と期待が入り混じった顔をしている。それと腰には短剣を差している。刃渡り20センチメートルくらいの小さな剣だ。この前の誕生日に父からプレゼントされたものである。

「それじゃ、行って来る。」

「「「気を付けて。」」」

 母さんと姉さん、それに私の女性陣に見送られて父さんとヤラン兄さんは出立した。一緒に狩りに行く人達と合流してからこの居住地を出る予定だ。ふたりが出かけると私達の日常が再開する。姉さんと母さんは家畜の世話をし、私は...何もすることが無い。当たり前だ3歳児にできる仕事なんてないのだ。一族には同年代の子供達もいるが、いかんせん天幕と天幕の距離がかなりあるので遊びに来る子供もいない。3歳児の足で移動するには少し遠いのだ。そんなわけで私はいつも通り天幕の周りで食べられる野草や薬草の採取を行う。もちろん後で母さんに確認してもらう、毒草が混じっていたら大変だからね。本当は読書をしたいのだが我家には本が無い。その前に字が読めない。教えてもらいたくても父さんも母さんも読み書きが出来ない。一族の中には何人か字が読める人が居るらしいが、この歳では習いに行くことも出来ない。

 普通の3歳児は自分から文字を教えて欲しいなんて言わないと思うが、実は私には前世の記憶があるのだ。前世で私はどこかの王国に仕える魔法使いだった。王様とも度々顔を合わせていた様な気がするので、結構身分が高かったのかもしれない。だが残念なことに細部はぼんやりしていて、王様の名前や王国の名前も分からないし、なにより自分の名前すら思い出せない。だが不思議と魔法のことは覚えている。前世の記憶があることは両親には告白済みだ。私を可愛がってくれる両親をだましている様で黙っているのに耐えられなかったのだ。私が2歳の時である。舌足らずの口調で告白をする私に母は「良く言ってくれたわね」と言って私を抱きしめてくれた。父も「記憶があっても無くても、お前は俺達の娘に変わりはない。」と言ってくれた。気持ち悪がられるかと思ったが杞憂だった。安心して両親の前で泣いてしまったっけ。
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