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7. 遭難した王族
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まず遭難していた人だが、王座を争っている一方の王子の息子らしい。年は9歳。人間族で名前はアトルだ。服装が庶民的な物だったので助けた人達はだれも王族とは気付かなかったらしい。王族だと分かったのは気が付いた本人が話したからだ。それから今日の騒ぎに成った訳だ。予想通り、誰からも「殺してしまえ」や「追い出してしまえ」という意見はでなかったのでほっとする。こんな草原で追い出せば殺すのに等しいからだ。
長老の説明によると、アトルくんのお父さんは敵対する弟王子との戦に敗れ戦死し、弟王子が次の王座に就くのが確実になった。その知らせが届くとアトルくんの住んでいる屋敷の奉公人達は皆一斉に逃げ去ってしまい、残ったのは数人の側近のみ。側近達は彼に庶民の服装を着せ一緒に屋敷から草原の方向に逃げ出したものの、敵兵の追撃に会った。側近達はアトルくんを逃がすために敵に立ち向かい。最後にはアトルくんひとりだけになって、水も食糧もなく草原を彷徨っていたところを助けられたと言う訳だ。
敵側としては後顧の憂いを断つためにもアトルくんを確実に殺そうとするだろう。今も弟王子の兵達がアトルくんを探しているはずだ。私達の家は天幕だ、人を隠す秘密の地下室なんてない。もし兵がこの居住地に押し入って天幕をひとつひとつ調べたら匿っていたとしても見つかるのは時間の問題になる...。
こうなったらと私が腹を括ったとき、父さんが発言した。
「俺がその子を西の王国まで連れて行こう。そこまではトワール王国の兵も手が出せまい。」
父さん! なんてことを! 確かにトワール王国の兵は西の王国には手を出せないだろうけど、ここから西の王国までどれだけの距離があるか、1年や2年では帰ってこれない危険な旅路だ。話が決まってしまう前にと、私はラクダルの世話を中止して一目散に長老の天幕へ向かって駆け出し、長老の天幕に着くとそのまま中に駆けこんで大声で叫んだ。
「父さん! 待って! 私が何とかするから! 皆さん、いままで隠していましたが私は魔法を使えます。私に任せてもらえませんか。」
大人たちは、いきなり小さな子供が飛び込んで来て大声で叫んだのでびっくりした様だが、それだけだ。私の言葉の意味なんて理解しようとしていない。ただ長老だけは違った。
「イル。魔法とはなんじゃ」
「王国の魔導士が使うのと同じ魔法です。魔法を使ってヤギルの死体をアトルくんそっくりに変化させます。それを草原に置いておけば王国の兵達はアトルくんが死んだと思い込むはずです。」
私の言葉を聞いて、大人たちがざわざわと互いに話し出す。
「イル! 魔法はだめだ! 自分で言っていたろう、もしこの前の様なことがあったらどうするんだ。」
と父さんが叫ぶ。怖いが負けていられない。
「父さん、大丈夫だから。私は大きくなったのよ。」
「イル、お前はわしらの話を聞いておったのじゃな。」
と長老が尋ねてくる。当然の疑問だ。いきなり割って入った私の話が、今までの議論と矛盾しないのだから。
「はい、ごめんなさい。魔法を使って聞いてました。」
「そうか...。イル、この場で何かわしらに魔法を見せられるか?」
「分かりました。」
皆を納得させるために魔法を使えることを示せ、ということだろうと理解する。何が良いだろうと考えて、瞬間移動の魔法に決めた。大人たちは円座になって座っているので真ん中に空間がある。私は天幕の入り口から円座の中央に瞬間移動した。短い距離だからそれほど魔力は必要ない。途端に大人たちの驚く顔が見え、「おおっ!」と言う声が聞こえた。
「幻では無さそうじゃのお。大したもんじゃ。それで皆の衆どうするかの?」
私が計画をもう一度説明すると、父さんを除く皆が納得してくれた。父さんだけが渋い顔をしている。私は父さんの手を取り、「父さん、お願い。」と囁いた。
「本当に大丈夫なんだな。」
「うん。」
と元気よく答えると、漸く了承が降りた。
そうと決まれば急いだ方が良い。父さんはすぐにヤギルの囲いに駆けて行った。ヤギルを一頭殺しに行ったのだ。かわいそうだが仕方が無い。その間に私を含めた残りのメンバーはアトルくんのいるコーラルさんの天幕に移動した。ぞろぞろと大勢の大人達がいきなり入ってきて驚くアトルくんに、これからの計画を説明する。説明が終わるころには父さんがヤギルの死体を持って天幕に入って来た。首の骨を折って殺したそうで血は出て居ない。天幕の床に横たえられたヤギルの傍にアトルくんに裸で立ってもらう。恥ずかしいだろうが我慢して欲しい。私だって恥ずかしいのだ、でも恥ずかしがっていては魔法が使えない。じっくりとアトルくんを観察してから魔法を使う。実は結構難しい魔法だ、魂のコントロールに乱れが無いように精神を集中する。アトルくんをイメージしながら魔法を発動するとヤギルの死体が淡く輝きアトルくんそっくりに変化した。もちろん裸だ。アトルくんの胸にあった痣も同じように再現してある。これにアトルくんの着ていた服を着せれば完成だ。ヤギルで作った偽装死体は、大人たちが夜中にトワール王国に続く街道に置いて来てくれることになった。
現在アトルくんはヤルさんのお古を着ている。これからはコーラルさんの遠い親戚ということにしてこの天幕で暮らすのだ。これで一安心だが、もうひとつ用心のための細工をする。もちろんアトルくんの了承はとってある。
私がアトルくんの顔に手を翳すと、まず髪の毛の色が元の青から茶色に変化する。目の色も緑から黒に変化した。次に人間族の耳が私と同じクマ耳に変わり、少し上に移動する。そしてお尻にはクマの短いしっぽが生える。胸にあった特徴的な痣も除去した。これで完璧だろう。アトルくんは人間族となっているから、いくら顔が似ていても獣人族の子供を疑いはしないはずだ。すべてが終わってほっとすると力が抜けて座り込んだ。父さんが心配して声を掛けてくるが、「大丈夫」と返す。大丈夫、今回は魔力中毒も起きなかったよ。
長老の説明によると、アトルくんのお父さんは敵対する弟王子との戦に敗れ戦死し、弟王子が次の王座に就くのが確実になった。その知らせが届くとアトルくんの住んでいる屋敷の奉公人達は皆一斉に逃げ去ってしまい、残ったのは数人の側近のみ。側近達は彼に庶民の服装を着せ一緒に屋敷から草原の方向に逃げ出したものの、敵兵の追撃に会った。側近達はアトルくんを逃がすために敵に立ち向かい。最後にはアトルくんひとりだけになって、水も食糧もなく草原を彷徨っていたところを助けられたと言う訳だ。
敵側としては後顧の憂いを断つためにもアトルくんを確実に殺そうとするだろう。今も弟王子の兵達がアトルくんを探しているはずだ。私達の家は天幕だ、人を隠す秘密の地下室なんてない。もし兵がこの居住地に押し入って天幕をひとつひとつ調べたら匿っていたとしても見つかるのは時間の問題になる...。
こうなったらと私が腹を括ったとき、父さんが発言した。
「俺がその子を西の王国まで連れて行こう。そこまではトワール王国の兵も手が出せまい。」
父さん! なんてことを! 確かにトワール王国の兵は西の王国には手を出せないだろうけど、ここから西の王国までどれだけの距離があるか、1年や2年では帰ってこれない危険な旅路だ。話が決まってしまう前にと、私はラクダルの世話を中止して一目散に長老の天幕へ向かって駆け出し、長老の天幕に着くとそのまま中に駆けこんで大声で叫んだ。
「父さん! 待って! 私が何とかするから! 皆さん、いままで隠していましたが私は魔法を使えます。私に任せてもらえませんか。」
大人たちは、いきなり小さな子供が飛び込んで来て大声で叫んだのでびっくりした様だが、それだけだ。私の言葉の意味なんて理解しようとしていない。ただ長老だけは違った。
「イル。魔法とはなんじゃ」
「王国の魔導士が使うのと同じ魔法です。魔法を使ってヤギルの死体をアトルくんそっくりに変化させます。それを草原に置いておけば王国の兵達はアトルくんが死んだと思い込むはずです。」
私の言葉を聞いて、大人たちがざわざわと互いに話し出す。
「イル! 魔法はだめだ! 自分で言っていたろう、もしこの前の様なことがあったらどうするんだ。」
と父さんが叫ぶ。怖いが負けていられない。
「父さん、大丈夫だから。私は大きくなったのよ。」
「イル、お前はわしらの話を聞いておったのじゃな。」
と長老が尋ねてくる。当然の疑問だ。いきなり割って入った私の話が、今までの議論と矛盾しないのだから。
「はい、ごめんなさい。魔法を使って聞いてました。」
「そうか...。イル、この場で何かわしらに魔法を見せられるか?」
「分かりました。」
皆を納得させるために魔法を使えることを示せ、ということだろうと理解する。何が良いだろうと考えて、瞬間移動の魔法に決めた。大人たちは円座になって座っているので真ん中に空間がある。私は天幕の入り口から円座の中央に瞬間移動した。短い距離だからそれほど魔力は必要ない。途端に大人たちの驚く顔が見え、「おおっ!」と言う声が聞こえた。
「幻では無さそうじゃのお。大したもんじゃ。それで皆の衆どうするかの?」
私が計画をもう一度説明すると、父さんを除く皆が納得してくれた。父さんだけが渋い顔をしている。私は父さんの手を取り、「父さん、お願い。」と囁いた。
「本当に大丈夫なんだな。」
「うん。」
と元気よく答えると、漸く了承が降りた。
そうと決まれば急いだ方が良い。父さんはすぐにヤギルの囲いに駆けて行った。ヤギルを一頭殺しに行ったのだ。かわいそうだが仕方が無い。その間に私を含めた残りのメンバーはアトルくんのいるコーラルさんの天幕に移動した。ぞろぞろと大勢の大人達がいきなり入ってきて驚くアトルくんに、これからの計画を説明する。説明が終わるころには父さんがヤギルの死体を持って天幕に入って来た。首の骨を折って殺したそうで血は出て居ない。天幕の床に横たえられたヤギルの傍にアトルくんに裸で立ってもらう。恥ずかしいだろうが我慢して欲しい。私だって恥ずかしいのだ、でも恥ずかしがっていては魔法が使えない。じっくりとアトルくんを観察してから魔法を使う。実は結構難しい魔法だ、魂のコントロールに乱れが無いように精神を集中する。アトルくんをイメージしながら魔法を発動するとヤギルの死体が淡く輝きアトルくんそっくりに変化した。もちろん裸だ。アトルくんの胸にあった痣も同じように再現してある。これにアトルくんの着ていた服を着せれば完成だ。ヤギルで作った偽装死体は、大人たちが夜中にトワール王国に続く街道に置いて来てくれることになった。
現在アトルくんはヤルさんのお古を着ている。これからはコーラルさんの遠い親戚ということにしてこの天幕で暮らすのだ。これで一安心だが、もうひとつ用心のための細工をする。もちろんアトルくんの了承はとってある。
私がアトルくんの顔に手を翳すと、まず髪の毛の色が元の青から茶色に変化する。目の色も緑から黒に変化した。次に人間族の耳が私と同じクマ耳に変わり、少し上に移動する。そしてお尻にはクマの短いしっぽが生える。胸にあった特徴的な痣も除去した。これで完璧だろう。アトルくんは人間族となっているから、いくら顔が似ていても獣人族の子供を疑いはしないはずだ。すべてが終わってほっとすると力が抜けて座り込んだ。父さんが心配して声を掛けてくるが、「大丈夫」と返す。大丈夫、今回は魔力中毒も起きなかったよ。
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