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22. ヤラン兄さんの誕生日と刺繍のハンカチ
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今日はアトル先生の久しぶりの授業を受けている。実は姉さんの結婚式の日から、父さんの死や、北の同胞との争い、地竜退治と立て続けに色々な出来事が続いて、中断したまま再開出来ていなかったのだ。でも漸く母さんの精神も落ち着いて来て、安心してアトル先生の授業を受けることができる様になった。
「でもね、実を言うともう教えることが余り残っていないんだ。なにせテキストが無いから僕が覚えていることしか教えてあげられないからね。」
とアトル先生が残念そうに言う。いえいえ、今まで教えてもらった内容だけでも立派なものです。とても10歳(アトル先生も誕生日を迎えてひとつ歳を取った)とは思えません。
今日は大草原の南にある小国群について教えてくれることに成った。私達の住む大草原と呼ばれる荒野は大陸の中央にある。大草原の南にはトシマル山脈と呼ばれる険しい山々が東西に連なっており、その山々の向こうには数十の小さな国々が林立していて、南の小国家群と呼ばれている。小国家群の更に南は海になる。小国家群の中でも海に面する国々では船を使っての交易が盛んで、海周りでトワール王国とも取引があるし、もっと遠く、西の小国家群と呼ばれる国々や更に遠くのハルマン王国とも取引があるらしい。これらの国々が取引先である他国の人や知識も受け入れる開放的な文化を有しているのと対照的に、内陸部の国々は農業を中心とした国家であり、伝統を尊重する閉鎖的な国々らしい。内陸部の国々では、昔からトシマル山脈を通り大草原を縦断する街道によりトワール王国と盛んに交易していたが、近年、海沿いの国々による船での交易が盛んになるにつれ、陸路での交易の量が減ってきており、財政的に苦しくなっている国々が多い。内陸部の国々共通のもうひとつの特徴としては、奴隷制度が継続していることが上げられる。これは沿岸部の国々が他国の文化を取り入れた結果、数十年前に奴隷制度の撤廃に踏み切ったのと対照的である。内陸部の国々では肉体労働は卑しい者の仕事とする考えが強く、奴隷の多くは国の主産業である農業に従事させられているらしい。
「本当は、南の小国家群のひとつひとつの国についても習ったんだけどね、そこまでは覚えていないんだ。ごめんね。」
とアトル先生が言うが、とんでもない立派なものである。私はお礼を言って今日の授業を終えた。明日からは西の小国家群やハルマン王国について教えてくれるらしい、楽しみである。
こうして日々は過ぎて行き、今日はヤラン兄さんの13歳の誕生日だ。私は母さんと一緒に誕生日のお祝いのご馳走を作っていた。その日の夕方、一仕事終えて戻って来たヤラン兄さんは懐から10枚を超えるハンカチを取り出した。遊牧民の間では、女性は意中の男性に自分で刺繍をしたハンカチをプレゼントし、相手がそのハンカチを使ってくれたら求婚を受け入れてくれたサインと言うことになっている。13歳に成ったことで結婚の対象としてターゲット認識されたということだろう。相変わらず女の子の憧れのヤラン兄さんである。だが、ヤラン兄さんは困った顔だ。
「どうしようか?」
と私に相談してくる。いつもの頼りになるヤラン兄さんの面影が無い。もちろん嫌ならハンカチを使わなければ良いだけの話なのだが、優しいヤラン兄さんとしては相手を傷つけずに断るにはどうすれば良いか考えているのだと思う。
「ヤラン兄さんは好きな女の人は居ないの?」
と聞くと、「いない」と答えが返ってきた。兄さんにハンカチを渡した女性達が気の毒になる。きっと苦労して刺繍した人もいるだろう。うーん。どうしよう。貰ったハンカチを使わないのは良いが、それだとずっと、今日こそ自分のハンカチを使ってくれるんじゃないかと思って期待しちゃうよね。こういう場合ははっきりと振ってあげた方が良いような気がする。仕方が無い、ここは私がひと肌脱いであげよう。その夜、私は母さんにお願いしてハンカチへの刺繍のやり方を教えてもらう。母さんは私がしようとしていることが分かったらしく、何も聞かずに、「頑張って」と言ってくれた。
それから私は頑張った。3日で初めての刺繍をやり遂げたのだ。当然ながら手の込んだ刺繍なんて出来るはずもなく、私が手掛けたのは基礎の基礎、大きなハンカチの4隅にちょこちょこと小さな花が咲いている図柄だ。それでも我ながら頑張ったと思う。下手糞な刺繍の入ったハンカチを遅まきながらの誕生日プレゼントとして兄さんに渡すと、嬉しそうな顔で受け取ってくれた。妹からのハンカチのプレゼントは純粋な親愛の表現でしかない。だからそのハンカチを使っても何の問題も無い。だが、そのハンカチを私が作ったと周りにアピールする必要もない。兄さんにハンカチを贈った女性達には、これを見て諦めてもらおうという魂胆だ。翌朝私のハンカチを首に巻いて出かけた兄さん。罪作りな兄だ。今日、何人の女性がこれを見て涙するのであろうか。
いつもの通りにアマルとカライと遊んでいると、兄さんが帰って来た。兄さんを目にしたカライが突然涙を流す。まさか! と思って兄さんに念話で確認すると、やはりカライもハンカチを送ったひとりだった。ちょっとカライ、6歳で結婚は早いよ。でも気持ちは分かる、ヤラン兄さんはかっこいいもんね。
「でもね、実を言うともう教えることが余り残っていないんだ。なにせテキストが無いから僕が覚えていることしか教えてあげられないからね。」
とアトル先生が残念そうに言う。いえいえ、今まで教えてもらった内容だけでも立派なものです。とても10歳(アトル先生も誕生日を迎えてひとつ歳を取った)とは思えません。
今日は大草原の南にある小国群について教えてくれることに成った。私達の住む大草原と呼ばれる荒野は大陸の中央にある。大草原の南にはトシマル山脈と呼ばれる険しい山々が東西に連なっており、その山々の向こうには数十の小さな国々が林立していて、南の小国家群と呼ばれている。小国家群の更に南は海になる。小国家群の中でも海に面する国々では船を使っての交易が盛んで、海周りでトワール王国とも取引があるし、もっと遠く、西の小国家群と呼ばれる国々や更に遠くのハルマン王国とも取引があるらしい。これらの国々が取引先である他国の人や知識も受け入れる開放的な文化を有しているのと対照的に、内陸部の国々は農業を中心とした国家であり、伝統を尊重する閉鎖的な国々らしい。内陸部の国々では、昔からトシマル山脈を通り大草原を縦断する街道によりトワール王国と盛んに交易していたが、近年、海沿いの国々による船での交易が盛んになるにつれ、陸路での交易の量が減ってきており、財政的に苦しくなっている国々が多い。内陸部の国々共通のもうひとつの特徴としては、奴隷制度が継続していることが上げられる。これは沿岸部の国々が他国の文化を取り入れた結果、数十年前に奴隷制度の撤廃に踏み切ったのと対照的である。内陸部の国々では肉体労働は卑しい者の仕事とする考えが強く、奴隷の多くは国の主産業である農業に従事させられているらしい。
「本当は、南の小国家群のひとつひとつの国についても習ったんだけどね、そこまでは覚えていないんだ。ごめんね。」
とアトル先生が言うが、とんでもない立派なものである。私はお礼を言って今日の授業を終えた。明日からは西の小国家群やハルマン王国について教えてくれるらしい、楽しみである。
こうして日々は過ぎて行き、今日はヤラン兄さんの13歳の誕生日だ。私は母さんと一緒に誕生日のお祝いのご馳走を作っていた。その日の夕方、一仕事終えて戻って来たヤラン兄さんは懐から10枚を超えるハンカチを取り出した。遊牧民の間では、女性は意中の男性に自分で刺繍をしたハンカチをプレゼントし、相手がそのハンカチを使ってくれたら求婚を受け入れてくれたサインと言うことになっている。13歳に成ったことで結婚の対象としてターゲット認識されたということだろう。相変わらず女の子の憧れのヤラン兄さんである。だが、ヤラン兄さんは困った顔だ。
「どうしようか?」
と私に相談してくる。いつもの頼りになるヤラン兄さんの面影が無い。もちろん嫌ならハンカチを使わなければ良いだけの話なのだが、優しいヤラン兄さんとしては相手を傷つけずに断るにはどうすれば良いか考えているのだと思う。
「ヤラン兄さんは好きな女の人は居ないの?」
と聞くと、「いない」と答えが返ってきた。兄さんにハンカチを渡した女性達が気の毒になる。きっと苦労して刺繍した人もいるだろう。うーん。どうしよう。貰ったハンカチを使わないのは良いが、それだとずっと、今日こそ自分のハンカチを使ってくれるんじゃないかと思って期待しちゃうよね。こういう場合ははっきりと振ってあげた方が良いような気がする。仕方が無い、ここは私がひと肌脱いであげよう。その夜、私は母さんにお願いしてハンカチへの刺繍のやり方を教えてもらう。母さんは私がしようとしていることが分かったらしく、何も聞かずに、「頑張って」と言ってくれた。
それから私は頑張った。3日で初めての刺繍をやり遂げたのだ。当然ながら手の込んだ刺繍なんて出来るはずもなく、私が手掛けたのは基礎の基礎、大きなハンカチの4隅にちょこちょこと小さな花が咲いている図柄だ。それでも我ながら頑張ったと思う。下手糞な刺繍の入ったハンカチを遅まきながらの誕生日プレゼントとして兄さんに渡すと、嬉しそうな顔で受け取ってくれた。妹からのハンカチのプレゼントは純粋な親愛の表現でしかない。だからそのハンカチを使っても何の問題も無い。だが、そのハンカチを私が作ったと周りにアピールする必要もない。兄さんにハンカチを贈った女性達には、これを見て諦めてもらおうという魂胆だ。翌朝私のハンカチを首に巻いて出かけた兄さん。罪作りな兄だ。今日、何人の女性がこれを見て涙するのであろうか。
いつもの通りにアマルとカライと遊んでいると、兄さんが帰って来た。兄さんを目にしたカライが突然涙を流す。まさか! と思って兄さんに念話で確認すると、やはりカライもハンカチを送ったひとりだった。ちょっとカライ、6歳で結婚は早いよ。でも気持ちは分かる、ヤラン兄さんはかっこいいもんね。
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