大草原の少女イルの日常

広野香盃

文字の大きさ
29 / 71

29. 奴隷の少女 - 2

しおりを挟む
 そう、彼女は魔法使いだ、魔導士であるラトスさんやララさん、トスカさん達にははるかに劣るが、その魂の輝きは本物だ。魔力遮断結界の使い方を知らないのだろうか、魂の発する魔力をそのまま感じることができる。
 ラナさんが魔法使いだとすると、色々と納得できる。まず、他にも奴隷がいたのに、なぜ彼女だけが檻に入れられていたのか。なぜ、危険な大草原、それも街道以外の道を通って南の小国からトワール王国まではるばると連れて行こうとしていたのか。すべて彼女が魔法使いだからだ。まず檻に入れていたのは万が一にも逃げられないため。魔法使いなら縄で縛ったくらいでは安心できない。きっと、この檻には魔法を封じる何かの仕掛けが付けられているはずだ。危険を冒してまでトワール王国に連れて行こうとしたのは金になるからだ。魔法使いは国々が喉から手が出るほど欲しがっている物だ。軍隊の人数だけでなく魔法使いの数でも国の戦力が違ってくるらしい(アトル先生の受け売りだが)。特にトワール王国では魔導士であったラトスさんが引退して、魔法面の戦力が大きく落ちた。そんなタイミングでラナさんをトワール王国に連れて行けば言い値で買い取ってもらえるかもしれない。街道を通らなかったのは、少なくとも公式には奴隷売買が禁止されているからだろう。もっとも、それでも売ろうとしたのだから抜け道はあるのかもしれない。特に上級貴族の領地では...。

「それでは檻から出しますね。」

といって私は瞬間移動の魔法を使う。途端にラナさんは檻の外に転移する。驚いて今まで自分がいた檻を見詰めているラナさんに更に言う。

「そのまましばらく息を止めてください。身体を洗います。」

と言ってラナさんが息を止めるのを確認してから、浄化の魔法を発動した。ラナさんの周りを巨大な水玉が包みこむ。水玉の中の水はぐるぐると回って、ラナさんの身体や服から汚れを取り除いて行く。20秒くらいで水玉は消え、後には顔も、髪の毛も服もすべてが綺麗になったラナさんが立っていた。檻の中では座っていたから分からなかったが、立っているラナさんを見ると姉さんより拳ひとつ分は背が高い。それに美人だ。いままで顔が汚れていて分からなかったが、彫りの深い顔立ちが見事な金髪に似合っている。

 あっけにとられて、自分の身体を見回しているラナさんに近づき、耳元であることを囁くと、激しく頷くラナさん。私はラナさんを連れ、早足で天幕を抜け出し居住地の外れに向かう。そこには仮設のトイレがある。檻の中にトイレは無いから困っていたはずだ。ラナさんはトイレの近くに来ると駆け足で飛び込んだ。危ういところだった様だ。助けてもらった兄さん達の前で無様な恰好は見せられないと必死に我慢していたのかもしれない。乙女の尊厳は危ないところで守られた訳だ。

 トイレから出てきたラナさんは、私に深々と頭を下げた。

「イル様、ありがとうございました。御恩は忘れません。」

「気にしないで。それより戻りましょうか。そろそろヤラン兄さんも帰って来るころだと思う。それと様付は禁止ね。こんな小娘を様付で読んでいたら変に思われるわ。」

「でも私は奴隷ですから...。 これが印です。」

と言って、両手の甲にある星形をした刺青を見せる。これが奴隷の印なのだろう。

「そんなのどこかよその国の話よ。私達の草原に奴隷は居ないわ。」

と言うと、ラナさんが不安そうな顔になる。

「それでは私はこちらに奴隷として置いていただけないのでしょうか... 私達の国では主人を亡くした奴隷は、最初に見つけた者の所有物になると法で決められています。お願いです、一生懸命働きますのでどうかこちらに置いてください。」

「それを決めるのは家長のヤラン兄さんよ。でも安心して、ヤラン兄さんは困っている人を放り出したりしないわよ。」

自分達の天幕の近くまで戻ると、ちょうどヤラン兄さんも長老の所から戻って来たところだった。

ヤラン兄さんはラナさんをひと目見て驚いた顔になる。いままで顔も服も汚れていて分からなかったけど、美人だものね。あれ? なんか顔が赤くなってないか? そんなことを考えていると、ラナさんが突然ヤラン兄さんの前で土下座した。

「ヤラン様、お願いです。どうか私を奴隷としてこちらにお置きください。ヤラン様のために一生懸命働きます。」

と言い、額を地面に擦り付ける勢いで頭を下げる。

真顔になったヤラン兄さんが言葉を返す。

「奴隷はだめだ。だが客人としてなら歓迎するよ。ちょうど我家は人手が無くて困っているところだ、働いてくれるなら好きなだけ居てくれたらいい。」

ヤラン兄さんの言葉を聞いて、ラナさんは安心したのかお礼を言いながら泣き出してしまった。これじゃヤラン兄さんがラナさんに土下座させたあげく泣かせた様に見えてしまう。私はあわててふたりを促して天幕に入った。やれやれ、ふたりとも少しは場所を考えて欲しい。6歳児にこんなことを考えさせるなんて、年長者として恥ずかしいよ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...