大草原の少女イルの日常

広野香盃

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64. ラナさんのお母さん救出作戦 - 13

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 私はドレークさんに一緒に来て貰う様にお願いすると同時に、ラナさんには部屋で待ってくれる様に頼む。何となく、美人のラナさんを連れて行くと火に油を注ぐ予感がするんだよね。女の勘ってやつだ。

 それから、私とドレークさんは一旦宿の部屋に戻ってから瞬間移動した。場所は私たちがいた町から数十キロメートル離れたところだ。瞬間移動の前に探査魔法で探ると、あまり建物がないことから町ではなさそうだ。トスカさんからは、瞬間移動で現れるところを見られても大丈夫との事だったので、すぐ側に転移した。

 目的地に到着して辺りを見回すと、ここはドレークさんやドリアさんがいた様な農園の様だ。

「イルちゃん! よく来てくれた!皆んな、これから僕はイルちゃんと大切な話があるから、さっきの話は又後でね。」

トスカさんが早速呼びかけてくる。何だか必死だ。トスカさんの周りには案の定、若くて綺麗な女性が3人、険悪な雰囲気で互いに睨み合っている。やれやれ、こんな事じゃないかと思ったんだ。

「トスカ様、こんな小娘より私の方が大事でしょう。君は世界で一番素敵だよと言ってくれたじゃないですか。私と結婚して下さるんですよね。」

「何勝手に言ってるのよ! トスカ様は私と結婚するのよ!」

「違うわ! 私とよ!」

おーい、普通はこんな場面に子供を呼んだりしないぞ、と心の中で呟きながらトスカさんに助け舟を出す。

「トスカさん、草原の魔導師只今参上です。例の極秘事項の件ですね。」

「そ、そうなんだ。その極秘事項の件で内密に打ち合わせをしたいんだ。」

「了解です。今日はその件で専門家のドレークさんにも来てもらいました。もちろん秘密は命をかけて守ってもらうことになっています。ねっ、ドレークさん。」

私はそう言いつつ、ドレークさんに必死で目で訴える。頼む、訳が分からんだろうが合わせてくれ!

「あ、ああ、任せてくれ。」

とドレークさんが調子を合わせてくれる。流石だよ、苦労しているだけのことはある。私はにっこり笑って追加する。

「どうせ打ち合わせをするなら、現物を見ながらの方が良いかと思うのでそちらに場所を移しませんか?」

と私が言うと、トスカさんが待ってましたとばかりに女性達に向かって言った。

「と言う訳なので、ちょっと出かけて来るよ。極秘事項なのでここに草原の魔導士が来たことは内緒で頼むよ。」

「草原の魔導士って、まさか本物なの? こんな小さな女の子だなんて...」

と赤毛の女性が口にすると、

「まあ、その方が安心だわ。これなら私のトスカ様が誘惑される心配がないもの。」

と金髪の女性が付け足した。この野郎悪かったな! ご心配なく、こんなナンパ男を誘惑なんてしませんよ!

「それじゃ、行きましょうか。」

私はそう言ってから、宿の自分達の部屋へドレークさんを連れて瞬間移動した。トスカさんはきっと後を追って来るはずだ。瞬間移動した直後なら相手がどこに転移したか分かるのだ。

 思った通りトスカさんも私達のすぐ後で転移してきた。トスカさんは部屋に到着するなり、部屋で私達を待っていたラナさんを見て一瞬驚いたが、直ぐにラナさんに向かって、

「おお、今日は何て良い日なんだろう。こんな美しい方にお目にかかれるとは! お嬢様、南の魔導士のトスカと申します。どうかお見知り置き下さい。よろしければこの後ふたりで食事でもいかがですか?」

と流れる様に言い。驚いて固まっているラナさんの腕を取って、手の甲に口付けしようとする。私はあわててトスカさんの足を蹴飛ばした。

「ラナさんに手を出さないで! 兄さんのお嫁さんなんですから!」

「イルちゃん、痛いよ。分かった手は出さないから、それにしても、こんな美しい人を嫁さんにするとは君の兄さんは幸せ者だね。」

正確にはこれからお嫁さんにするのだが、ややこしくなりそうな予感がするので訂正はしないでおく。それにしても、先ほどの揉め事のすぐ後で、懲りもせず別の女性を口説くとは...根っからのナンパ男だ。ラナさんを守らなければ!

「そんなことより、さっきはどういう状況だったんですか。 3人から結婚を迫られていた様に見えましたけど、まさか3人全員と結婚の約束をしていたとかじゃないですよね。」

「それは誤解だよ。そう取られてもしかたのないことは言ったかもしれないけどね。」

それって確信犯という奴ではないだろうか? こいつは確実に女の敵だな。

「僕としては、あの3人に農園主としてやる気を出してもらおうとしてつい口が滑ったというか...。」

「あれ、あの人達、3人とも農園主なんですか?」

「そうさ、ローザンヌ---あの赤毛のかわいい子だよ---があの農園の農園主、金髪のカミルと黒髪のカレンも別の農園の農園主だ。もっとも3人とも元奴隷で僕が買い取って解放したんだけどね。」

「どうして解放した奴隷を農園主に?」

「解放した奴隷を農園主にしていると言うより、農園主にするために解放していると言った方が良いかな。奴隷のままでは農園主には成れないからね。目的は将来の奴隷制度廃止に備えるためさ。奴隷が一番多く働いているのが農園だからね。農園を押えておけば、その時に沢山の奴隷を助けることが出来るわけさ。農場を買い取る資金は僕が貸し出しているんだ。農園を運営して得た利益から少しずつ返してもらう約束でね。もうこんな農園が50個くらいあるかな。彼女達を農園主にしているのは、元奴隷の彼女達なら奴隷の苦しみが理解できるからね。もちろん僕が買い取った奴隷のなかでも、教育を受けて農園主としてやっていくのに必要な知識を習得出来た者だけが農園主に成れるんだけどね。」

「えっ、奴隷制度って廃止するのに準備が必要なんですか? すぐにでも廃止すれば奴隷達は自由になれて幸せなんじゃ?」

「それは早計だよ。南の小国家群の中でも沿岸部の国々は30年前に奴隷制度を廃止したんだ。だけど、その時には多くの奴隷が餓死したと記録にある。特に年寄や子供達の様に働けない人達がね。」

「なぜ、そんなことが...」

「年寄や子供は満足に働けないから雇ってもらえなかったんだよ。考えてみてごらん。奴隷制度のある国では、奴隷は主人の財産なんだ。だから働けない子供や年寄でも大切にする。遊牧民でも、自分達が飼っているヤギルなら、乳の取れない子供でも、歳を取って乳の出が悪くなったヤギルでも大切にするんじゃないか? 他のヤギルと同じように放牧地に連れて行くし、怪我をしていたら手当してやるだろう?」 

「もちろん、そうです。」

「だけど、野生のヤギルが怪我をしていてもわざわざ手当はしないだろう。奴隷も同じさ、奴隷制度が廃止された途端、奴隷は財産じゃなくなって従業員になる。従業員には給与を払わなければならない。それだったら満足に働けない者を雇う必要は無いということに成るわけさ。それに働ける奴隷達にとっても待遇が良くなるとは限らない。確かに給与は貰えるだろうけど、雇い主にそれを逆手に取られて、給与から高額な食事代や家賃を天引きされ、結局借金ばかりが膨らむことになった奴隷も多いんだ。良い職場に変わろうにも、奴隷達は碌な教育を受けてなくて肉体労働しか出来ない者が多いから、同じような職場しか選べないしね。だから、その時に奴隷達が安心して働ける農園が必要なんだよ。」

頭を思いっきり殴られた気がした。奴隷制度に対する自分の考えが如何に浅く拙いものであったかを突き付けられた思いであった。思わずトスカさんに尊敬の念が湧く。ただのナンパ男じゃなかったんだ。そして、それと同時にドリアさんの問題の解決法が見つかった。私はドレークさんの方を振り向いておもむろに言った。

「ドレークさん、農園主になる気はありませんか? そうしたらドリアさんを手放さずに済みますよ。」

ドレークさんは私の突然の提案に驚いたが、真顔になって尋ねた。

「それって、この人が俺に資金を貸してくれるってことか?」

とトスカさんを指差す。

「違います、資金を貸すのは私です。これでも金持ちなんですよ。トスカさんの農園みたいに、借りたお金は農園の収益から少しずつ返してくれればいいんです。」

そうなのだ、ラナさんの話ではドレークさんが働いていた農園は実質的にドレークさんが経営していた様なものらしい。農園主は自分は何もせず利益だけを手に入れていたのだ。それなら、ドレークさんが農園主になれば、利益の全てはドレークさんのものだ。貸したお金はその中から少しずつ返して貰えば良い。

「それは...そんなことが本当にできるのか?」

「ドレークさんの働いていた農園を買い取るとしたら、お金はいくらくらい必要ですか?」

「そうだな...大金貨20枚くらいか、俺には夢のような金額だが。」

「それと、農園の収益として今の農園主に渡していたのは?」

「年に金貨200枚くらいだな。」

「金貨200枚ってことは、大金貨2枚ですね。それなら、毎年収益の半分の大金貨1枚を私に返してくれれば、20年で返済が完了します。如何ですか? 結構現実的な話と思うんですけど。トスカさんはどう思いますか?」

と、トスカさんに話を振ると、流石に突然すぎたか「ごめん、話が見えないんだけど」と言われた。そりゃそうかと経緯を説明する。その結果トスカさんからも「ドレークさんの経営手腕次第」との条件付きながら、「悪いアイディアじゃないと」の意見をもらえた。

「如何ですか?」

とドレークさんに再度確認すると、かなり迷った末に遂に決心がついたようで、

「やる。いや、やらせてくれ。農園の経営ならやれると思う。」

と宣言した。よし! 話は決まった! 残る問題は、ドレークさんのところの農園主が嫌っているドレークさんに農園を売ってくれるかどうかだ。売ってくれるとしても料金を吊り上げられる可能性もある。まあ、うまく行かなければ、別の農園を購入するという方法もあるが、出来れば勝手が分かっている農園の方が経営もし易いだろし、農園の奴隷達も喜ぶだろう。

「トスカさんは農園の購入について詳しいですよね。50個も農園を買ったんですから。さっき助けてあげたお返しとして、ドレークさんが農園を買うのを手伝ってもらえないですか?」

「了解だよ。さっきは本当に助かったからね。あの3人に詰め寄られた時は殺されるのかと思ったよ。」

いや、自業自得だよ。トスカさん、気を付けないとその内きっと誰かに刺されると思うよ。

「農園の購入の件は引き受けたけど、急いで仲介業者に話をするとしても、契約書も作らないといけないから、今日直ぐに買い取るって訳には行かない。それよりも、その奴隷のご婦人の引渡しを先にした方が良いんじゃないか。今日中に奴隷商人に料金を払わないとまたオークションにかけられてしまうよ。」

そうだった! ドリアさんはドレークさんが引き取りに来てくれるのを心待ちにしているはずだ。もう夕方だ、確かに急いだ方が良い。

「ドレークさん、行きましょう。ドリアさんが待ってます。」
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