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第2話 2人の少女
しおりを挟む王宮の門の前に、一台の馬車が待機していた。木枠は痛み、革張りの座席はくたびれている。アンヌは目を丸くして馬車を見つめた。
「こんなボロボロの馬車で行くの?お尻が痛くなりそう。」
ゴラムは懐かしそうに馬の首を撫でながら言う。
「アンヌ、文句を言うな。馬車も馬も、ケンタとの冒険で使ったものだぞ。」
アンヌは少し驚いたようにゴラムを見た。
「ケンタやリリアもコレに乗ったのね……。じゃあ、我慢してあげるわ。」
ゴラムは満足げにうなずき、手綱を握った。
「よし、それじゃあ、出発するぞ。」
馬の蹄が地面を蹴り、車輪がゆっくりと動き出す。
「ゴラム、最初はどこを目指すんだ?」
ミカが聞くと、
「まずは、ガルムヘルムを目指す。あそこなら、お姫様の社会勉強になるだろう。」
ゴラムが答えた。
馬車は、エルドランド樹海へと向かった。
馬車の中では、アンヌが退屈そうに窓の外を眺めていた。
「キャス、暇だから遊びましょう。」
キャスはため息をつきながら答える。
「アンヌ様、大人しくしていてください。」
「外の景色を眺めてるのも飽きたわ。魔物でも出ないかしら。」
ミカが苦笑する。
「アンヌ、平原では魔物はほとんど出ない。勉強したであろう?」
「つまんないなあ……。」
ゴラムは少し顔を緩めて言う。
「アンヌ、もし、魔物が出ても俺とキャスがいれば安心だ。眠っててもいいぞ。」
「私は眠くないもん。」
こんな調子で、馬車は進んでいく。
大きな樹海の影が近づいてきた。樹海村ももうすぐだ。
「助けてー!」
静寂を切り裂くように、遠くから、少女の悲鳴が響いた。
「きゃー!」
「子供が魔物に襲われてるぞ!」
ゴラムが鋭い声で叫び、馬車の進行方向をそちらに向ける。
「ミカ!馬車を頼む!」
「わかったぞ!」
ミカとゴラムが素早く交代して、ミカが手綱を握る。
そして、キャスとゴラムが飛び出した。
「助けて!」
開けた平原で、2人の少女が巨大な獣に追いかけられている。その獣は、鋭い牙としなやかな体躯を持つーーーサーバルタイガーだ。
「キャス!」
ゴラムが叫ぶ。
キャスは素早く少女たちに駆け寄り、腕を伸ばした。
「こっちだ!」
少女たちはキャスの腕を掴み、その場から逃れる。
ゴラムは、サーバルタイガーへと狙いを定めた。
「俺が相手だ!」
剣を振るい、獣の前脚に鋭い一撃を見舞う。赤黒い血が飛び散り、サーバルタイガーが怒りの咆哮を上げる。
ウガーッ!
獣は逆上し、ゴラムに飛び掛かった。
「急いで!」
アンヌは馬車の扉を開け、少女たちの手を引いて駆け上がらせる。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「もう、大丈夫よ。」
アンヌは微笑み、安心させるように頷いた。
キャスは少女たちを馬車に送り届けると、すぐさまゴラムの助けに向かう。
「くらえ!」
ドン!
キャスは鋭く踏み込み、拳をねじ込むように繰り出した。サーバルタイガーが大きく呻き、地面に転がった。
ギャンッ!
さすがのサーバルタイガーも怯んで、それ以上の攻撃をしなくなった。
しかし、まだ終わりではなかった。
ゴラムとキャスが馬車に戻ろうとしたその時、
もう一頭のサーバルタイガーが現れた。今度は、馬車を狙っている!
「キャー!」
少女たちの悲鳴が響く。サーバルタイガーが馬車を狙い、鋭い爪を振りかざしていた。
「アンヌ、娘たち!伏せろ!」
ミカの叫び声が鋭く響き、続けて呪文を唱える。
「闇に堕ちよ!ダークネス!」
ミカの魔法がサーバルタイガーに直撃し、断末魔の声を上げることもなく、魔物は消滅した。
「大丈夫か!アンヌ!ミカ!」
戦いが終わり、ゴラムとキャスが駆け寄る。
「わらわを誰だと思っておる。あんな雑魚など問題ないわ。」
ミカは自慢げに言う。
「ありがとう、お姉ちゃんたち。」
襲われていた女の子も安心したようだ。笑顔が見える。
「もう大丈夫だよ。私はアンヌ。あなた達は?」
「樹海村のエリーとサリー。助けてくれてありがとう。」
エリーが名乗ると、サリーは心細そうにアンヌの横に寄り添う。
「なんで、魔物に襲われたんだ?」
ゴラムが聞く。
「お花を摘んでいたら、魔物が突然現れて。襲われたの。」
サリーが震える声で答えた。
「この辺りで魔物は珍しいとはいえ、村から離れたら危ないよ。私たちが村まで送ろう。」
キャスが女の子を安心させるように抱き寄せていった。
「さあ、出発じゃ。」
ミカが手綱を握り、エリーとサリーの2人を乗せ、馬車は樹海村へと向かった。
村の近くまで来ると、あたり一面に色とりどりの綺麗な花が咲き誇っていた。
「このお花は慰霊祭のお供え物なのよ。」
エリーが誇らしげに語る。
「懐かしいな……ここに来るのは久しぶりだ。」
ゴラムは感慨深げに花を見つめた。
転生者ケンタ一行が、ドリアードと樹海村の村人の和解を取り持ったことで、村は平穏を取り戻した。数年前の話だ。
それ以来、毎年開催される慰霊祭は盛大に行われるそうだ。
馬車が村に入ると、エリーとサリーは、勢いよく飛び降りて走り出した。
「私達の家に案内してあげる!」
エリー達を見失わないように後を追う。
「ここが私達の家!」
少女たちが立ち止まったのは、周りの家と比べて、明らかに古びた一軒だった。屋根には苔が生え、壁にはヒビが入っている。
エリーとサリーは、ドアを開けて家の中に入って行った。
「ここが二人の家?本当に住んでいるのかしら?」
アンヌが不安げにつぶやく。
「とにかく、入って確かめよう。」
ゴラムは、馬車を降り、玄関のドアをノックした。
トントン
返事がない。
「エリー?サリー?入るぞ。」
そういうと、ゴラムはドアを開け、家の中に入った。
カビと何やら酸っぱいものが混ざったような異様な匂いが充満している。
古い家具が並び、埃っぽい生活感のない静寂が漂っていた。
「エリー?サリー?」
キャスが呼びかけるが返事がない。
「こんなところに2人は本当に住んでいるの?」
アンヌがゴラムの後ろに隠れながら言う。
「おい、こっちだ。」
ミカが何か見つけたようだ。
リビングのテーブルの上に無造作に一枚の絵が置いてある。
家族の肖像画だろうか?父親と母親、そして2人の女の子が描かれている。
「これは、エリーとサリーだな。」
ゴラムが絵を手に取った、その時……、
ガタガタッ!
突然、2階から物音が響いた。
ゴラムたちは緊張しながら視線を交わした。
「……2階、か。」
ゴラムが慎重に足を踏み出す。
「エリー?サリー?」
アンヌが呼びかけるが返事はない。
アンヌたちは、物音がした2階に行ってみることにした。
ギィ…ギィ…
一段上るごとに、古い木材が軋む音が響く。
静寂が重くのしかかり、空気はひんやりと冷たい。
2階に上がると、正面に部屋があった。子供部屋のようだ。
扉は半分ほど開いていて、小さなベッドが2つ並んでいるのが見える。
布団が人のような形で盛り上がっている。
「エリー?サリー?かくれんぼは終わりだ。」
そう言って、ゴラムが布団をめくったーーー。
しかし、そこには誰もいなかった。
もう一つのベッドをキャスが確認するが、こちらにも誰もいない。
「こっちも誰もいないわ。」
アンヌの顔から血の気が引いていく。
「一体、何なんだ?これは。」
ミカがため息交じりにつぶやく、アンヌはミカのそばを離れない。
子供部屋の窓からは、樹海がすぐ近くに見える。
そこには、数年前に建ったドリアードの慰霊碑がたたずんでいる。
「おい!あそこじゃ!」
ミカが指をさした方向。慰霊碑の後ろに、エリーとサリーの姿があった。
2人は、こちらに向かって笑いかけると、そのまま後ろを振り向き、樹海の奥に消えていった。
「追いかけるぞ!」
ゴラムが駆け出し、キャスとミカが続く。アンヌはぎゅっと拳を握りしめ、彼らの後を追った。
慰霊碑には、たくさんの花やお供え物が手向けられている。
ゴラム達4人は、樹海に足を踏み入れた。
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