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3章 疑惑の夜会編

18 伯爵令嬢は悩みを笑われる

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「見ていたなら、もっと早く止めに入って下さいよ。」

セリーナは渡されたタオルで髪を拭きながら答えた。
本来は侍女がやってくれる事なので、ティナがこちらへ向かっているはずだが、そもそも身の回りの事は一通り出来るセリーナが水浸しのままティナの到着を待つはずもない。

「俺が見つけた時には既にシャンパンまみれだった。それに俺の助けなど必要無さそうだったぞ?」

リードは先程の様子を思い出したように笑った。


リードがアーサフィス侯爵令嬢を止めに入ると、集まっていた令嬢達は蜘蛛の子を散らしたように去って行った。

「これ以上、我が国の聖女を蔑めて、そのご立派な家名に傷をつけたいのか?」

最後まで残ったアーサフィス侯爵令嬢も、リードのその言葉を聞くと、顔色を変えて逃げて行った。

「1人にしてすまなかった。」

リードはそう言うと、自身の上着を脱ぎ、セリーナの肩から掛けた。

シャンパンで濡れた上に夜風に晒されていたのだ。
セリーナは気付いて居なかったが、その体は寒さで小刻みに震えていた。

「お召し物が汚れます。」

クラリスが用意してくれたこのドレスも相当な値段だろうが、リードの身に付けていた金糸の刺繍が至る所にあしらわれた上着の方が比べ物にならないくらい高額だろう。

慌てて突き返そうとすれば、リードはそのセリーナの様子を呆れたように鼻で笑い、彼女をヒョイっと抱き上げた。

「ひやぁ…何を…!?」

「もっと品のある驚き方は出来ないのか?」

セリーナに取っては、予期せぬタイミングに、予期せぬ相手からお姫様抱っこをされたのだ。
慌てるに決まっている。 

「リード殿下も濡れてしまいます。」

「着替えれば済む事だ。それにパートナーをこんな目に遭わせた上に歩かせるなど…俺に恥をかかせるつもりか。」

リードがセリーナの方を見ずに答えた。

でも、セリーナは既にリードの事を知っている。
この言葉の裏に、彼のセリーナへの気遣いが含まれている事も。

「いえ…ですが…。」

だからと言って、お姫様抱っこはない!
恥ずかし過ぎる。

「精々、落ちない様に必死にしがみついていろ。」

リードはセリーナに構わず、ズンズンと歩き始めた。

そして、夜会の会場を出るまで、集まった沢山の人々の視線を避ける様に、セリーナは俯いてやり過ごすしか無かったのだ。


通された控えの間で、リードは手早く身支度を整え、セリーナも渡されたタオルを使い自身の髪を拭いていた。

あぁ…あんなはずかしめを受けるなんて…。

あんな大勢の人の目があるところで、お姫様抱っこされるなど、シャンパンをぶっ掛けられる方がマシな気がする。

実際、会場の中では、只ならぬ理由でびしょ濡れになった聖女に、皇太子が自分の上着を貸し、その上、大切そうに抱えて歩いていたと言う話で持ちきりだったが、それが控えの間にいるセリーナの耳に直接入っていれば、あまりの恥ずかしさで悶え死んでいたかもしれない。

「ところで…偉そうで、自分勝手で…あんな人とは幸せな結婚生活など送れるはずがない…だったか?」

リードも回想を終えたのか、思い出したように言った。

「げっ…。」

リードが「無礼は許している」と言っていたのだから、無礼な発言を聞かれただろうと覚悟はしてたけど、そこまでしっかり記憶されているとは思っておらず、セリーナは思わず声を漏らした。

「言っておくが、俺は対外的には理想の皇子様だぞ。」

「…それ、自分で言いますか?」

セリーナは呆れた目を向けた。
確かに今日の夜会で彼の隣に居たセリーナは、その言葉が真実であると知っていた。

老若男女問わず…いや、特に若い女性達がリードに向ける視線は物語の皇子様でも見るような物であったし、その視線を向けられたリード自身も彼らの期待を裏切らない様に振る舞っていた。

勝手に作り上げられた皇子像を押し付けられて…とセリーナはリードの事を少し不憫に思ったくらいだ。

「まぁ…無意識ではあったが、お前に対しては素が出ていると言う事か…。」

リードが一人納得したように呟く。

「いえ、私に対しても是非意識して理想の皇子様で居て下さっていいんですよ。」

セリーナがすかさずツッコめば、リードは面白そうに笑った。

「本当に口の減らない魔女だな。…ところでお前、コーエンの事も冷徹だの、血が通ってないだの言ってただろう。」

そこまでは言っていない。
そう言い返そうかと思って、セリーナは口をつぐんだ。
今日の昼間のお茶会での事を唐突に思い出したのだ。

「…。」

「…なんだ?喧嘩でもしたか?」

「別に…ただ…ちょっと占いが…。」

そうだ。
自らの占いで、相性が良くないと言う結果が出たのだった。
そして、それを妙に納得している自分もいる。

「ん?占い?」

「占いの結果が良く無かったんです。相当の努力が必要だと…。」

もちろん、それに対して予想していた悲しみが襲って来ない事に悩んでいる…などと言う自分でもよくわからない状況は口にしない。

しかし、セリーナの深い悩みとは反対に彼女の話を聞いた途端に、リードは吹き出すように笑い出した。

リードがこんなに笑っているのを見るのは初めてだが、人が真剣に悩んでいるというのに酷い。

理想の皇子様が聞いて呆れるわ。

リードはしばらく笑っていたが、セリーナの不満そうな顔を見ると謝った。
以前笑いながらであるので、全く反省していない事は明らかではあるが…。

「すまない。まさかお前がそんな普通の令嬢みたいにくだらない事で悩んでいるとは思いもしなかったものだから…。」

全く謝罪になっていない。

「…。」

「そもそも、お前の占いとはその様に自ら可能性を狭める為にあるのか?くだらん。」

本当に腹の底からくだらないとばかりにリードが笑った。

「くだらない…ですか?」

「あぁ、くだらない。確かにお前の占いは物事の道標になってくれる。でも、そこから先は自分達で切り拓く物だろう。ボーランド地区の人々がそうした様に…。占いの通りにダメになるのも、占いを対策として抗うのも…お前の自由だ、セリーナ ディベル。」

自由…。

占いは結果に縛り付けるものではなくて、より自由に羽ばたく為の道標…。

セリーナが心の中で、リードの言葉をゆっくり繰り返した。

何か温かいものが広がっていく気がする。

「それに…俺もクラリスの件で、お前に礼を言わないといけないと思っていた。彼女の事であらぬ疑いを掛けてすまなかった。幼い頃から一緒に過ごして来たが、今のクラリスが一番幸せそうだった。お前が彼女に自由を与えてくれたのだろう。感謝している。」

そう言ったリードの笑顔に、ギュッと胸が締め付けられるのを感じた。

先程胸に広がった温かいものが、すーっと引いていく様な…そんな感覚だ。

セリーナは何も言い返す言葉が出ず、ただリードに微笑み返した。
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