前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される

皐月 誘

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6章 聖女の恋愛編

1 皇子の側近と伯爵令嬢は考える

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あぁ…そうか。

馬車から降りて来た二人を見て、コーエンはそう思った。

ただ、そうか…と。

何も語られずとも、二人の事を一番近くで見て来たコーエンには、その些細な変化が手に取るように分かった。

ミルワード王国滞在中に、二人の間に何かあったのは明白だった。

それは自分が恐れ、何度も想像していた物と同じであるのに、自分が飲み込まれるのでは無いかと思っていた醜い感情は湧いて来ない。

ただ、そうか…と、その事実がストンと胸に落ちて来たのだ。

そうか…二人は想いを結ばれたのか…。

「おかえりなさいませ。」

「あぁ、忙しい時に何日も空けて悪かった。鉱山と旧アーサフィス侯爵領はどうだ?」

「資料を執務室にまとめてあります。」

コーエンはリードと短い会話をしながら、セリーナの様子を確認すると、彼女もこちらを見ており、慌てて視線を逸らされてしまう。

その一部始終をリードも見ており、何とも居た堪れない気持ちだ。

「すぐに執務室で報告を聞く。」

「わかりました。…殿下、その後にお時間を頂けますか?折り入ってご相談がございます。」

そう言えば、リードが真剣な顔をしてこちらを向いた。

「俺もお前に話がある。」

その内容は聞くまでも無いのだが、コーエンはまるで仕事を命じられたかの様に恭しく頭を下げて答えた。



リードとコーエンが去って行く後ろ姿を、セリーナは何とも居心地の悪い気持ちで見送っていた。

帰国前のミルワード王国での最後の一日をセリーナはリードと共にミルワード城の城下で過ごした。

その温かくも、くすぐったい様な時間を思い起こせば、クラリスが言ったリードが自分を好きかも知れないと言う事も、的外れではない気がしている。

だって…あんな瞳で見つめられたら…。

あの時…髪飾りを貰った時のリードは、その瞳や手付き、そして醸し出す雰囲気さえも愛を告白している様だった。

セリーナは思い出して、顔を赤らめた。

何だかリードとの距離が近付いた様な気がするのは気のせいじゃないはずだ。

そして、先程自分に向けられたコーエンの視線を思い出す。

話し合わなくては…と思っていても、いざ彼の視線を感じたら、その視線を露骨な程に外らせてしまった。

あれでは、鋭いコーエンでなくとも気付いてしまうだろう。

「セリーナ様、お荷物全て下ろし終わりました!部屋に運んで貰いますね!あと、座席に持ち込まれていたこちらは…?」

荷馬車の後ろからひょっこり現れたティナの手には、小ぶりな飾り箱が乗せられている。

「あっ、それは…大切な物だから、ティナが持って来てくれる?」

「かしこまりましたっ!」

セリーナは箱の中にあるリードから贈られた髪飾りを思い出し、胸に甘く苦しい想いが湧くが、同時にコーエンに対する罪悪感も湧いて来る。

コーエンと話し合う前に、リードへこの様な想いを持つことに対する罪悪感だ。

「ティナへのお土産もあるのよ!気に入って貰えるといいけど。」

セリーナは色々な感情を振り切る為に、明るくティナに声を掛けた。

「え!?本当ですか?ありがとうございます!楽しみです。」

「本当は一緒に行ければ良かったんだけど…。」

セリーナが言うと、ティナは首をブンブンと横に振った。

「そんなっ!私ごときが外国までお供など、恐れ多いです。それより、クラリス様の花嫁姿はいかがでしたか?さぞ美しかったのでしょうね!」

セリーナはクラリスのウェディングドレス姿を思い出して、ほっこりと頬を緩ませた。

「美しいなんてもんじゃなかったわ!あれこそ本物のお姫様よ!」

セリーナの言葉に、ティナはクスクスと笑った。

「クラリス様はミルワードの王子殿下とご婚姻されたのですから、本物のお姫様…いえ、王子妃様ですよ。それにしても、王子妃とは…大変なのでしょうね。あっ、でもクラリス様であれば、このグリフィスの皇太子妃になるはずだったお方ですし、心配いりませんね!」  

今度はセリーナがティナの言葉にクスクスと笑う番だ。

クラリスは幼い頃からグリフィスで皇太子妃教育を受けて来たのだ。
多少の文化の違いはあれ、グリフィスとミルワードの生活様式はそこまで大きな差はない。

むしろ、グリフィスより小規模なミルワードで、既に継承権を放棄された王子に嫁ぐ方がクラリスの負担は少ないだろう。
グリフィスの皇太子妃になる大変さを考えれば…。

そこまで考えた所で、セリーナは塔に向かって進めていた歩みをピタリと止めた。

「セリーナ様?」

前を歩いていたセリーナが突然止まったので、ティナも足を止めてこちらの様子を伺っている。

けれど、セリーナはティナに応える余裕は無かった。

その時、当たり前の事実に気付いたのだ。
リードが皇太子だという。

ディベル伯爵家の一人娘であるセリーナは、婿を迎えなければいけない。
両親は貴族にしては珍しく、婚姻についてあまり口煩く言わないタイプではあるが、それはセリーナへの信頼の現れであり、言わずとも婿入りしてくれる相手を選ぶと思っている事をセリーナは知っていた。

皇太子であるリードがディベル伯爵家に婿入りなど…海の水が全て干上がっても無いだろう。

そうとなれば、リードと結ばれようと思えば、自ずと自分が王家に嫁入りするしか無くなる。

ディベル伯爵家の後継者問題…そして、例えそれが解決したところで、そんな事可能なのだろうか…。

「無理に決まってるわ…。」

「セリーナ様!?」

突然、顔面蒼白になり意味不明な呟きを漏らすセリーナに、ティナは慌てふためくのだった。



コーエンは資料の最後のページをめくりながら、ここ数日の政務の報告を締めくくった。

「報告は以上です。」

「上出来だ、ありがとう。」

いつもなら、何かしら皮肉を挟むリードが、素直にお礼だけを口にするなんて、こちらに負い目でも感じて居るのだろうか。

コーエンは皇太子の側近である前に、リードの乳母兄弟だ。
だからこそ、こんなやり難い関係はごめんだった。

「リード殿下、先程言っていたご相談なのですが…。」

「いや、俺から先に話したいことがある。」

リードが申し訳なさそうにこちらを見る。
長い付き合いだが、こんな表情を見るのは幼い頃以来な気がする。

「殿下のお話は…聞かずとも想像がついています。だからこそのご相談なのです。もし、少しでも私に申し訳ない気持ちをお持ちなのでしたら、これから申し上げるお願いを聞き届け願いたい。」

それから、コーエンの語った相談内容に、リードが思わず立ち上がり、目を丸くするのを見て、コーエンは何だか胸がスッキリするのを感じた。
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