転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第2話 婚約破棄の前夜

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リリアーナが時間の歯車を巻き戻してから、三日が経った。  
まだ誰も知らない彼女の胸の奥では、穏やかな笑顔の裏で激しい熱が渦巻いていた。  
あの夜に終わったはずの人生がこうしてやり直せるなら、今度こそ誰にも踏みにじられはしない。そう強く誓ったのだ。

朝の陽が差し込む執務室で、族長代理として領地報告を受ける父の隣に立つと、ふと彼女は三年前を思い出した。  
この日、父がエドモンド公爵家との共同交易案に署名をした。それが後に、エルヴェール家没落の導火線となる。  
今思えば、すべては仕組まれていた。  
セレナが仕掛けた甘言と陰謀によって、伯爵家は不正の罪を着せられ、数年後、家は国王の不興を買うことになる。  
その裏で、リリアーナは「公爵家の内紛に関与した悪女」としてすべての罪をかぶせられたのだった。  

鏡のように透き通った紅茶を前に、リリアーナは心の中でそっと呟いた。  
――あの悲劇を、繰り返すものですか。  
全てを知る自分には、準備する時間がある。復讐を焦るよりも、確実に布石を置くこと。  
そして何より、真実を見抜く愛など存在しないと知った今、彼女は誰にも本心を見せまいと決めた。

「お嬢様、午後には王都から使者が参る予定です。公爵子息様の件で」  
侍女ミリアが報告に入り、リリアーナは優雅に頷いた。  
「もうそんな頃なのね。……すぐお迎えの準備を」  
三年前の彼女なら、胸を高鳴らせて鏡の前に立っていた。  
けれど今のリリアーナは、笑顔の裏に冷たい計算を隠していた。  
“恋する令嬢”を完璧に演じきることが、敵を欺く最初の鍵になる。

***

午後の大広間には春の陽光が満ちていた。  
軽やかなフルートの旋律が流れ、挨拶に来る貴族令息たちの間で、リリアーナは慎ましく立っていた。  
そこに、蒼の制服を纏った青年が現れる。  
柔らかな黄金の髪と、どこか自信に満ちた微笑。  
エドモンド・レインフォード。  
――三年後、彼女を地獄に突き落とす男。  

「お久しぶりです、リリアーナ嬢」  
その声には、かつて夢中で恋したころの優しさが滲んでいた。  
だがリリアーナは、その奥に潜む打算と傲慢を知っている。  
なぜなら、彼の“優しさ”はいつも己の誇りのための演技にすぎなかった。  

「お久しぶりですわ、エドモンド様。お変わりなくて何より」  
穏やかに微笑みながらも、リリアーナは周囲の視線を感じ取っていた。  
侍女たちのざわめき、貴族子弟の憧れの視線、母の遠い席からの期待。  
この出会いが“運命の恋”だと誰もが思っている。  
だが運命など、彼女が塗り替える。

「リリアーナ嬢、今度開かれる華宴に、ぜひご一緒いただけませんか?」  
その申し出に、かつての彼女なら頬を染めて頷いていた。  
しかし今は違う。  
「まあ……光栄ですわ。けれど体調が優れませんの。お父様の了解をいただけましたら」  
完璧に礼を尽くした答えに、エドモンドは軽く眉を上げた。  
《思い通りにならない令嬢》――その驚きが一瞬、その顔に浮かぶ。  

小さな変化、一つ一つが重要だ。  
リリアーナは、彼が違和感を覚えるたび、自分の存在を“観察される対象”から“理解できない存在”へと変えていくつもりだった。  
支配された恋から、支配する恋へ。  
それが、彼女の最初のざまぁへの布石。

***

その日の夕暮れ、リリアーナは自室のバルコニーで筆を走らせていた。  
羊皮紙には、三年後に起こる出来事を小さくまとめた一覧。  
・一年後、セレナとエドモンドの密会が始まる  
・二年後、偽の証拠文書でリリアーナ失脚  
・三年後、伯爵家解体命令、婚約破棄、リリアーナ処刑  
冷徹に書かれた文字列を見つめながら、息を吐く。  
「愚かね、みんな。本当の黒幕を知らないまま……」  

あの一連の陰謀の背後には、王城の高官たちと繋がる密貿易組織があった。  
エルヴェール家を陥れたのは、彼らの都合に合わせて罪を押しつけた結果だった。  
セレナはその誘いに乗り、出世のために平然と人を売ったのだ。  
エドモンドは彼女を利用し、最も楽な形で罪を回避した――“愛”など関係のない、冷たい共犯関係。  
そう思うと、悔しさよりも空虚さが胸を満たした。  

「本当に、あの頃の私は愚かだったわね」  
リリアーナは笑った。悲しみを含んだ、自嘲にも似た微笑いだった。  
だが、次の瞬間にはその笑みが氷のように冷たく変わる。  
机の上には、彼女が王城で唯一信頼できた青年――アランの手書きのメモがあった。  
『真実は書庫の中、鍵は正義の名に。』  
それは死の直前、彼が密かに彼女へ託した言葉。  
今ならその意味を探せる。もう一度、やり直せる。

ミリアが紅茶を運んできたとき、リリアーナは微笑んで言った。  
「ミリア、近いうちに王立書庫へ行くわ。誰にも言わず準備して」  
「えっ、王立書庫ですか?突然どうなさったんです?」  
「ただの調べものよ。でも、秘密のほうが楽しいでしょう?」  
いたずらっぽく笑う主人に、ミリアは困惑しながらも頷いた。  
その微笑の裏に、強靭な意志と孤独な決意があるなど夢にも思わずに。

***

夜になり、城下では雨が降り始めた。  
雨音を聞きながら、リリアーナは寝室の鏡の前に立つ。  
ペンダントの中には、彼女が破滅する夜に身につけていた宝石が光っていた。  
未来を変える鍵を握るその魔力の石は、転生時にも唯一持ち帰ることができた品だった。  
――きっと、まだ何か意味がある。  
彼女は優しく宝石を握りしめた。

ふと、遠くで雷鳴が響く。  
あの夜も、同じ雨が降っていた。  
「この雨も、今夜で終わりにしましょう」  
リリアーナはぼんやりと呟き、カーテンを閉めた。  

明日、王城での晩餐会が開かれる。  
エドモンドとセレナ、そして彼女の偽りの幸福が始まる夜。  
でも今度は、全て彼女の掌の上。  
彼らが笑うたび、足元では見えない小さな罠が張り巡らされる。  
光の下の微笑みと、闇の中の真意。  
その境界で、リリアーナは冷ややかに目を閉じた。  

胸の内で繰り返した言葉はたった一つ。  
――私は、あの夜のリリアーナではない。  
手の中の宝石がかすかに赤く光る。  
雨音が止み、静寂が訪れた。  
転生した令嬢の復讐劇は、いよいよ運命の舞台へと動き出す。  

(第2話 了)
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