転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第3話 気づいた“嘘”と“愛”

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王城の晩餐会の夜、天蓋の下には無数のランプが吊るされ、煌びやかな光がホールを照らしていた。  
夜会の音楽が柔らかく流れる中、リリアーナは淡い桜色のドレスを纏い、優雅に扇子を開いた。  
父の言葉に従い、エドモンド公爵子息の隣席に招かれてはいたが、その笑みは氷のように静かだ。

「リリアーナ嬢、本日は本当にお美しい」  
エドモンドの声が響く。  
その言葉に、周囲の貴族令嬢たちが揃って息を呑んだ。  
子息が誰かを褒めるのは珍しいのだ。  
だがリリアーナはそれを知っていた。  
あの人の“優しい言葉”は、決して誰にも真実ではないことを。

「ありがとうございます、エドモンド様。光の加減が良かっただけですわ」  
涼しげな微笑をたたえ、彼女はワイングラスを持ち上げた。  
その態度に、エドモンドは一瞬、面白くなさそうに眉を寄せる。  
――三年前、このとき彼はあからさまにリリアーナに言い寄り、周囲に “愛人じみた恋” の噂を流した。  
そしてそれが後々、彼女の立場を貶める言葉へと変わる。  
だが今回は、同じ過ちは繰り返さない。  

リリアーナは視線をすっと横へ流した。  
そこには、彼女に鋭い関心の目を向けている青年がいる。  
栗色の髪に穏やかな眼差し。彼の名は――アラン・ハワード。王国補佐官アラン。  
三年前の未来では、彼女が唯一信頼を置き、そして命をかけて守ってくれた人。  
今この瞬間、彼はまだ、彼女の“敵の一人”と見なされている身分だった。

エドモンドの視線とアランの眼差しが交錯する。  
空気がわずかに重くなったのを感じ、リリアーナはその緊張をさりげなく断ち切るように扇を鳴らした。  
「エドモンド様、少し失礼いたします。空気が熱いようですので」  
「ええ、では私が——」  
「いいえ、お構いなく。お話の続きはまた今度に」  
そう言ってそっと身を翻し、リリアーナは庭園に向かった。  
背後で、エドモンドがわずかに唇を歪める音がした。  

***

夜風が頬を撫でる。  
庭園では噴水が音を立て、花々が香りを放っている。  
リリアーナは手すりに手を置き、遠くの月を見上げた。  
この白い光の下で、あの夜……自分は全てを失った。  
だが今は違う。この月も、証人でしかない。  

そのとき、背後から柔らかな声がした。  
「リリアーナ嬢。お体の具合でも?」  
振り向くと、アランが立っていた。  
月光が彼の灰色の瞳を銀に染め、静かな知性を際立たせていた。  
「……少し、息抜きですわ。王城の空気は、息が詰まるでしょう?」  
リリアーナは微笑んだが、視線の奥で彼を観察する。  
アラン・ハワード。三年後には王国の腐敗を暴こうとして闇に葬られる男。  
そして、その際に“リリアーナの罪状”を証拠として差し出され、共に処刑台へ向かった。  
彼は死の間際、微笑んで言ったのだ。  
――「あなたを守れたなら、それでいい。」と。

まっすぐな善意が愚かだと思っていた。けれど今、再び彼を前にすると胸がざわつく。  

「お嬢様は、少し……印象が変わられましたね」  
「まあ、そうかしら?」  
「以前のあなたは、もっと素直で――無防備で。けれど今は、刃を持つ微笑みをしている」  
その指摘にリリアーナは小さく息を止めた。  
よく見ている。さすが“真実を読む男”だ。  
「お褒めいただいて光栄ですわ。女も成長いたしますもの」  
軽く受け流しながらも、アランの真摯な眼差しにほんの少しだけ心が揺れるのを感じた。  

「……もし、何かに巻き込まれているのなら。私を頼ってください」  
月光が二人の間を照らす。  
リリアーナの唇がかすかに震えた。  
三年前、この言葉をもっと早く受け取れていれば、きっと運命は違っていたのだろう。  
でも今は、信じてはいけない。  
アランは信じるに足る人。しかし、彼を守るためには真実を隠さねばならない。  

「ありがとう。でも大丈夫。私はもう、誰にも助けは求めないわ」  
その声には、決意と痛みが同居していた。  
アランはそれ以上何も言わず、ただ静かに礼をして去っていった。  

リリアーナは、ゆっくりと夜空を仰いだ。  
月が少し欠けている――満ちる前の不安定な形。  
まるで自分の今の心のようだ。  

***

夜も更け、舞踏会は終始華やかに続いていた。  
リリアーナが会場に戻ると、貴族令嬢たちが輪を作っていた。  
中心にいるのはセレナ。艶やかなドレスに金糸の刺繍、媚びるような声を響かせている。  
「まあリリアーナ様。お一人で外にいらっしゃるなんて……。殿方がどんな噂を立てるか、ご存じ?」  
刃のような言葉が笑顔の中に隠されていた。  
リリアーナはその挑発を受け止め、微笑み返す。  
「あら、噂はよしなに育ててくださる方が多いようで。セレナ様ほどの人気者でしたら、私など霞んでしまいますわ」  
一瞬、セレナの笑顔が歪む。周囲の令嬢たちの間から小さな笑い声が漏れた。  
三年前は言い返すこともできず、その場で涙した。だが今はもう違う。  
彼女の舌先の毒など、リリアーナには効かない。むしろその動揺が心地よかった。  

「あなた、随分とお強くなられたのね」セレナが咎めるように笑う。  
「ええ。学びましたの。言葉という刃の使い方を。教えてくださったのは、あなたたちですもの」  
リリアーナはそう言って軽く礼をした。  
その姿に、セレナは言葉を失う。  
周囲の空気が揺れた。沈黙こそ、最上の勝利の音。  

そのまま踊りの誘いを断り、リリアーナは再び退場した。  
背後にエドモンドの視線、セレナの嫉妬。  
胸の奥には確かに勝利の余韻があった。  
けれどその快感の中に、ふと、刺すような孤独を感じた。  
彼らを出し抜いても、本当に誰かを信じることなど、もうできないのかもしれない。  

***

翌朝、薄い陽射しがカーテンを透かして部屋に広がる。  
夢のような夜が明け、リリアーナは机に向かっていた。  
夜会のとき、アランが密かに差し出した封筒を開く。  
中には一枚の古い写本の写しと、短い文章があった。  
『もし真実を探すなら、王立書庫地下二層——第七の扉を』  
アランの筆跡だ。  
驚きとともに、昨日の彼の瞳が脳裏に蘇る。  
彼はもう何かを知っている。  

「……私よりも、早く動いているのね」  
リリアーナは、その紙を炎に近づけて焼いた。  
灰が舞い、朝の光の中へ溶けていく。  
証拠を残してはいけない。  
けれど心の奥では、微かな温もりが痛みのように残った。  

ミリアが扉をノックした。  
「お嬢様、今日は公爵家からのお使いが参っております」  
「まあ、もうですの?早いわね」  
微笑みながらも、内心の警戒は鋭く張り詰めた。  
訪問の目的は分かっている。  
“婚約承諾の正式文”を渡すためだ。  
――三年前、地獄への第一歩となった書類。  
今回は、彼らに軽々しく手綱を渡すつもりはない。  

鏡の前に立ち、リリアーナは姿勢を正した。  
「過去の私よ、見ていて。あなたの涙は、もう必要ないの」  
瞳の奥で炎が揺れた。  
新しい運命の幕が、ゆっくりと上がる。  

(第3話 了)
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