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第19話 再び動き出す運命
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初秋の風が王都を包んでいた。
夏の喧騒を抜け、街路樹の葉が黄に染まる頃、王国は次なる季節の準備を始めていた。
リディアにとっても、それは節目の時期だった。
教育制度改革案が公的に可決され、フェルナンド家と王家の間には再び信頼が結ばれつつあった。
けれどその一方で、王宮の中では静かに緊張が高まっていた。
第一王子グレゴール派と、第二王子オーウェン派。
表面上は平穏を装っているが、それぞれの側近たちは、国の未来を賭けた駆け引きを仕掛け始めていた。
「お嬢様。……殿下の護衛が心配しておりました。最近、どうも王宮の中の動きが不穏だそうです」
朝の茶を運びながら、エリサが声を潜める。
「わかっています。けれど、引くつもりはありません。殿下の信念も、私自身の選択も、ここで止めたくない」
リディアは静かに茶を口にした。
心の奥にある迷いを消しきれないまま、それでも前へと進もうとしていた。
* * *
その日の午後、王立議会室。
教育制度の最終確認会議。
リディアは顧問としてその席に招かれていた。
重厚な扉の向こう側――大理石の床と長机が並ぶ広間には、貴族たちの冷ややかな空気が充満している。
壇上にはグレゴール、そして向かいに控えるオーウェン。
兄弟の視線は穏やかに見えて、奥には鋭い応酬の意志が潜んでいた。
「新制度は民の生活を豊かにするどころか、貴族の権利を脅かすものだ」
グレゴールの声は静かだった。
「正義を語ることは容易い。しかし、支える基盤を壊してはならぬ」
対するオーウェンは淡々と応じた。
「守ることと縛ることを混同してはならない。秩序は強者のためにあるものではない」
二人の言葉が議場を揺らした。
リディアは息を詰めて見守る。兄弟の争いは、理念と信念のぶつかり合いで終わるはずがなかった。
それはこの国の形そのものを決める「権力の選択」でもあった。
「フェルナンド嬢」
グレゴールがふと声をかける。
「あなたはこの制度の立案者だ。あなたの考えを、国の前で語ってもらおう」
唐突な指名に、議場中の視線が一斉にリディアへと向く。
彼女は立ち上がり、一礼して壇上に進んだ。
「わたくしは……この国の学校に通うすべての子どもたちに“選ぶ力”を与えたいと思っています。
それは、家の名前ではなく、自分の意志で未来を選ぶ力です」
言葉を区切り、会場を見渡す。
その瞳は恐れず、ただ静かに真実を語る光を湛えていた。
「確かに、教育改革は秩序を変えるでしょう。でも恐れないでほしいのです。
変化は破壊ではなく、再生ですわ。新しい秩序は、誰かの犠牲の上にではなく、お互いの理解の上に築かれるべきだと信じています」
数秒の沈黙。
だが、次第に拍手が広がった。
初めは小さく、やがて大きな波となって議場を満たす。
それを止める者はいなかった。
グレゴールはわずかに眼を伏せた。
「……言葉の重みは人を動かすものだな」
オーウェンが立ち上がる。
「兄上、これで十分ではありませんか。民も、神も、未来の形を選んだのです」
議会はそのまま閉廷となった。
改革は可決。
それを皮切りに、王家内部の空気が静かに変わり始めた。
だが、その明るさの影で動く者たちもいた。
* * *
夜。
リディアが王宮を後にしようとした時だった。
中庭の回廊を歩いていると、闇の中からふいに誰かが現れる。
「待ちなさい」
低く鋭い声――クロフォード家のアルベルトだった。
貴族社会から姿を消したはずの男が、なぜここに。
「……どうしてあなたがここに?」
「お前に警告するためだ。都市の裏で動いている組織を知らないのか? 王家に忠誠を誓うふりをした連中が、政変を狙っている」
リディアの目が見開かれる。
「政変……?」
「グレゴール王子の派閥の一部が、オーウェン殿下の排除を計画している。兄弟の争いではない――利用されているんだ、二人とも!」
アルベルトの声には焦燥が滲んでいた。
「君が狙われる可能性もある。もう関わるな。フェルナンド家を守ることだけを考えろ」
リディアは静かに息を吸った。
「忠告、感謝します。でも私がここから逃げるなら、誰が殿下を守るのです?」
「そんな義務はない!」
「義務ではありません。これは、選択です」
アルベルトは苦い顔をした。
「……昔と変わらないな。相も変わらず、背筋の通った女だ」
「変わったのは、あなたの方です。ようやく、誰かを思って動けるようになったのですから」
わずかな風が流れ、アルベルトの影が夜闇に溶けた。
* * *
その夜のうちに、リディアは改革制度の草案と関係文書をまとめ、すぐにオーウェンの執務室へ送った。
だが、翌朝それが戻ってくることはなかった。
代わりに届いたのは一通の短い手紙――
“必ず戻る。何が起きても希望を捨てるな。
次の夜明けに、すべてを話そう。――オーウェン。”
手紙を読む指先が震えた。
まるで別れの予告のようだった。
リディアはすぐに馬車の準備を命じた。
行き先はただひとつ。王城。
夜明け前の王都を走り抜ける馬車の振動の中で、リディアは心の中で祈っていた。
どうか間に合いますように――。
空が白む頃、城門が見えた。
そこには人々の騒めき。
兵士たちが慌ただしく駆け回り、広場の中央に王族の旗が翻っている。
「殿下が……!」
誰かの叫びが響いたその瞬間、リディアは馬車の扉を押し開けて外へ飛び出した。
視線の先、衛兵たちに囲まれて立つ一人の男。
その姿を見た途端に息が止まる。
第二王子オーウェン――その服には血が滲み、膝を落とそうとしていた。
「殿下!!」
叫びながら駆け寄る。
しかし兵士たちが立ちふさがった。
「退いてください! 今は危険です!」
「危険なのは私ではなく、殿下でしょう!」
声を張り上げる。
オーウェンはゆっくりと彼女を見上げた。
視線が絡む。
その目は痛々しいほど静かで、けれど確かな光を宿していた。
「リディア……来てくれたのですね」
「当然です……この国を選んだあなたを、放っておけるわけがありません」
兵士の誰かが叫ぶ。
「城門を閉じろ! 反乱分子を確保せよ!」
混乱の渦の中、リディアは立ち尽くすオーウェンの肩を支えた。
「殿下、しっかりしてください! まだ負けていません!」
彼は微笑む。
「ええ……あなたがいる限り、私は立てる。運命が再び動く時だ」
朝日が昇った。
光が二人の上に差し込み、血の色を金に染めた。
誰もが息を呑んだその瞬間、風が新しい命を吹き込むように国全体を駆け抜けた。
リディアの運命も、もう戻れない場所に歩み始めていた。
続く
夏の喧騒を抜け、街路樹の葉が黄に染まる頃、王国は次なる季節の準備を始めていた。
リディアにとっても、それは節目の時期だった。
教育制度改革案が公的に可決され、フェルナンド家と王家の間には再び信頼が結ばれつつあった。
けれどその一方で、王宮の中では静かに緊張が高まっていた。
第一王子グレゴール派と、第二王子オーウェン派。
表面上は平穏を装っているが、それぞれの側近たちは、国の未来を賭けた駆け引きを仕掛け始めていた。
「お嬢様。……殿下の護衛が心配しておりました。最近、どうも王宮の中の動きが不穏だそうです」
朝の茶を運びながら、エリサが声を潜める。
「わかっています。けれど、引くつもりはありません。殿下の信念も、私自身の選択も、ここで止めたくない」
リディアは静かに茶を口にした。
心の奥にある迷いを消しきれないまま、それでも前へと進もうとしていた。
* * *
その日の午後、王立議会室。
教育制度の最終確認会議。
リディアは顧問としてその席に招かれていた。
重厚な扉の向こう側――大理石の床と長机が並ぶ広間には、貴族たちの冷ややかな空気が充満している。
壇上にはグレゴール、そして向かいに控えるオーウェン。
兄弟の視線は穏やかに見えて、奥には鋭い応酬の意志が潜んでいた。
「新制度は民の生活を豊かにするどころか、貴族の権利を脅かすものだ」
グレゴールの声は静かだった。
「正義を語ることは容易い。しかし、支える基盤を壊してはならぬ」
対するオーウェンは淡々と応じた。
「守ることと縛ることを混同してはならない。秩序は強者のためにあるものではない」
二人の言葉が議場を揺らした。
リディアは息を詰めて見守る。兄弟の争いは、理念と信念のぶつかり合いで終わるはずがなかった。
それはこの国の形そのものを決める「権力の選択」でもあった。
「フェルナンド嬢」
グレゴールがふと声をかける。
「あなたはこの制度の立案者だ。あなたの考えを、国の前で語ってもらおう」
唐突な指名に、議場中の視線が一斉にリディアへと向く。
彼女は立ち上がり、一礼して壇上に進んだ。
「わたくしは……この国の学校に通うすべての子どもたちに“選ぶ力”を与えたいと思っています。
それは、家の名前ではなく、自分の意志で未来を選ぶ力です」
言葉を区切り、会場を見渡す。
その瞳は恐れず、ただ静かに真実を語る光を湛えていた。
「確かに、教育改革は秩序を変えるでしょう。でも恐れないでほしいのです。
変化は破壊ではなく、再生ですわ。新しい秩序は、誰かの犠牲の上にではなく、お互いの理解の上に築かれるべきだと信じています」
数秒の沈黙。
だが、次第に拍手が広がった。
初めは小さく、やがて大きな波となって議場を満たす。
それを止める者はいなかった。
グレゴールはわずかに眼を伏せた。
「……言葉の重みは人を動かすものだな」
オーウェンが立ち上がる。
「兄上、これで十分ではありませんか。民も、神も、未来の形を選んだのです」
議会はそのまま閉廷となった。
改革は可決。
それを皮切りに、王家内部の空気が静かに変わり始めた。
だが、その明るさの影で動く者たちもいた。
* * *
夜。
リディアが王宮を後にしようとした時だった。
中庭の回廊を歩いていると、闇の中からふいに誰かが現れる。
「待ちなさい」
低く鋭い声――クロフォード家のアルベルトだった。
貴族社会から姿を消したはずの男が、なぜここに。
「……どうしてあなたがここに?」
「お前に警告するためだ。都市の裏で動いている組織を知らないのか? 王家に忠誠を誓うふりをした連中が、政変を狙っている」
リディアの目が見開かれる。
「政変……?」
「グレゴール王子の派閥の一部が、オーウェン殿下の排除を計画している。兄弟の争いではない――利用されているんだ、二人とも!」
アルベルトの声には焦燥が滲んでいた。
「君が狙われる可能性もある。もう関わるな。フェルナンド家を守ることだけを考えろ」
リディアは静かに息を吸った。
「忠告、感謝します。でも私がここから逃げるなら、誰が殿下を守るのです?」
「そんな義務はない!」
「義務ではありません。これは、選択です」
アルベルトは苦い顔をした。
「……昔と変わらないな。相も変わらず、背筋の通った女だ」
「変わったのは、あなたの方です。ようやく、誰かを思って動けるようになったのですから」
わずかな風が流れ、アルベルトの影が夜闇に溶けた。
* * *
その夜のうちに、リディアは改革制度の草案と関係文書をまとめ、すぐにオーウェンの執務室へ送った。
だが、翌朝それが戻ってくることはなかった。
代わりに届いたのは一通の短い手紙――
“必ず戻る。何が起きても希望を捨てるな。
次の夜明けに、すべてを話そう。――オーウェン。”
手紙を読む指先が震えた。
まるで別れの予告のようだった。
リディアはすぐに馬車の準備を命じた。
行き先はただひとつ。王城。
夜明け前の王都を走り抜ける馬車の振動の中で、リディアは心の中で祈っていた。
どうか間に合いますように――。
空が白む頃、城門が見えた。
そこには人々の騒めき。
兵士たちが慌ただしく駆け回り、広場の中央に王族の旗が翻っている。
「殿下が……!」
誰かの叫びが響いたその瞬間、リディアは馬車の扉を押し開けて外へ飛び出した。
視線の先、衛兵たちに囲まれて立つ一人の男。
その姿を見た途端に息が止まる。
第二王子オーウェン――その服には血が滲み、膝を落とそうとしていた。
「殿下!!」
叫びながら駆け寄る。
しかし兵士たちが立ちふさがった。
「退いてください! 今は危険です!」
「危険なのは私ではなく、殿下でしょう!」
声を張り上げる。
オーウェンはゆっくりと彼女を見上げた。
視線が絡む。
その目は痛々しいほど静かで、けれど確かな光を宿していた。
「リディア……来てくれたのですね」
「当然です……この国を選んだあなたを、放っておけるわけがありません」
兵士の誰かが叫ぶ。
「城門を閉じろ! 反乱分子を確保せよ!」
混乱の渦の中、リディアは立ち尽くすオーウェンの肩を支えた。
「殿下、しっかりしてください! まだ負けていません!」
彼は微笑む。
「ええ……あなたがいる限り、私は立てる。運命が再び動く時だ」
朝日が昇った。
光が二人の上に差し込み、血の色を金に染めた。
誰もが息を呑んだその瞬間、風が新しい命を吹き込むように国全体を駆け抜けた。
リディアの運命も、もう戻れない場所に歩み始めていた。
続く
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