捨てられ令嬢は氷の侯爵に愛される ~婚約破棄された私を拾ったのは、かつて冷酷と呼ばれた最強の男でした~

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第1話 婚約破棄の日

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煌びやかなシャンデリアが眩しく輝く大広間に、音楽と笑い声が響いていた。王都でも有数の貴族たちが集う社交界の夜会。その中央で、私――レティシア・アルフォードは、真っ白なドレスの裾を丁寧に持ち上げながら微笑んでいた。

今日の夜会は、私と第一王子エドワードの婚約を正式に発表する社交界のお披露目の場となるはずだった。父は誇らしげに私を見つめ、母は涙を浮かべて幸福を噛みしめていた。幼い頃から王妃教育を受け、礼儀作法から政治論まで叩き込まれてきたのも、この日のためだったのだ。

だが、運命はあまりにも残酷だった。

演奏が止まり、人々の視線が集まる中、エドワード殿下が私の前に進み出てきた。その金色の髪を揺らし、整った顔立ちは誰もが羨むほど美しい。けれど、その瞳の奥に浮かぶ冷たい色に、私はすぐに違和感を覚えた。

「レティシア・アルフォード。君との婚約を、ここに破棄する。」

一瞬、空気が凍りついたように感じた。誰かが息を呑む音が聞こえ、遠くでグラスが落ちて砕け散った。

何を言われたのか理解するまでに、数秒かかった。だが、その宣言が冗談ではないことは、王子の目を見ればわかった。凍えるような冷たい視線。かつて私に向けられていた優しさは、もうどこにもなかった。

「……殿下、今のお言葉はどういう意味でしょうか?」

かろうじて絞り出した声は、震えていた。それでも令嬢としての矜持だけは保とうとした。だが彼は、残酷な笑みを浮かべて、さらに告げた。

「君は側近の女性を嫉妬のあまり、策略で陥れたそうだな。そんな卑劣な者に、王妃の座はふさわしくない。」

周囲がざわめき、視線が一斉に私へ注がれる。誰かが嘲るように口元を歪め、誰かが憐れむように目を伏せた。

「そんなこと、私は――!」

否定の言葉を言いかけた瞬間、ふわりと柔らかな声が割り込んだ。

「殿下、もうよいではありませんか。レティシア様も、お辛いことでしょう。」

声の主は、侯爵家出身の令嬢ミリアーナ・クロード。王子の側近として、最近よく噂になっていた女性。金の巻き毛に、涙を浮かべたような大きな瞳。その姿はまるで慈愛の聖女のようだった。

だが、その目の奥に、一瞬だけ勝ち誇ったような笑みが見えたのを、私は見逃さなかった。

「ミリアーナは優しい。君のような冷たい女とは違う。」

エドワード殿下はそう言い放つと、私に背を向けてミリアーナの肩に手を添えた。群衆が息を呑み、ざわめきが広がる。目の前の光景が歪み、私の世界が崩れていく音がした。

「……理解しました。殿下のお望みのままに。」

それだけ告げ、私は一礼して踵を返した。背後で誰かの笑い声が聞こえる。まるで滑稽な道化を見下すような声。

けれど私は泣かなかった。涙を見せたら、相手が喜ぶだけだとわかっていたから。貴族の令嬢としての誇りを、最後まで捨てるわけにはいかなかった。

大広間を出ると、外はしとしとと冷たい雨が降っていた。薄暗い灯りの中、石畳の道を裸足で歩くと、足裏から冷気が染み込んでくる。それでも立ち止まることはしなかった。肩を濡らしながら歩き続け、誰もいない裏路地にたどり着いたとき、ようやく息が詰まるように嗚咽が漏れた。

どうして、私はこんな仕打ちを受けなければならないの――。

震える手で胸を押さえたその瞬間、背後から低い声が響いた。

「――立ち止まる場所を間違えている。」

静かで、けれどどこか氷のような響きを持つ声。振り向くと、黒い馬車の傍らに立つ長身の男がいた。漆黒のコートをまとい、夜の闇に溶け込むような存在感。濡れた白髪が月明かりを反射して冷たく光っていた。

「お前は……アレクシス・グレイ侯爵。」

思わず名を呟く。貴族であれば誰もが知る名。戦場では冷徹無比の将として恐れられ、社交界では“氷の貴公子”と呼ばれている人物だ。

「……こんな場所で、何をしている。」

淡々とした声に、私は息を詰まらせた。「婚約破棄されたばかりだから」と言うのがこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。唇を噛みしめ、かろうじて言葉を繋ぐ。

「……もう、どこにも帰る場所がないのです。」

アレクシスはしばし黙って私を見つめた。その眼差しは、まるで人の心を見透かすように鋭い。それでも、なぜか恐ろしくはなかった。むしろ奇妙に安心する。

「なるほど。ならば、今夜だけでも避難所を用意しよう。」

「え……?」

「そのままで倒れる気か。見ていろ、そんな無様な姿を喜ぶ連中が山ほどいる。」

冷たい言葉に聞こえたが、その手が差し出された瞬間、胸の奥が熱くなった。差し出された掌は大きく、思いのほか温かい。私は、迷いながらもその手を取った。

――その瞬間、確かに感じた。誰も信じられなかったこの世界に、ただひとつだけ確かな熱が生まれたのを。

馬車の扉が閉まり、車輪が静かに動き出す。遠ざかる灯りを窓越しに見つめながら、私はそっと呟いた。

「……もしも、やり直せるのなら。」

それは小さなささやきだった。だが、隣に座る男はその言葉の全てを聞いていたようで、ほんのわずかに目を細めた。

「やり直せるさ。お前が望むなら、何度でも。」

その低い声が、雨音にかき消されながらも心に染み込んでいく。私は初めて、誰かの言葉で涙を流した。

冷たい世界で、たった一つの温もりを得た夜だった。

(続く)
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